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いい酒だろ?

「うっ!」


トリアはサフェリアから受け取った酒を飲みこんだとたん、とっさに口元を押さえた。

その様子を見た仲間がトリアの元に駆け寄って顔をのぞき込んだ。


「姉さん大丈夫かい? だから言わんこっちゃない。こんな得体の知れないものを飲むからですよ」


「失礼だね。この酒の良さを分からないなんてね」


サフェリアも一気に飲むともう一杯シャナーにお代わりしながら言った。

すると、トリアの体が震え出した。


「こっこれは…」

「ねえさん、吐き出しちまいな! 死ぬなんてやだよ」

「うまい!」


トリアの言葉で驚いたのは仲間の男だった。


「どっ毒をもられたんじゃねえんですかい?」

「これは毒を超越しているよ! 世界中の酒を飲んできたけどこんなうまい酒は初めてだよ」

「おや? あんたわかるのかい? この酒の良さを」


「ああ、これは原材料もさることながら熟成度もアルコール度数も最高級品だね。こんな酒にお目にかかれるなんてね」


トリアは空になったグラスを見ながら感心したように言った。


「そりゃそうだよ。私はこの酒を作りたくて、薬草使いになったんだからね。草や果物、ありとあらゆる植物を研究してようやくたどりついた一品だからね」


「あっははは、いいねえそれ、好きなことを追い求めるってきらいじゃないよ。あんたとは気があいそうだね。別の形で出会ってみたかったね」


「おや、今からでも遅くないよ、どうだい、こんなジメジメしたとこじゃなくて、日の当たる牢屋に行く気はないかい? そこでゆっくり話そうじゃないか」

「日の当たる牢屋?」


サフェリアはトリアにお代わりの酒を注ぎながら話を続けた。


「何ね、この子がここの王子と婚姻しちまうとね、私のアシストをしてくれる子がいなくなるんだよ。一人ででもできるんだけどね、つまんないだろ話相手がいないと、この酒をうまいって言った奴に初めてあったからね。気に入ったよ」


「あらでもおばあ様、この人は一応我が家の敵ですよ。お兄様の婚約も壊されたし、お父様も殺されかけたし、まあ、おばあ様がよろしいのでしたら私が口出すことではないですけど」


「私はラベリー家の人間じゃないからね」

サフェリアはシャナーにニヤリとした顔を向けた。


「あっ、それもそうですね。それよりおばあ様、私は薬草使い師になる夢はあきらめていないんですよ。殿下からもおばあ様のお手伝いをしてもいいって言ってもらっていますし、話相手なら私でも十分だと思うんですけれど」


「だけどね、あの変態、あっいや王子がそうそうお前さんを開放してくれるとも思えないしね。まあ、お前さんやカミールやヴァルキリーは確かに孫で可愛いけどね、私は自分以外の事におきた事には細かいことは気にしないし、お前さんが未来の王妃になってくれるなら、資金の心配なく研究に没頭できるとなると助手はあと一人あった方が便利だからね」


トリアは目の前の二人の会話を聞いて急に笑いだした。


「あっははは。はあ~、以前会った時から思っていたんだけど、あんたも変わった性格のようだね。しかし、王子を変態呼ばわりとはいいね。私は好きだよあんたのような性格。まっビアンカ王女だって変人だからあんたの意見には同感だけどね。今回だって私にわざわざ行ってこいって命令してから、何をするのかたずねたら奴隷にするなんて言っていたしね。人間の命なんて何とも思っちゃいないんだから、まっその命令を遂行する私らも同類だけどね」


「お前さんは心の芯の部分が腐っちゃいないようだね」


「あんたおかしいんじゃないのかい? 私は今でも自由にされたら、カミール・ラベリーを誘拐して王女に突き出すかもしれないよ」


「そうだね。あんたならそうするだろうね。私はそんな悪い奴は嫌いじゃないよ、人間なんてたいがいは本来自己中で貪欲な生き物なんだよ。自分がかわいいのさ、私は自分の心に忠実に生きている奴は嫌いじゃないよ、ビアンカ王女もね、ただ、私の研究の邪魔さえしなければね」


「そりゃそうだ。ビアンカ王女は地雷を踏んじまったってことだね。昔のように、ただ美容の薬をもらうだけにしていればよかったってことだね」


「その通り、やっぱり話が早いねお前さん、どうだい真剣に考えてみないかい、殿下の仕事にけりがついたらさ」


「考えておくよ。ラファイル殿下もめんどくさい性格みたいなようだしね。引き受けて優雅に暮らす方が得策みたいだしね。私がこの国にしかも王宮領内にいてもいいならね」


「いいんじゃないのかい? あんたじゃなく別の人間になったらね。じゃあ待ってるよ」


サフェリアはそういうと、懐から小さな小瓶を取り出し、鉄格子の中のトリアに向かってほうり投げた。


「そいつは物忘れ香料だよ。その匂いを嗅ぐと、自分の目の前にいる人間の記憶を消せるっていう便利な香料だよ。やるよ、鏡に向かって自分に使うもよし、あんたの好きにするがいいさ」


