《SIDE:コレット》お姉様がいなくても、わたくしが完成させますわ!
エリシアが屋敷を去った日の夕方、コレットはカイルとともに工房に向かっていた。
父のハミルトン伯爵も、二人の少し前を歩いている。
「カイル様。王宮にはわたくしも連れていってくださいね。お姉様の代わりに、わたくしが説明しますから!」
「もちろんだよ。君なら、きっと先方も気に入ってくださる」
コレットは嬉しそうに笑い、カイルの腕に抱きついた。
姉のエリシアは、いつも地味な服で工房に通っていた。あんな姿で隣に立たれては、彼だって恥ずかしかっただろう。
一番華やかなドレスを着ていこう。
王宮の広間で、皆が振り返るようなものを。
「その前に、品を完成させなさい」
父が振り返った。
「分かっていますわ。お姉様のお仕事くらい、夕食までに片付けてみせます」
落ちこぼれの姉にできることなのだから、自分にできないはずがない。
カイルの前で仕上げてみせれば、彼も喜んでくれるだろう。
──コレットは、そう気楽に考えていた。
***
工房に入ると、職人たちが手を止めた。
コレットは、父の後ろから机をのぞき込む。
机の上に置かれていたのは、銀色に輝く魔法陣が掘られた小さな箱だった。
「お姉様が作っていたのは、これね?」
「はい。王宮に納める、薬を冷やして運ぶための箱です」
工房の親方──ガストンが答えた。
コレットは、蓋から下がっている札をつまみ上げた。
『未完成。薬の保存には使用しないこと』
「どこができていないの?」
「冷やすことはできます。ただ、十分に冷えても止まらず中身を凍らせてしまうんです」
「だったら、弱くすればいいでしょう? お姉様ったら、何日も、こんなことで悩んでいたのね」
コレットは箱を自分の前に引き寄せた。
「わたくしに任せてちょうだい。お姉様と違って、実技では満点ですもの」
ガストンが困惑した様子で、父を見た。
父はうなずき、コレットの隣に立つ。
「試させてみろ。コレットなら、うまく調整できるかもしれん」
コレットは札を外し、机の端に置く。
親方が蓋を開けると、内側には魔法陣を刻んだ板がはまっていた。
「ここから魔力を入れるのね?」
板に手を当て、少しずつ魔法陣に魔力を注ぐ。
箱の中から冷気が漏れてきた。強くなりすぎないように加減して、コレットは手を離した。
「これでいいわ」
ほら、簡単ではないか。
(お姉様は、これだけのことに何日もかけていたのかしら?)
親方が、水を入れた小瓶を箱に収めた。
「薬の代わりに、これで試します」
「ええ。カイル様、少し待っていてくださいね」
蓋を閉じたコレットは、カイルと夕食の話を始めた。
親方は箱のそばを離れようとしない。
出来損ないの姉の仕事なら、付きっきりで見ていなければ不安だったのかもしれない。けれど自分が調整したものまで、そんなに心配しなくていいだろうに。
しばらくして蓋を開けると、箱の中はひんやりしていた。
小瓶を持ち上げ、傾けてみる。しっかりと冷えた水が、瓶の中で揺れていた。
「カイル様、触ってみてください。ちゃんと冷えていますわ」
差し出した小瓶に触れ、カイルが笑った。
「本当だ。凍ってもいない。さすがコレットだね」
「お姉様ったら、冷やせばいいと思って強くしすぎたのね」
コレットは笑って、瓶を箱に戻した。
まったく、この程度のことなら最初から自分に頼めばよかったのに。
「お父様。王宮には、わたくしが完成させたと伝えてくださいね。お姉様のお手柄にされてはたまりませんもの」
「分かっておる。お前が"一から作り上げた"発明品だと、そう伝える」
「まあ。それはいいですね、お父様! ……カイル様、わたくしの実力、お分かりになりました?」
「もちろんだよ。僕の目の前で仕上げてくれたんだから」
そう盛り上がっていたところに冷や水を浴びせるような声。
「──お待ちを。ここからの検査が本番ですぞ」
「へ?」
ガストン親方だった。
「これを三日ほど、様々な温度の場所に持っていって安全性を測定します。我が工房の作品は、何より耐久性を重視しているのです」
……せっかく、カイルが褒めてくれたのに。
そんな下らないプライドに、付き合わされる身にもなってほしいものだ。
「……なら、今日のところはこれで終わりかしら? 結果は手紙で知らせていただけますか?」
親方が蓋を閉じるのを見届け、コレットはカイルの隣に戻った。
「ねえ、カイル様。わたくし、王宮には白いドレスを着ていきたいんですの」
「白か。君によく似合いそうだね」
「ふふ、それで髪飾りは王都で流行りの──」
──ぱきっ!
その時、なにかがひび割れる音がした。
コレットは言葉を止めた。
音がしたのは、机の上の保冷箱だった。
「……何だ!?」
父が箱を振り返った。
親方が蓋を開けた。
小瓶の中には、白く濁った氷が詰まっている。そして、ガラスにはひびが走っていた。
「コレット、止めなさい」
父に言われ、コレットは慌てて板に手を当てた。
魔法陣の光が消える。
親方が布で包んで小瓶を取り出すと、瓶は粉々に砕け散った。
「薬を入れていたら、これで使えなくなっていましたね」
ガストン親方が、淡々と瓶をしまう。
コレットは、思わず箱の蓋を閉じた。
「この箱、壊れているんじゃありませんの?」
「ですから『まだ完成していません』と、あれほど……」
「まあ! お姉様が変なものを作るから、わたくしまで失敗したみたいになるんではありませんか!」
コレットはカイルを見上げた。
「さっきは、ちゃんと冷えていましたでしょう? わたくしの魔法がおかしかったわけではありませんわよね?」
「ああ。僕も見ていたよ。エリシアの作りに、何か問題があるんだろう」
そうだ、自分はうまく加減した。
カイルだって、それを見ていてくれた。
「……それで、コレット様が続きの作業をしてくださるということでしたが──」
「へ? ……ああ、そうでしたわね」
「ですが引き継ぎもなしに、いきなり設計を触るのは危険です。特にエリシア様の設計図は神業ですので──」
まるでお姉様にならできて、自分ではできないみたいではないか。
「ですので、この箱については我々の方で仕上げの作業を行い、それに合わせて納品の日程も──」
「まあ! それはいけませんわ!」
コレットは、そうガストン親方の言葉を遮った。
「この続きは、このコレット・ハミルトンにお任せを! しっかりカッチリ、期日までに仕上げてみせますわ!」
コレットは、胸を張ってそう宣言した。
せっかく王宮での晴れ舞台が待っているのだ。
こんな下らないことで、水をさされてはたまらない。
「ですが──」
「これはもう、決定事項ですの」
「そういうことでしたら──せめて期日に間に合わなそうであれば、すぐに工房に返してください」
「くどいですわ! まったくもって不要な心配ですの」
あの出来損ないのお姉様にもできるようなものなら、自分が触れば一瞬で終わるだろう。
──その時のコレットは、そう気楽に考えていた。
どうなってしまうのでしょう・・・
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