殿下覚悟はいいですか?
「うわあ~!」
早朝のラファイル館からカミールの叫ぶ声が響いた。
シャナーはドリマーの散歩に出る前に、温室以外に庭の花壇の花や薬草の水遣りが日課になっていた。
シャナーがラベリー家を訪れた日から、はや一ケ月が過ぎようとしていた。
今は、ラファイル館の隣はサフェリア・オーバル研究所となった為にそちらの館にシャナーは寝室を移していた。
シャナーはサフェリアの助手として毎日薬の調合や薬草の知識をサフェリアに教えてもらう生活に変わっていた。
シャナーが抜けたラファイルの世話係はカミール本人が入り、以前と変わることなく仕事が遂行されていたため、外部からは怪しまれることはなかった。
ただ、ラファイル館に頻繁に出入りしていた者たちは皆、入れ替わっていることに気付いていたが、何も問題が起きていないどころか、隣に薬使いのサフェリア・オーバルがいる事で、体調が悪い時などすぐに薬を調合してもらえるなどのメリットの大きさから何も異論を唱えるものなどいなかった。
カミール本人もすぐに仕事になれ、特にラファイルがすべき公務の資料作成など、ラースの補助にはシャナー以上に能力を発揮したため、仕事も今まで以上にはかどっていた。
但し…一つの事をのぞいては。
シャナーは隣の館から聞こえてくるカミールの叫び声を聞き、ジョーロを放り投げて、隣の館の厨房に繋がる扉を勢いよく押し開いた。
「お邪魔しま~す」
「おや、おはようシャナー、サフェリアさんの朝食できてるからね、終わったら持っていってくれ」
「カシスさんいつもありがとうございます」
そう言いながら頭をさげると、すぐに厨房を抜け、二階へとかけ上がった。
そしてカミールの部屋の前までたどり着くと、深呼吸をしてドアを勢いよく押し開いた。
「カミール入るわよ!」
部屋に入るなりベッドに視線を向けると、案の定、殿下の下敷きになって必死にもがいているカミールの姿があった。
「あっシャナー、たっ助けて…うっ動けない」
見ると、カミールの上に覆いかぶさるようにラファイルがうつ伏せになっていた。
しかも、完全に寝ているのである。
「殿下! 起きて下さい!」
シャナーがベッドに駆け寄ると完全に寝ているラファイルをカミールから引っぺがすべくラファイルの肩を掴んで力任せにあおむけにさせた。大きいベッドなのでラファイルが床に落ちる事はなかった。
シャナーは荒い息のままカミールに向かって言った。
「カミール、いつも言っているでしょ。寝る前には部屋の鍵をかけなさいって、あなたこのままだったら、また病気になっちゃうわよ。それでなくても体力ないんだから! こう毎朝毎朝殿下の重しを抱いていたらそのうち気が付いたら天国なんてことになりかねないんだからね」
「ごめん。一応気を付けているんだけど。なぜか朝起きたらその扉の鍵が開いているんだ」
「なんですって、あなた毎晩鍵をかけて寝ているの?」
シャナーは今自分が入ってきた部屋の扉を指さして言った。確かうち鍵になっているのだ。
「うん」
カミールが頷くのを見てまだ寝ているラファイルに視線を向けた。
「ラファイル殿下! 起きなさい!」
シャナーは自分の下でまだ寝息を立てて目を覚まさないラファイルの頬を何度もひっぱたいたり体をゆすり続けた。
「ふあ~あれ? ここはどこだ? なんか痛いんだけど、あれ? なんで僕はこんな所にいるんだ」
完全に寝ぼけているラファイルに向かってシャナーは醜いものでも見るかのような目で睨みつけながら言った。
「殿下!」
「ああ、おはようシャナー、もう散歩の時間なのか? あれカミールも一緒なのか? なあどうして僕はここにいるんだ?」
「はあ? とぼけるつもりですか? 人の寝室の鍵を壊して忍び込んで、カミールは体が弱いんですよ。毎朝毎朝、殿下の全体重を受けとめていたらまた病気になってしまいますよ。いい加減にその夢遊病を治してください!」
「そんな事を言ってもなあ…僕に意識はないんだし、鍵をどうして壊しているのかなんてわかるわけないだろう」
その瞬間、ラファイルの頭をはたいていた。
「いて! 何するんだ、王子に向かって」
