手土産は蜂蜜パン
冒険者ギルドは、大通りから二つ角を曲がった先にあった。
剣と盾を組み合わせた看板。大きな両開きの扉。
その脇には、依頼書を貼り出した掲示板があった。
(おお……本物だ!)
扉を押すと、話し声と食器のぶつかる音が聞こえてきた。
酒場を兼ねた広間では、鎧を着た男の人たちが遅い昼食を取っている。
窓際では酔っ払った冒険者が依頼先での失敗を身振り手振りで語り、同じ卓の仲間たちを笑わせていた。
ゲームでは同じ会話を繰り返していた人たちが、私の知らないことで笑っている。
つい立ち止まって見てしまった。
「ご依頼でしたら、こちらへどうぞ」
カウンターの向こうから、栗色の髪の受付嬢が声をかけてきた。
私は慌てて駆け寄った。
「冒険者登録をお願いします!」
「登録ですね。こちらにお名前と年齢をご記入ください」
差し出された紙に、エリシアと書く。
ハミルトンの名は付けなかった。
「討伐と採集、どちらを中心に活動なさるご予定ですか?」
「採集で。行きたい場所がたくさんあるので、その途中で拾えるものがあればと思って」
「それでしたら、常時買い取っている素材の一覧もお渡ししますね」
受付嬢が、カウンターの下から一枚の紙を取り出した。
薬草、木の実、鉱石。品名の隣に、買い取り価格が並んでいる。
──あ、青露草。
白糸の滝へ行く途中に、群生していたやつだ。
あの滝は、午後になると綺麗な虹がかかる。
景色を眺めに行って、ついでに一束摘んでくれば、お小遣いにもなるわけだ。
(いいじゃない。そういうのでいいのよ、そういうので)
登録料を払い、釣り銭と一緒に名前入りの登録証を受け取った。
小さな金属の札を、指で挟んで持ち上げる。
冒険者・エリシア。
うん。なかなか悪くない響きでは?
「最初は、街道沿いでの採集をお勧めします。こちらの地図をご覧ください」
受付嬢が、壁に掛かった地図を示した。
町から伸びる街道。その先には、見覚えのある森の名前がある。
けれど、森の奥はほとんど描かれていなかった。
「アルディア森林は、道から離れすぎないようにしてくださいね。奥は守護神獣の領域ですから」
「はい。その神獣に会いに行くつもりです!」
「……は?」
受付嬢の指が、地図の上で止まった。
「温泉付きの別荘があるんです。湖もきれいですし、できればそこに住みたくて」
「そこは人が入れるような場所では──」
「大丈夫です。まずはそこを拠点に、あちこち回ろうかと」
受付嬢が地図を見て、私を見た。
「あの……腕の立つ冒険者でも、神獣の領域には近づきませんよ?」
「戦うわけじゃないので大丈夫です。ちゃんと"お願い"してきます」
「お願い……?」
受付嬢が困ったように眉を寄せた。
──そりゃ、そんな顔にもなるか。
けれど、私は知っている。
あの森の向こうには、青い湖に面した白い屋敷がある。
二階の寝室から花畑を見下ろせて、裏庭には温泉まで付いている。
神獣から客として認められれば、そこを自由に使えるのだ。
なお、この『精霊の隠れ家』──前世はバグの温床となっていた。
壁抜けにフラグ管理ミス。不届き者たちが、次々と侵入方法を見つけ出していたっけ。
バグ報告のたびに動作確認をして、常々思っていたのだ──こんな素敵な別荘に住んでみたいと。
仕事を放り出して、こんなところに隠居したいと。
そんな夢のような場所で、今ならのんびりと過ごせるのだ。
「ご心配ありがとうございます。まずは、森の手前から見てきますね」
たしかにゲームでは、神獣の領域は危険区域だった。
正攻法なら、ラスボス撃破後のエンドコンテンツとして扱われていた。
けれども私は、たどり着くまでの道も、穏便に神獣に会う方法も覚えている。
(たしかあの子が遊びに来るのは、夕方の森の手前の花畑だったわよね)
最初の寄り道には、ちょうどいい。
受付嬢に礼を言い、私は登録証を鞄にしまった。
ギルドを出ると、私は蜂蜜パンの屋台に立ち寄った。
「五つください」
「はいよ!」
私の夕食用に一つ。
残りは、これから会いに行く子狐への手土産だ。
実はあの子は、守護神獣の子どもで蜂蜜パンが大好物なのだ。
本来、その親に会うには、高難度のクエストをいくつもこなさなければならない。
けれど蜂蜜パンにちょっぴり特殊な加工をしてから渡すと、子狐が親のところまで案内してくれるようになっている。
(まあ、誰がやるねん! と突っ込みたくなるような調理も混ざってるけどね)
でも、ちゃんと隠し仕様として正式にリリースされたものだ。
(ふふふ。今日中に、温泉付きの別荘でくつろげちゃうってわけね!)