「こんな物渡しても大丈夫かい?」


「ははは、ただの気休めだよ、一人にしか効かないしね。好きにおし、今日は私の酒を褒めてくれた礼だよ。娘婿を襲ったことは確かに感心しないが、その結果、娘も自分の夫の元に戻ったみたいだし、全部いい結果になったようだから水に流してやるよ。今までした悪事の懺悔がしたいなら、これから誰かの為に生きたらいいのさ」


サフェリアはそれだけいうと、シャナーを連れて地下牢を出て行った。トリアは手に握った小瓶を見つめて呟いた。


「なんて婆さんだい、色んな地獄をみてきたけどあんたの元でしごかれる地獄ってのはさぞ楽しいんだろうね」


トリアは小さく微笑んだ。



トリアはその後、ラファイルの提案通り、ロケリアに戻りビアンカ王女の元に行き、作戦の失敗を告げた。


「良くも手ぶらでのこのこ姿を見せられたものね」


ロケリアに目的のカミール・ラベリーを連れずに戻ったトリアを冷たい視線で睨みつけた。


「申し訳ありません」

「事ごとく失敗して、どう落とし前つけてくれるのトリア!」


「わたくしの意見などなんの参考にはならないと思いますが。もうラファイル殿下の事はお諦めになった方がよろしいかと存じます。既にシャナー・ラベリーと密かに婚礼の儀式を済ませているようですし、カミール・ラベリーもあの雪で体が衰弱して凍死寸前だったみたいでしたので、連れてきても死んでしまったかもしれません。死体を運んできても処分にこまると思いまして捨ててきました」


「この役立たず!」


そう言った瞬間、ビアンカは手に持っていたグラスをトリアに向かって投げつけた。

トリアはあえてよけようとはせず、投げつけられたワインの入ったグラスを額にぶつけらて、ワインと割れたグラスとで額から血が噴き出した。


「わたくしに意見するとはいい度胸ね。私は連れてこいっていったのよ、殺せとは言っていないわ」


「申し訳ありません。しかし、こう言ってはなんですが、既に婚礼を済ませてしまっている今、彼女の家族を貶めてもどうにもならないのではありませんか? 下手をすればファーマールズ王国との外交問題にまで発展してきますよ。それに潜入して聞き及んだラファイル殿下の性癖はいささか引くものがありますし、王女にはやはり、婿を取られてこの国の女王になられた方がよろしいのではないかと思いますが、兄のハロル様は頼りないお方ですし」


「お前に言われなくてもわかっておるわ。王子の性癖ってなんのことを言っているの?」


「はい、どうやらラファイル王子の同じ年頃の世話係の男子がここ数年の間に何十人も変わっているようですね。全て王子が首にしたのではなく、みずから辞めてしまっているようです」


「辞めている? どういうこと?」

「どうやら世話係の部屋に侵入して毎回夜這いにいくらしいのです」

「女の所じゃなくて?」

「はい世話係は全て男です」

「!」


「ファーマールズ王国はそのことをひた隠しにしているようですが、彼の身の回りの世話は全て男がしているようでしたし、女性に興味がないのではないかと」


「だけど、あの女と婚姻したのであろう?」


「もしかしたらカモフラージュかもしれませんね。それか彼女が特別なのかもしれませんが、ビアンカ様もご存知だと思いますが、彼女は双子の兄がいますよね。見た目はそっくりなんですよ。あの長い髪もどうやら鬘のようですし、体型も男の格好をしていれば見分けがつかないほどのようですし」


「なんとそのようなおぞましい…私になびかなかったのはそのせいか」


ビアンカはけだものでも見るかのような顔をした。


「わかったわ、もういいわ。そんな変態はこっちから願い下げよ。あの国にもあんまり魅力を感じないし。次を探すわ。お前はもう下がっていいわ」


「あっ、これをサフェリア・オーバルから手に入れてきました」


「どうやら新作のようです。なんでもこの香料を嗅ぐと、美肌になるとか」


そういって小瓶をビアンカに手渡した。


「あら、でかしたわね」


そういうと疑う様子も見せないで、すぐにその香料の小瓶の蓋をこじあけた。その瞬間部中に柔らかいにおいが充満した。


「あらいい香りだわ。ところでお前は誰?」


トリアは何も言わずに一礼すると、部屋をでて行った。

後に微かな残り香を漂わせて、その日からロケリア王城ではビアンカ付きのトリアという侍女が姿を消したが誰も不審に思う者はいなかった。






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