殿下、あなたは変態ですか?
「ドリマー、どうして私の味方をしてくれなかったの? 殿下なんかやっつけちゃってもよかったのに! こんなかっこをしてカミールがおかまだと思われないかしら」
既にシャナーのベッドで丸くなってうたた寝しだしているドリマーに向かってブツブツいうが、ドリマーは我関せずといったぐあいに耳をピクピクさせただけで顔すらあげないドリマーだった。
「まあ、そんなとこがお前の可愛いとこよね」
シャナーはドリマーの頭を撫でると、諦めて横に投げ置かれているドレスに視線を移した。
その後、シャナーは手慣れたように、女性用のドレスに袖を通し、金髪のロング用の鬘を頭にかぶった。その姿はシャナー本来の姿ではあったが、しばらくドレスなど着ていなかった自分の女装姿に小さくため息をついた。
「女ってどうしてドレスを着なきゃいけないんだろ? 足元もスース―して変な感じだし、動きにくいったらないわ。こんなんじゃ、足蹴りなんかできないじゃない。おばあ様と一緒の時でもドレスなんて着なかったから、もう窮屈でイライラする~」
シャナーはそういうと、鏡の前で右足で蹴るポーズをしてみた。その時ノックもなしに扉が開いてラファイルが顔をだした。
「その姿のカミールになら蹴りを入れられてもいいな」
「でっ殿下、入るならノックしてください!」
「いいじゃないか、可愛いな~カミール、このままベッドに押し倒いぐらいだ」
そういうなり、シャナーに抱き着こうとしたラファイルを素早くかわすと先に部屋の扉に向かって歩き出した。
「なっ何を馬鹿な事を言っているのですか、さっいそぎますよ」
シャナーは照れて赤くなっている顔を隠すようにラファイルから顔を背けて先に部屋をでた。
館の外にでると馬車の用意がされていて、馬車の前にはラースが既に待機していた。
その隣には今日の護衛は騎士団長のベンが護衛するようだった。
「ヒュ~、すごいなカミール、そんなかっこうをしていると本物の女性にみえるぞ。胸の辺りは寂しいようだがな…」
(セクハラで訴えるぞ、このエロ爺! どうせ胸が小さいですよ! この国の女性の大半が胸が大きすぎるのがいけないんだ! 気にしているのに、これでも詰め物をしてるんだから。どうせ私は胸が小さいですよ。何よ、男ってみんな胸の大きさで判断するんだから)
シャナーはムッとした顔をベンに向けたが何も言い返さなかった。
その時、すぐ後ろを歩いて来ていたラファイルがカミールの腰に手をあてて、シャナーの耳元で小さく囁いた。
「ベン、お前は見る目がないな。こんなに可愛いカミールに心がときめかないとはな。僕は胸の大きさは気にしないよ。そのままの君がいいと思うな。カミール、僕の妃にならないか?」
「なっ!! 何を変態発言しているんですか? じっ自分はおっ男ですよ!」
シャナーは慌てて自分の腰に当てられた手を払いのけようともがいたが、自分の腰にへばりついているラファイルの右手はシャナーの腰から離れなかった。
「今日は僕の恋人役なんだから、離れて歩いちゃだめだろ? 僕を敵から僕を守ってくれないと、そのために特別手当をだすんだからな」
ラファイルは上機嫌でシャナーに言った。
その言葉に血の気が引く思いがした。
(駄目だ…この人の頭の中は理解不能だ)
シャナーは反論するのを止めて、ため息をついて別の事を考えることにした。
(今日一日の我慢だ。これが過ぎれば午後の休暇を貰えるからその日は翌朝まで自由ってことだもんね。ゆっくり森を散策できるわ)
そんな事を想像していると自然とにんまり顔がほころぶシャナーだった。
やがてシャナーとラファイルが乗り込んだ馬車に、ラースとベンも乗り込み、一路今日の視察先に向かう為にラファイル館をでて都にむかった。
「あの…今日はどちらの孤児院にいかれるのですか?」
「ああ、お前には話していなかったな、今日はラファイル殿下の世話係をずっとなさっていたマテンという女性が経営している孤児院にいくんだよ」
ラースがそう説明をするとシャナーは驚いた顔で聞き返した。
「えっ? 女性の方が世話係をなさっていた時があるのですか?」
「知らなかったのか? まあそうかもしれないな。もう十年も前だからな。僕は今でもマテンには戻ってこいって言ってるんだけどな」
ラファイルが隣に座っているシャナーを見ながらいうと、シャナーは目を輝かせた。
「そのマテン様というお方はご立派ですね。殿下の世話をしているより、親を亡くした子達の面倒をみている今の方がよほどやりがいのあるお仕事ですものね」
シャナーの言葉にシャナーの目の前に座っているベン騎士団長が笑いを必死でこらえていた。
「シャナー、お前は何が言いたいんだ? 僕の世話係の方がよほど名誉なことだろ?」
理解不能だと言わんばかりにシャナーにいうラファイルにシャナーは反論をするのを止めた。
「…そうでしたね」
「なんだその間は」
「申し訳ありません。自分の心に嘘をつくのが苦手なもので」
「はあ? まったく、マテンもどうかしてるんだ。孤児の世話なんか他の人間に任せればいいのに」
ラファイルは納得が未だにいっていないのかブツブツ文句を言いはじめた。
「あの、孤児院への視察なんてよくいかれているんですか?」
「なんだ、僕がいつも遊んでるとでも思っているのか?」
