マテン様はすごい方
ラファイルが乗った馬車が孤児院の前に到着すると、既に孤児院の前には大人と孤児たちがきれいに並んで出迎えていた。
「殿下、お忙しい中このような場所にようこそいらしてくださいました」
ラファイルが馬車からおりると、高齢の女性がラファイルに近づいて一礼してからラファイルをそっと抱きしめながら笑顔でラファイルを出迎えた。
「マテン、久しぶりだな。元気にしていたのか? お前は変わらないな」
「もうこんなにおばあちゃんになりましたよ。殿下は少々お痩せになられましたか? きちんと好き嫌いなく食べていらしていますか?」
「心配にはおよばんぞ、今は優秀な世話係がいるからな」
そう言ってチラリとシャナーの方に視線を向けてから笑顔で言った。
「それはそれはようございました。ラース様もお元気そうでなによりです」
「マテンも元気そうだな」
ラースもマテンをそっと抱きしめると笑顔で挨拶をかわした。
「カミール、紹介しよう。僕のばあやだったマテンだ。マテン、今僕の世話係をしているカミールだ」
「まあ、かわいらしい方ですこと。殿下、このようなかわいらしい方にわがままをいって困らせてはいませんか? 殿下はもう子どもではないんですからね。一人前の男性らしく振舞わなくてはなりませんよ。このようなかわいらしい子がいるのではなおさら今更こんな年寄りは必要ございませんね。安心いたしましたよ」
そう言って笑顔でシャナーに視線を向けた。
「カミールさん、殿下の事よろしくお願いいたします。少々わがままなご性質ではありますが、ねはお優しい方ですから。見捨てないであげてくださいませね」
マテンは全て見透かしているかのようにカミールと握手を交わすと、満面の笑顔で大きく頷きながら言った。
「殿下はご立派な方でいらっしゃるのでお仕えできて光栄に思っております。それよりもマテン様はご立派ですね。愛に恵まれない孤児たちをお育てしていらっしゃるなんて、どの子もいい笑顔の子達ばかりで、ここの子達は愛されているのがよくわかります」
「あらあら、そんな風に言っていただけるなんて嬉しいこと。それもこれも殿下の援助のおかげです。殿下いつもありがとうございます」
「マテンには叶わないな。うまいこと言って。安心しろ、後でラースに今年の分を受け取ってくれ」
「ありがとうございます。今日は殿下の為に子供達が唄を練習しましたので、どうぞ中にお入りくださいませ」
「いや、今日は別の用事も入っているからゆっくりできないんだ」
「そうでしたか」
残念そうにしている子どもたちをみてシャナーが言った。
「殿下、ここで唄って貰うっていうのは駄目なのですか?」
「そうだな、皆よいか?」
ラファイルは周りに集まった周辺の住民たちに向かってたずねた。
反対する者たちはいなかった。
「では、申し訳ないがここで唄ってくれるか?」
ラファイルはマテンの後ろで緊張していた子どもたちに向かって言った。
すると、子どもたちは急に笑顔になって大きく頷いた。
マテンはシャナーに一礼するとくるりとむきを変え、子どもたちに向かって手を上に振り上げると、子どもたちは一斉にマテンの指に視線を向け歌う体制になり、マテンの手の動きに合わせてきれいな歌声を披露しだした。
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『さあ~笑おう
明日がいい事あるように
さあ~楽しもう
泣きたいことがあってもさ
さあ~頑張ろう
笑っていればいい事あるさ
ドンドン足を踏み鳴らし
今日も明日も生きてゆく
僕も、私も
みんなおんなじ人間だもの
さあ~勇気を出すんだ
日はまた昇るさ
タンタンタン
今日も足を踏み鳴らし
負けるもんかと前を向こう
さあ~行こう
僕ら私ら
未来があるんだ
みんな笑ったもんがちさ』
*********
子どもたちが楽しそうに踊りながら歌う姿にいつの間にか道いっぱいに人が集まってきていた。
歌い終わると拍手喝采が起きていた。
子どもたちはみんな誇らしげだった。
「いい唄だな。みんな勉強も遊びも院長先生のお手伝いも全部頑張るんだよ」
「はい殿下、いつもありがとうございます」
子供達は何度も練習したのか息がピッタリで声を合わせてお礼を言ってお辞儀をしてみせた。
ラファイルは頷きながら手を振り返し、馬車の中へと入って行った。
ラファイルに続いて馬車に乗り込もうとしたラースがマテンの側に行き、懐から金貨のたっぷりつまった袋をそっとマテンに渡している姿をシャナーは目にして本来の目的はこれだったのかと納得した。
その後をシャナーは一礼し馬車に乗り込もうとした時、マテンが駆け寄ってきてシャナーにだけ聞こえる声でささやいた。
「殿下があのようにスリムになって笑顔になっているのはあなた様のおかげのようですね。ありがとうございます。これからも殿下の事よろしくお願いいたしますね。あのご病気も治ったようで安心しましたよ」
「えっ、あの」
シャナーが何のことかと聞き返そうとした時、ラファイルが馬車から顔を出し、シャナーの腰に手をあてて、にっこり言った。
「安心しろマテン、僕はもう大丈夫だから、ここの子達のことよろしく頼むよ。未来あるこの国の宝物達だからね」
「お任せくださいませ、このマテンまだまだ元気で働けますから」
そう言ってにっこり笑顔で一礼してラファイルを見送った。
シャナーは馬車に乗り込んでからラファイルに聞いた。
「あの、マテン様は何か誤解をなさっていませんか? 殿下がご病気とかおっしゃっていたようですが」
「なんのことだかわからないな。少しボケてきたんじゃないか」
ラファイルは平然とした顔でしらをきった。
その様子をみてシャナーは何か言いようもない嫌な予感にさいなまれていた。
(殿下のご病気って何のことだろう。マテン様が冗談を言っているご様子ではなかったし)
シャナーは馬車に乗り込んでからもマテンが言った言葉を頭の中で思い返していて、ふとあることに気が付いた。
「あの殿下? どうしてわざわざこんな都の外れまでいらしたのに孤児院の中にも入らないですぐ馬車にお乗りになったのですか? マテン様に会ってお話ししなくてもよろしかったのですか?」
「ああ、顔を見たかっただけだからな。それに今日の本当の目的はこれからだからな、時間がかかるから早く行かないとな」
ラファイルははっきりと言わなかったがどこかソワソワしている素振りだった。
「あの…ラース様はこの後の行先はご存じなのですか?」
「ああ」
ラースもそれだけの返事でどこに向かっているのかを言おうとしなかった。
「安心しろ、変な所にはいかないから、お前は僕の横でニッコリしているだけでいいからな」
意味ありげなラファイルの言葉に一物の不安を覚えるシャナーだった。




