殿下のものじゃないですよ!
王宮殿での舞踏会も無事終わり、いつもの日常が戻っていた。
シャナーは無事大役を務めた褒美に隣の館の裏庭にあるガラス張りの温室を手に入れることに成功し、世話係の合間に温室の手入れに忙しい毎日を過ごしていた。
シャナーはそれに加えて、少し剣術も鍛えておこうと、忙しい合間をぬって騎士団の訓練場に頻繁に姿を現すようになっていた。
「おいカミール今日は遅いじゃないか。お前が頼むから久しぶりに鍛えてやろうと早朝から待っていたんだぞ」
シャナーを迎えたのは、肩までかかりそうな黒髪を後ろに無造作に束ねている。
シャナーの2倍の体格差がありそうな大男だった。
「もっもうしわけありません」
シャナーは大きく頭をさげた。それをみて騎士団長のベンが大きな声で笑い出した。
「わっははは、どうせ殿下がまたわがままを言ってごねていたんだろう。いそがしかったら無理して剣術を鍛えなくてもいいんじゃないのか?お前の仕事は殿下のご機嫌とりだろ」
「いいえ、殿下にもしものことがあれば真っ先に敵からの一撃をかわさなければいけませんから、少しでも鍛えておきたいんです」
「いい心がけだな。しかし、あの殿下がお前がきてから大人しく仕事をしてくれるお陰で俺達も振り回されずに訓練の時間がとれるから大助かりだ。どんなお世話をしたらあの殿下を手なずけられるのか教えてもらいたいもんだな」
騎士団長の後ろにいた騎士の一人でベンの幼馴染のジースがベンの肩に左ひじをのせながらにやけ顔で言った。
「どっどんなって…」
シャナーは真っ赤になりながら口ごもってしまった。照れる必要はないのだ。
単に早朝のドリマーの散歩をシャナーと共に起きてきて朝から適度の運動をするためか、夜も早く寝ているようで、目覚めがよくなり、食事を終える頃には頭がすっきりして仕事が早く始められるようなのだ。
その結果、仕事が早く終わる為、ラファイル自身もやりたいことができる時間が増えたせいか、問題を起こす回数が減ってきたようだった。
「おいお前ら、カミールが困っているだろ。いい加減からかうのはよせよ。お前らも早く訓練に戻った方がいいんじゃないのか」
シャナーの後ろから声がしてシャナーが振り向くと、ラースが手に大きな木箱を抱えながら立っていた。
「なんだよラース、邪魔するなよ」
このラース様にそんな喋り方をするのも彼ら二人の特徴だった。
親友と呼べる者がいないシャナーにとって彼らのような関係性をうらやましく思うのだった。
「そうだぜ、殿下のわがままのせいでカミール姫と話したくても中々チャンスがないんだから、こんな時ぐらいいいだろ」
ニヤニヤしながら軽々とシャナーを持ちあげると、クルクルと回り出した。
シャナーは顔を引きつらせながら抵抗しようともがいたが腰を持ちあげられクルクルされれば何も抵抗できずにいた。
必死で両手両足をばたつかせながら抵抗するがされるがままだった。
「やっやめてください。ジース様、めっ目が回ります」
「お前本当に女みたいにきゃしゃな体してんな。そんなんじゃ嫁さんを守れないぞ。なんなら俺がもらってやろうか? 俺は男の扱いもうまいぜ」
ジースはシャナーをおろすと、笑いながらシャナーに向かって言った。
その瞬間、ジースの頬を短剣がかすめて後ろの木の幹に突き刺さった。
「痛ってーなー、誰だこのやろう! 俺様じゃなかったら、死んでるとこだぞ!」
突然頬をかすめた短剣で切れた血を手の甲で拭いながら短剣が飛んできた方向を睨みつけた。
シャナーはとっさにポケットから白いハンカチを取り出すと、ジースに近寄り、つま先立ちになりながら傷口をふきながらポケットから塗り薬の入ったケースを取り出し手で傷口をぬぐった。
「そんな奴のけがなんか治療してやる必要はないよカミール」
シャナーが振り向くと仕事を開始しているのはずのラファイルが近づいてきていた。
「やっぱりお前か! このきれいな俺様の顔に傷が残ったらどうしてくれるんだこらー! 王子だからって 容赦しねえぜ」
「それはこっちのセリフだ! お前もいい加減覚えろ。カミールに触っていいのは僕だけだ」