「はあ?王 子だからって人の寝室に勝手に入ってベッドに忍び込んで人の睡眠を妨害してもいいっていうのですか?」
「だ・か・ら、僕にどうしろっていうんだ! そんなに怒るんだったら、シャナーが僕と一緒に寝てくれたらいいだろ。そうしたら、きっとここには来ないだろうからさ」
「嫌です」
「はあ? お前は毎朝毎朝そういって拒否するけど、婚姻したら一緒に寝るのが当たり前なんだぞ、それが少し早まるだけだろう? お前は僕が嫌いなのか?」
「いいえ、大好きですよ」
その言葉にラファイルが赤くなった。
「だったらいいじゃないか! そしたらカミールの所にも来なくなるかもしれないだろ!」
「殿下の寝相の悪さを毎晩一人で引き受けていたら私の命がいくつあってもたりません。何度も言っているでしょう。寝相改革をさせてくださいとね」
「嫌だってなんども言っているだろ。なんで騎士の奴ら数人に毎晩見られながら、体をしばられて寝なきゃいけないんだ!」
「それしか方法がないからじゃないですか!」
「とにかく嫌だ」
「そうですか…じゃあいつもの方法でお仕置きを受けていただくしかありませんね」
シャナーはラファイルを睨みつけながら言った。
「ああいいよ、なんていうと思っているのか? 僕が脇を触れられるのが嫌なのわかっていて言ってるだろう。大体、この館は全部僕の為に建てられた館なんだ。だからどこで僕が寝ようと僕の自由だろ。嫌ならきちんと鍵をかけろって言っているだろ! かけ忘れたカミールが悪いんだろ!」
「カミールは鍵をかけているって言ってますよ。殿下! まさかとは思いますが、外鍵しかしかつけられないあの扉の合鍵を持っているんじゃありませんか?」
そういうなりシャナーはラファイルめがけて手を出し、嫌がるラファイルをもろともせず、体のあちこちを触り始めた。そしてようやく着ているパジャマのズボンのポケットから小さな鍵を奪いとった。
「あっ返せ!」
「嫌ですよ。これは没収です。さあ、諦めて罰を受けてください」
「チッ、鍵はそれだけじゃないからな」
「なんですって、殿下! 往生際が悪いですよ。覚悟してください。今日という今日はもう容赦しませんからね、今夜から強制寝相改革を遂行しますから」
「何度も言わせるな! 僕は嫌だからな!」
そういうなりラファイルは急に起き上がると、シャナーのベッドから飛び降りた。
「シャナー、お前はカミールのおしとやかさを見習ったらどうなんだ? お前が一日中、怒らず大きな声をださないで、スカートをはいてにこやかにしてくれたら僕も考えてやるよ。僕の可愛いシャナー」
そういうなりシャナーの唇にキスをしてニッコリしてみせた。突然の不意打ちに驚いて一瞬固まってしまったシャナーは五秒後正気になると言い返した。
「怒らせているのはどなたなんですか!」
シャナーがそう叫んだ時にはラファイルはすでに部屋を飛び出して行こうとしていた。シャナーに向かってウインクすると舌を出しあかんべえをして部屋をすごい速さで飛び出してしまった。
「ラファイル様、待ちなさい!」
シャナーは真っ赤になってラファイルの後を追いかけて行こうとしているシャナーの腕を掴んでカミールが静止した。
「シャ、シャナーもういいよ。僕が悪いんだから、今夜からは扉の前に椅子でも置いておくようにするから。殿下を許してあげてよ」
「はあ? あなたがそうやって甘やかすからでしょ。あの殿下の変な癖を治さなきゃ。私が我慢ならないのよ。今日という今日は許さないんだから」
そう言って追いかけようとしているシャナーに向かってカミールが言った。
「シャナー暴力はダメだよ、仮にも殿下なんだからね」
「わかっているわよ」
そういうとものすごい速さで走って行ってしまった。
「わかってないのはシャナーだよ。殿下は楽しんでいるんだから。そうやって毎朝シャナーと走るのを…まったく毎朝僕が二人のイチャイチャのだしに使われているのが分かっていて、つい大きな声で叫んじゃうんだよな。僕も体を鍛えなきゃ」
カミールはそういうとゆっくり起き上がると制服に着替え始めた。