「いいえ、たまに書類をみていますから仕事をしているとは思ってましたが、自分が仕事をするようになってからも数えるほどしか視察は行かれないですよね。どうしてそこはいかれるんですか? 確かに親を亡くした子達を保護して育ててくださっている方々をねぎらうのは王族としてご立派なことだとは思いますけれど」
「お前も、王子である僕の視察なんかで都の人間がやる気になるなんて思っていないだろ。 ああいう視察なんか行くだけ無駄なんだよ」
「殿下、わかってらっしゃるんですね」
「はあ?お前もたいがい失礼だな。そこはお前、お世辞でもそんなことはないというもんじゃないのか?」
「あっそうでしたね。でも殿下もわかっていらっしゃるのですよね。ご自分が励ましてもなんの説得力もないって、ですから今更自分がお世辞を言っても無意味ですよね」
「カミールの言う通りだな。お前が行って喜んでくれるのはマテンだけだろうな」
二人のやり取りを聞いていたラースが言うとラファイルがラースを睨みつけた。
「フン! 生意気な子どもに好かれたいとも思わないしな。今日行くのは、会いに来いって言っても自分から絶対会いにこないマテンの顔を見に行くだけだ」
ラファイルはムッとした顔で言い返した。
それを聞いたシャナーが真面目な顔でラファイルに向かって言った。
「殿下もたまに都に行かれるこんな機会にぜひご自分がどれだけ恵まれているかを思い知ってくださいませ」
シャナーの言葉を聞いたラファイルが意味が分からないと言った顔をしてすぐに反論してきた。
「僕は王子なんだぞ、国民と同じなわけないだろ。僕は特別な人間なんだ」
「はあ? そのお考えは改めた方がいいですよ。殿下も同じただの人間です。神でもありませんよ。この国の全ての民が幸せを感じて生活できるように国を繁栄させる義務があるのですよ。今の地位に胡坐をかいていてはいい国王様にはなれませんよ」
「クククッ、カミールには叶わないな。その通りですよ殿下」
ベンが笑いをこらえながら言うと、ラファイルは真っ赤になりながら反論した。
「カミール、今の発言を聞いていると僕がまるで人間のくずみたいじゃないか」
「これは失言でした。仕事をさせていただいてからまだ丸一日のお休みも一度もいただいておりませんので、思考がおかしくなっているようです」
シャナーはラファイルとは反対方向を向きながら言った。
嘘は言っていなかった。
一日ゆっくり散歩したいと思っているがその時間がまったくとれていなかった。
いつも何かのついでに下を向きながら薬草を探し、見つけるとその場で採取できるようにと、シャナーは背中にいつも小さなリュックを背負っていた。
シャナーは王宮に来て陛下と謁見した時、王宮内に生息している草の採取の許可を国王から頂いていたのだ。
知らない人間からみればただの草にしか過ぎないが、幼い頃から薬草使いである祖母の元でさまざまな薬草を見てきたシャナーからしてみればここは薬草の宝庫だった。
しかも採り放題なのだ。シャナーが会話の最中にその事を思い出しているとラファイルが突然言い出した。
「お前はそんなに休暇が欲しかったのか。なんだそれならそうと早くいえばいいのに、じゃあ、明日は一緒に仕事を休んでのんびりしよう。そうだお昼は庭園でお前のパンサンドを食べてのんびりしよう」
「・・・」
シャナーがあきれてラファイルの方に向き直るとラファイルは馬車の窓からの景色を眺めていたようだった。
その横顔を睨みつけているとシャナーの不満顔が視界に入ったのかラースはご愁傷様と言いたげな眼差しをシャナーに送ってきた。
「プッ」
ベンはというとおかしくてとうとうお腹を抱えて笑い転げてしまった。
「ベン? なんだお前もピクニックに参加したいのか? お前はダメだぞ、休暇だからな。お前は監視役だからカミールの弁当を食べられるのは僕だけだ」
(この王子、ダメだ…)
私の休暇じゃなくて殿下の休暇でしょ! と突っ込みたいのを必死に抑えながら急いでラファイルの申し出を丁重に断った。
ラファイルは不服そうだったが、約束通り半日の休暇で十分ですとだけ言った。
シャナーは心の中で(これ以上時間外労働をしてたまるか!)と叫んだ。
「そうだ、殿下、笑顔ってできますか?」
「笑顔だと? いつもしているだろ? 僕を馬鹿にしているのか?」
そう言ってシャナーにほほ笑んでみせた。
「そうそう、その笑顔を今日一日キープしてくださいね」
「はあ? どうしてそんなことをしないといけないんだ?」
「イメージ作りですよ、めったにお目にかかれない王子を人々がみた時の印象はずっと残るものなんですよ。せめていい印象を持ってもらったほうがいいでしょ」
「別に僕はこまらないぞ」
「いいえ、いい印象を与えておく方が殿下の為になるんです。今日その笑顔をずっと維持することができましたら、パンサンドでもなんでも作ってさしあげますから。頑張ってくださいませ」
「そうか…ピクニック! 約束だぞ、僕はやればできるって所をみせてやるぞ、簡単じゃないか笑顔でいるぐらい」
そう言ってラファイルはシャナーにほほ笑みかけ続けてみせた。
「そうです、その意気ですよ」
そんな二人のやり取りをみてラースは密かにカミールのラファイルをやる気にさせる手腕に感心するのだった。
そうこうしていると、ようやく目的地に到着したようだった。