自分の物とでもいうかのように、ジースの頬に血をとめる塗り薬を当てて治療しようとしているシャナーの手首を掴むと、当然の事のことのように自分の所にシャナ―を引き寄せてジースを睨みつけた。
「ちょっとラファイル様! どうしてあなたがここにいるんですか? それより人にあのような短剣を投げつけるなんて危ないではありませんか!」
シャナーを自分の物とでもいうかのように自分の懐に抱き寄せながらジースを睨みつけているラファイルから逃れようともがきながら叫んだ。
がっその声はラファイルの耳には届いていないようだ。いっこうに力を緩める気配がなかった。
「殿下、いつからそいつがお前の物になったんだ? カミールも殿下がうっとうしかったら辞めたっていいんだぞ。変わりならそれこそ、あそこの奴らで十分事足りるからな、騎士団に入り直さないか?」
そう言って向こうの方で訓練を始めている若い騎士見習いの男の子たちを指さしながら言った。
「お前も物覚えが悪いようだなジース。ここに来させているのはカミールがどうしても剣術を習いたいというから許可してるだけで、カミールは最初から僕の専属の世話係だ! 騎士なんかになるわけないだろ!」
二人が顔を近づけながら睨み合いを始める中、その真ん中で板挟みになりながらシャナーは必死にもがいていた。
(あ~もう、どうして男の人ってこう人の言うことを聞いてくれないのかしら)
シャナーは必死にもがけばもがくほどラファイルの腕はシャナーをきつく拘束するかのようにシャナーの動きを封じていた。
その二人の睨み合いを遮ったのはラファイルの側近のラースだった。
「二人とも、そのくらいにしたらどうだ。ジースもそろそろあいつらの訓練が終わりそうだぞ、それに殿下も早くしないと視察に遅れるぞ」
その声に二人ともにらみ合いを止めた。
「しかたねえなあ~今日はこの変にしておいてやるか、カミール、こんな奴いやになったら俺がいつでも個人的に雇ってやるからな」
ジースはそういうと豪快に笑いながら、訓練している騎士見習いたちの元にかけて行った。
「まったく、油断も隙もない。カミール、奴には気を付けろと言っただろう。あいつは男女見境ないからな」
「でっ殿下! いい加減離してください!」
「なんだよ、いいじゃないか。今朝はおはようの抱擁がなかったから体が僕の言うことを聞いてくれないんだよ」
シャナーはま自分を放そうとしないその腕から必死でもがきながらようやくラファイルからぬけ出し、荒い息遣いを整えながら反論した。
「殿下、それこそ契約にはありませんよ。いい加減にしていただかないと、陛下に報告しますよ。抱擁なさりたいのならあちらの館に殿下の抱擁を待っているご婦人方がいらっしゃるというではありませんか、なんなら御供しますよ」
シャナーは東の方角の林の向こうにそびえたつ館を指さして言った。
「カミールも物覚えが悪いなー。何度も言ってるだろ。あそこにいるのは、舞踏会で、お前を婚約者候補者だって紹介したのに、自分たちも立候補するとかいって居座っているいとこたちなんだって。僕には関係ないんだからな。僕は女性アレルギーがあるんだよ、父上が用意した婚約者候補だかなんだかしらないけど、勝手に滞在を引き延ばしている連中なんか知らないね。それともカミールの双子の妹にだったら会いに行ってもいいけどね」
「自分も何度も言っているでしょう。今はけがが回復したばかりで療養中だからあえないと」
「聞いたさ、だからお前でいいっていっているだろ。僕だって人恋しくなるんだよ。女を抱けないんだから代わりに男でも抱きしめないと人間不足になっちゃうだろ。どうしてお前は毎日毎日嫌がるんだ。アンドレアなんか、僕が抱きしめても、一緒にベッドで寝ても抵抗すらしないぞ。なあ、ラースだってそうだろ」
そう言って横にいたラースを抱きしめて見せて言った。
確かにシャナーが知る限り、ラファイルはイケメンを見ると見境なく抱きしめる癖がある。
皆抵抗こそしないが顔が引きつっているが、アンドレとラースにいたっては反応が違うような気がした。
もしやジースがいう男同士でもオッケーというやつなのだろうか。