今日に限ってシャナーは途中であきらめることなく罰を遂行しようとラファイルを執拗に追いかけまわしていた。
その為、今朝はラファイルは館の外にはだしで飛び出して行ってしまった。
しかし、タイミングが悪かった。
ラファイルが走って逃げた先にはちょうど朝の訓練が終わった騎士たちがラファイル館に朝食をとろうとやってきている所だった。
行くてをふさがれたラファイルが振り向き、手を上げてシャナーに言った。
「シャナー落ち着こう…僕が悪かった。わかったよ。お前の言う通り、寝相改革をやってみてもいいから、なっだからもういいだろ?」
「何を言っているんでしょうね。寝相改革はまた別の話ですよ。今朝の罰は別に決まっているじゃないですか。殿下の体に教え込まないと、意識がないんでしょ」
「いっいや、そっそんな事はないよ。わざとだよ、カミールの部屋に行くのは。だっだからだな」
「問答無用!」
その言葉を聞いたラファイルがまた走りだそうとした瞬間、目の前の騎士たちがラファイルの逃げ道をふさぎ、じわじわとシャナーの元に追い詰め始めた。
「おっおい、お前たち、ぼっ僕の味方についていた方がいいんじゃないか?」
「問答無用!」
全員が一斉にラファイルにとびかかった。
身動きが取れなくなった所で、ベンとラースがラファイルをとり押さえている騎士たちをどけて、右腕をベンが左腕をラースが掴むと嫌がるラファイルをシャナーの前に連れてきた。
「おっ、おい辞めろ…冗談にならないって、お前ら僕に逆らってもいいと思っているのか?」
「悪いな殿下、俺達は陛下に雇われているんでな。お前の寝相の犠牲になっている奴らだ。諦めろ殿下」
そう言ったのはベン騎士団長だった。
「その通りだ、ラファイル、お前もいい加減夢遊病ごっこは辞めろ」
ベンとラースがいうと、周りの騎士たちが一斉に頷いた。
「ラース、おっお前は僕とシャナーどっちの味方なんだ!」
「どっちといえば…シャナー嬢ですよ。実は最近腰の調子がよくなくてね。サフェリア様が処方してくれる痛み止めの湿布剤が、これがよく効くんでね、殿下を敵にしても痛くもかゆくもありませんがシャナー嬢を怒らせてサフェリア様から痛み止めを貰えなくなる方が恐怖ですから」
ラースが不気味な笑顔をラファイルに向けた。
「さあどうぞシャナー嬢、今日は忙しいんですよ、手早くしてくださいね。今日は予定が立て込んでいるんですから」
「離せ、離せよ、マジで嫌なんだってば、何でも言う事きくから~」
「そうですね、早く済ませましょうか、殿下」
その言葉と同時にシャナーは三人に近づくと嫌がって暴れているラファイルの両脇に両手を滑り込ませ、脇をくすぐり始めた。
ひとしきりやったシャナーは満足気に言った。
「ああ~スッキリした! 殿下、これに懲りたら、もうカミールの部屋に夜中に侵入しないでくださいね。あっみなさん、今朝は疲労回復薬の薬草茶用意してますから食後必ず飲んでくださいね」
そういうと、笑顔で鼻歌を歌いながら屋敷へとかけて行った。
「よっしゃー、ここの担当になっておいて正解だな、あれ苦いけどマジ一日飲んだ日は体調いいんだよな~!」
「おいみんな、早く朝食食べに行こうぜ」
騎士たちはめいめいに言いながら、館の方へと歩き出した。
とうのラファイルはというと、朝から全力疾走に加え、苦手な脇をくすぐられたダブルパンチで動けなくなって地面にうつ伏せなったままだった。
「殿下、いつまでそんな所で寝ているつもりですか? 皆さんの迷惑になりますから早く起き上がってください」
ラースは助け起こすでもなくラファイルを見下ろしながらいうとラファイルが力なさそうに言った。
「精神的苦痛と筋肉痛で立ち上がれない。今日はダメかも知れないぞ、大体シャナーもシャナーだ、僕を誰だと思っているんだ。全く容赦ないんだからな」
「シャナー嬢はきちんと殿下を愛してくれていますよ」
「ほっ本当か?」
「はい、間違いありませんよ。まったく…朝からテマをかけさせないでください」
そういうと、ラースは軽々と、地面にうつぶせて倒れ込んで動かないラファイルを肩に担ぐと館へと歩いて行った。




