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逃げないで!

ラファイル館の大掃除もほぼ完了し、いつもの日常が戻っていた。

ただ、殿下はかなり不満げだった。


大掃除最終日はずっと二人きりでシャナーと図書室で過ごせると思っていた思惑が見事に多くのお邪魔虫どもに邪魔をされてしまったからだ。

その上、翌日からずっと雨が続き朝の散歩ができない上に三日間の公務を陛下に委任していたが、かなりの量が滞ったまま三日後戻ってきたため、この五日間は執務室に缶詰め状態だった。


シャナーはというと、サフェリア館のルーテン様の衣装の整理の手伝いを頼まれずっと忙しくしていたため、一緒にいられる時間がかなり減ってしまったのだ。


「殿下、いい加減にしてください。本日も仕事が大量にきているのですよ。手を動かしてください」


切れ気味にいうラースの怒鳴り声も一向に耳に入っていない様子のラファイルは机の積み上げられた自分の頭の高さ以上に積み上げられた書類の山を見ながらも一向に仕事をする気になれなかった。


「僕は病気かも知れないぞラース。頭が痛い気がする。心臓がドクドクいってるぞ」

「頭が痛いのは雨のせいですよ。心臓ドクドクするのは生きている証拠です」


ラースは睨みつけながら、上から一束種類を掴むと自分の机の上にのせて席についた。


「どうせ最終的にお前が確認するんだから、全部お前がすればいいじゃないか。サインだけならしてやるよ。お前が全部に目を通してくれたらいいだろ。僕はシャナーに会いたいんだ」


その時、カミールが新たな書類の束を持って部屋に入ってきた。


「殿下、シャナーならさっき、祖母の用事で都に馬車で出かけましたからいませんよ」

「なんだって! いつ戻ってくるんだ?」

「さあ…夕方には戻ってくると思いますけど」

「また一人で出かけたのか?」


「いえ、さすがにそんな無謀なことはしませんよ。ちゃんと騎士二人が護衛としてつきそって行ったみたいですよ。おばあ様が今朝階段で足を滑らせてしまって、出かけられなくなってしまったので代わりに今日港に到着する兄上の船に積まれている荷物の受け取りにいったんです。今回の荷物の中にはシャナーが待っていた種も入っているみたいで、昨夜、兄上の梟が一足早く今日港に立ち寄ると手紙を届けに飛んできたみたいなんですよ。一刻も早く受け取りたいらしくて強引に行くって言い張ったみたいですよ。ついでに追加の花の鉢植えの買い出しも行きたいみたいで、あちこち立ち寄ってくるみたいですよ。もうすぐ雨もやみそうですし、あっドリマーもついて行ったみたいですから、安心してください」


「なっ何! どうして僕が置いてきぼりでドリマーが一緒に行けるんだ! くそ―ドリマーの奴~帰ってきたら覚悟しろよ」


「殿下、犬に嫉妬してどうするんですか」

「うるさい!」


「駄目だ~今日は体が動きそうもない…お前らに任せた、僕は寝るぞ。シャナーが戻ったら起こせ」


「何を言ってるんだ。仕事も全くしないで寝ようとはいい度胸だな。この仕事が終わらないうちはシャナー嬢が戻ってきても会わせませんよ。殿下!」


「はあ? お前に指図される覚えはないぞ!」


ラファイルが強引に部屋を出て行こうと扉を開けたその時、ドスンと音がして、誰かとぶつかった。


「危ないじゃないか。誰だ!」


「殿下!申し訳ありません。料理長のカシスです」

「見ればわかる。何のようだ! 僕は忙しんだ」

「あのこれを今朝早くにシャナーさんから預かったんですが」


そう言ってカシスは手にいつもシャナーが焼き菓子やケーキを自分でやいたらお裾分けに入れてくる小さな蓋つきのかごを手に持っていた。


「何? シャナーが僕にか?」

「はい、出かけた後に渡すように言われていたものですから」

「よこせ!」


ラファイルはそのかごを強引にカシスから奪い取ると、かごの蓋を開けると、そこにはシャナーが得意なクッキーがかごいっぱいに入っていた。その上には手紙が入っていた。


****


〔殿下、今日急に出かけなくてはいけない用事ができてしまいました。

用事が済んだらすぐに戻ってきますから、仕事頑張ってくださいね。

夕方戻ってきた時雨がやんでいたらドリマーの散歩行きましょうね。

仕事が早く終わることを祈ってます。

このクッキーは今朝焼いたものです。

仕事の合間に食べてくださいね。 

 行ってきます。シャナー       〕


******


ラファイルはその手紙を読んだ途端、くるりとむきを変えて無言のまま自分の机に戻り、もくもくと仕事を始めた。

時折、シャナーのクッキーに手を伸ばしながら。



お昼すぎには雨もあがり、少し日が差してきていたが東の空からはどんよりとた雪雲がせまっているようだった。

シャナーは先に鉢をいくつか購入し、兄の乗っているラベリー商会の船が到着する港に来ていた。


「この間、戻ってきたばかりなのに、お兄様ったらもう戻ってくるなんて、どうしたのかしら?いつも早くて半年は戻ってこないのに、でも私の頼んだ買い物をしてから戻ってくれたからラッキーだったけど」