シャナーは心の中でそんな事を考えていると、いつの間にかラファイルに手を掴まれ今来たばかりのラファイルの館の方に引っ張って行かれていた。
「ちょっと放してください。きょ今日は午後まで自分は自由のはずですよ。今日は訓練がしたいんです!」
「いい忘れていたんだが、今日はお前も一緒に視察に同行してもらうよ」
「はあー? 聞いてないですよ。嫌です!」
(そう何度もシャナーに戻ってたまるもんですか! お父様に知れたらなんていわれるか。それでなくても、この間の舞踏会の事をお父様に手紙で知らせたら、カンカンに怒って戻って来いって書簡が届いたばかりなのに、ようやく温室管理でグルグの種が芽がでそうなのにこのまま戻るなんて絶対嫌よ。あれだけの温室はおばあ様の山の別荘でもできないもの。ここは薬草の種類もたくさんあるし、まだまだ森に採取しに行きたいし)
シャナーはラファイルを睨みつけながらしばらく抵抗を試みた。
「仕事だカミール、世話係たるもの主人の要求には敏速に対処するもんだぞ」
ラファイルの代わりに言ったのはラースだった。
「しかしですね。どうして毎回毎回女装なんですか? そう毎回毎回女装して同行する必要性がどこにあるのですか? 都の人たちが誤解してるじゃないですか。自分が知らないとでも思っているんですか? 都でもっぱらの噂になっているんですよ」
「何の事だ?」
「とぼけないでくださいよ。ラファイル王子婚約者内定! ってデマですよ」
「そんなうわさが立っているのか? それもいいかもしれないな。そうなると挨拶に行かないといけないな」
「どこにですか?」
「決まっているだろ。お前の父親の所にだよ」
「はあ? 寝ぼけるのもたいがいにしてくださいよ」
「僕は寝ぼけてなどいないぞ。お前の双子の妹ならアレルギーはきかないかもしれないだろ?」
(駄目だ、この人の思考回路はどうかしてる。どうしてこうも私に固執するんだろ? 女だってバレていないはずなんだけどな。仮に女だってバレたとしても私なんかgあ恋愛対象になるはずないのに)
シャナーは何とか自分の腕を掴んでいる手を振りほどこうとしたがびくともしなかった。
「嫌だ~!」
シャナーのむなしく叫び声が響いたがむだに終わり、結局ラファイル館に戻されてしまった。
(はあ…結局連れ戻されちゃった。殿下って何気に痩せても力強いのよね。ぁあああっ~!、まったく王族っていう生き物はどうしてこうわがままな生き物なんだろ。シャナーは館でケガをして療養中のはずなのに、こう頻繁に都にでかけていたら仕事できたラベリー商会の人たちにみられちゃうかもしれないじゃない。そんなことになったらヤバイって、ぜったいお父様カンカンだろうな。よりにもよって殿下の婚約者候補だもんな…あれは嘘でしたなんて公になっても、本当になっても影響はおっきいよな。ああ、もうどうしよう…おばあ様に連絡取りたいけど、今どこにいるのかわからないしな…殿下ったら休みなんかくれそうにないしな…後五か月、どうやってのりきろう。まだここをでて行きたくないしなあ)
シャナーはチラリと一緒に木箱を運んでついてくるラースにヘルプの視線を送ったが今回も手伝ってくれなさそうだった。
(いったい何を考えているんだろ。殿下はきっと何にも考えていないだろうけど、ラース様は何か考えがあってのことなのかしら)
ラファイルに引っ張られながらシャナーは自分の部屋に戻ってきた。
戻るなりシャナーの手を放すと、後ろをついてきていたラースが木箱をおろすと出て行ってしまった。
「すぐ出発だから馬車で待ってるぞ。というわけで、急いで着替えろよ。なんなら僕も手伝おうか」
「けっこうです。きちんと時間外手当をいただきますからね。着替えればいいんでしょ着替えれば!」
シャナーは木箱ごと両手に持つと自分の奥のこの部屋の隠し部屋であるシャナーの部屋に向かった。
自分の部屋に入って木箱を開けると、予想通り変装道具が入っていた。
その日もシャナーはラファイルに同行し、都の視察を共に行った。
しかし、この日、都を視察していたラファイルの側についていたシャナーを見かけて驚きの表情を浮かべる者がいた。