シャナーは馬車を降り、今か今かとラベリー商会の船を待ちながら港の人たちがにぎやかに行き交う様子を眺めていた。

すると、その人ごみ中に、やせ細りボロボロの服を着たみすぼらしい服をきた女性が目についた。

彼女は大きな鞄に造花をたくさん入れ、行き交う人にその造花を売っているようだった。

シャナーはその彼女が何故か気になって仕方がなかった。

気が付くと彼女がいる場所に向かって歩き出していた。


「シャナー嬢どちらへ?」


「すぐ戻るわ」


そう言って一人で彼女に近づいた。


「あの、一輪ください」


シャナーが声をかけると、その女性は造花を手に持ち顔を上げた。


「ありがとうございます。10ファーマール銅貨になります」

「やっぱり、あなたターナでしょ? お兄様随分さがしたのよ」


シャナーが言うなり、彼女は急に青ざめて走り出した。


「待って!」


ターナは細い路地裏に走って逃げたがシャナーはターナを追いかけてきた。


「どうして逃げるの? 私よシャナーよ」


そう言ってターナの腕をようやく掴んだシャナーが荒い息を整えながら叫んだ。


「私は知りません。人違いです」


シャナーの手を振り払おうとしながら弱々しくターナが答えるとシャナーは彼女に笑顔を向けて言った。


「何言ってるの、あなたは私の知っているターナよ。私が見間違えるはずない。あれからお兄様随分さがしたのよ、この国にいたのね。ターナ、お兄様がもうすぐ港に戻ってくるのよ、一緒に会いに行きましょうよ」


ターナは悲しそうに首を横に振り続けた。


「ターナは死んだんです。人違いよ」

「いいえ、いいえ、あなたは私の親友よ」


シャナーはそういうとターナを抱きしめた。

震える声でターナはシャナーの背中をさすった。


「お取込み中わりーな、俺達急いでるんでね、ラブシーンはその辺にしてくれないか?」


シャナーが振り向くと、大通りに通じる道には大きな馬車が止まって道をふさいでおり、そこには顔も体も全身黒ずくめの男が二人立っていた。


「あなた方は誰?」

「俺たちは名乗る名もなき唯の殺し屋だ。おっと逃げようなんざ考えない方がいいぜ」


男の一人が懐からナイフを取り出してみせた。


「なんのよう?」

「用があるのはお前の方だ、カミール・ラベリー」

「確かに僕はカミールだが…僕になんのようだ」


シャナーは自分がカミールだと思い込んでいる殺し屋にむかってカミールのふりを通すことにした。

足元ではドリマーが男たちに向かって牙を向けて唸っていた。


「あるお方がお前にあいたいそうだ。俺達ときてもらおうか」

「嫌だと言ったら」

「お前さんに選択肢はないよ。多少のけがをしてもらう必要ができてくるね」


その瞬間ドリマーが一人の男に向かってとびかかった。


その一瞬をみてシャナーはターナの腕を掴んで細い路地を走りだした。

入り組んだ細い路地を二人で走りぬけ、大通りにでる道にたどり着いた瞬間目の前に女性が行くてをふさいでいた。

その顔には見覚えがあった。

彼女は二人を見るとニヤリと笑みを見せた。


「テマをかけさせないで」


あとずさりしようとした瞬間ターナの肩に激痛が走った。

「ターナ!」

「逃げて、早く逃げて…私の事はいいから」


ターナはシャナーを横の路地へ追い払おうと手を突き放したがシャナーはターナをかばうように動かなかった。

その瞬間後から追いかけてきた男たちに捕まってしまった。

ターナは薄れゆく意識の中で自分を呼ぶシャナーの声を聞いた気がした。


「待って…だっ誰か…」


空から雪が舞い降りてきていた。

どれだけ意識がなかったのかターナはよろよろと起き上がった。

既に体中の体温は冷え切っていた。

肩に突き刺さったナイフを抜き取ると肩の傷口からが血が流れ自分でもどうして起き上がれるのかわからなかった。

ただ一心にターナは呟いていた。


「知らせなきゃ…知らせなきゃ」


ターナは肩の傷を押さえながら何とか歩きだした。

雪に風が加わり視界が悪くなるにつれて、行き交う人々も彼女に目を止める者は一人もいなかった。

ターナは意識がもうろうとしながらすぐそばを多くの騎士団たちがシャナーを探し回っていることにも気づかず必死で都と王宮領を隔てている長い塀沿いをめざしてフラフラの足取りで歩いた。

ポタポタと落ちる血の後を地面に残しながら。


ターナがようやく城門の前までたどりつくとたいまつがこうこうとたかれ、多くの騎士たちが入れ違いに行き来きしていた。

ターナは消えかかる意識の中で、門の前に立っている騎士に声をかけた。


「あの…すみません。ラファイル殿下にあわせていただけませんか? お願いします」


真っ赤な血を流して、今にも倒れそうなその女性はまさに異様な姿だった。


「お前のような者がくるような所ではない、早く家に戻りなさい」


そう言って突き放そうとターナを押した。

ターナはその場に倒れ込んでしまったが、それでもターナは必死でその騎士の足に縋り付き、消えかかる意識の中で叫んだ。


「お願いします。シャナーを助けてください。お願いシャナーが、シャナーがロケリアの…」


ターナは再び意識が消えてしまった。



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