↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/27

《SIDE:コレット》譲歩してあげたのに・・・!

 王宮に着ていくドレスは、もうできあがっていた。


 白い絹に、細かな刺繍。

 胸元の宝石は、少し身体を動かすだけでキラキラと光を返す。


 コレットは鏡の前で、満足そうに微笑んだ。

 これなら、カイルの隣に立っても見劣りしない。


(あとは、お姉様が箱を仕上げてくだされば、それで万事解決ね!)


 鏡の向こうに、机の上の保冷箱が映っている。

 その周りには、何度見てもさっぱり分からない図面の束。


 コレットは、そっと目をそらした。

 もう、自分が悩む必要はない。姉を連れ戻すよう、セバスに命じておいたのだから。



 ──そのとき、扉が叩かれた。


「コレット様。戻りました」

「あら、セバス。ちょうどよかったわ。お姉様は?」

「お戻りにはならないそうです」


 髪飾りを直していた手が、止まった。


「……お姉様が、そう言ったの?」

「はい」

「戻ってきてもいいって、ちゃんと伝えたのでしょうね?」

「お伝えしました。それでも、今の暮らしを続けたいと──」


 コレットは、眉をひそめた。


 今の暮らし……?

 銀貨五枚で追い出された姉が、いったい何を言っているのだろう。

 けれど、すぐに思い当たった。


「……そう。わたくしに迎えに来てほしかったのね」

「いえ、そのようなことは──」

「まったく、仕方ありませんわね。すぐに馬車を用意してちょうだい」


 まったく、手のかかる姉だ。

 仕事をするなら帰ってきてもいいと言っているのに、まともな判断もできなくなってしまっているらしい。


 姉のワガママを正すのも、妹である自分の役目だ。

 コレットはそう思い直し、セバスを連れてふんすと馬車に乗り込むのであった。


 ***


 エリシアの居場所は、セバスいわくすぐに分かったそうだ。

 ……調べるまでもなく、有名になりすぎてすぐに噂が耳に入るほどだったらしい。


「……あれ、何の列ですの?」


 目の前にある店を見て、コレットは呆然と尋ねた。


 レンガ作りの建物の前に、人が並んでいる。

 剣を腰に下げた男。杖を抱えた女。背中に大きな荷物を背負った者までいた。


「エリシア様の工房を訪ねてこられた方々です」

「……お姉様の工房?」


 コレットは、もう一度建物を見た。

 気に食わないことに随分と立派な代物だった。


(まあ。ずいぶん羽振りのいいところで、雇ってもらえたのね)


 お姉様のくせに、随分と悪運だけは強い。

 馬車を降りると、列に並ぶ冒険者たちの声が聞こえた。


「昨日の盾、見たか?」

「ああ。あれがあれば、俺たちも──」

「馬鹿言うな! あんな国宝級の装備、俺たちみたいなのが作ってもらえるわけないだろ!」

「どれだけかかっても予約だけでも……!」


(あらまあ。人手が追いついてないのかしら)


 コレットは、ふっと息を漏らした。


 こんなに人を待たせているなんて。

 見た目は立派でも、お姉様の雇い主は、所詮は三流の魔道具工房なのだろう。


(ろくでもない工房に雇われたお姉さま──きっと、わたくしたちの工房に戻りたいはずですわ!)


 列の脇を通り抜け、戸口へ向かおうとする。


「お嬢さん、最後尾はあっちだよ」

「依頼ではありませんわ。ここで働いているエリシアという方に用事がありますの」

「……先生に用事?」


 訝しげな視線。


 ──先生?

 妙な呼び方だ。

 まるでこの工房の主が、お姉様であるかのような……。


(そんな馬鹿なこと、あるはずがありませんわ!)


 ぶんぶんとコレットは、首を横に振る。

 そうしてコレットは、開いている扉から工房をのぞき込んだ。


 ──作業台の上には、見慣れない素材がずらりと並んでいた。

 その向こうで、姉が一人の魔法使いと杖をのぞき込んでいる。


「ここに結晶をつけるなら、握ったときの重さも見たいですね」

「ん。持ってみる」

「リーナさん、そんなに慌てなくても。結晶は逃げませんから」

「結晶は逃げなくてもエリシアのやる気が逃げるかも」

「それは余計な心配ですね。こんな面白いこと、途中でやめるはずがありません!」

「流石」


 …………。

 なにやら、不思議と盛り上がっている。



「お姉様。迎えに来てあげましたわ!」


 エリシアが、驚いたように顔を上げた。


「……コレット?」


 目を丸くしている。

 まさか自分が来るとは、思ってもいなかったのだろう。

 コレットは、ゆっくりと工房に足を踏み入れた。


「もう、意地を張らなくていいんですのよ。お屋敷に戻ってきてくださって構いませんわ。お姉様のために、お仕事もありますのよ?」

「……セバスに、返事はしたと思うけれど?」

「ええ。だから、わたくしが迎えに来たんじゃありませんか!」


 コレットは、満面の笑みでそう答えた。


「ええっと……なんで迎えに?」

「お姉様のためですわ! こんなお仕事は辞めて、帰る支度をなさって。住むところも、ご心配なく──今戻るなら屋根裏部屋を使わせてあげますわ!」


 コレットは、慈悲深い女神のような顔でそう口にした。


 身一つで放り出されたお姉様のために、仕事だけでなく住むところまで用意してあげる。

 なんて慈悲深い妹なのだろう──コレットは、断られる可能性なんて微塵も考えていなかった。

 だからこそ……。


「話にならないわね」

「へ?」

「悪いけど戻る気はないわ。ここでの暮らしが楽しいんですもの」


 あっけらかんと言ってのけたエリシアの言葉が、理解できなかった。


「そもそも、私の工房を放置できないでしょう?」

「私の……工房?」

「ええ。安く譲って頂いたの」


 飄々と口にするエリシア。

 コレットのことを相手にもせず、その目は作業中の杖に向けられている。


「……ねえ。屋根裏部屋って、何のこと?」


 その時、杖を抱えていた魔法使いが口を挟んだ。

 こちらを、じっと見ている。


「お、お姉様のために用意した部屋ですわ。その……追い出されて、どうせ行く場所もないだろうって──」

「追い出されて!?」


 リーナが、エリシアを見た。


「エリシア。どういうこと?」

「ええっと……。はい、出ていくように言われたので──」


 エリシアは、苦笑いするのみ。

 それでもリーナの目が、すっと細くなった。


「……なるほど。追い出した、と」

「なんなんですの! 人の家の都合に口を挟まないでほしいですわ!」

「へえ。それでなにか困ったことになったから急いで呼び戻しにきた──そんなところ?」


 ギクッと、コレットは肩を跳ねさせた。

 図星であった──いやいや、お姉様なんて居なくても困らないけれど。

 ちょっぴり、ほんのちょっと、保冷箱だけどうにかして欲しいだけだ。


「お姉様。意地を張っても仕方ありませんわ」

「……意地?」

「ええ。我が家の工房と比べたら小さな工房──こんな工房に固執する必要、ありませんわよね?」


そう口にした、その瞬間。


「なあ、エリシア嬢! 頼む、この剣の改造を受けてくれ。素材は持ち込む──言い値を払う。だから頼む……!」

「む。まずは私の杖が先」


 リーナが杖を抱え直す横で、剣を携えた冒険者が、どんと革袋を置いた。

 袋を傾けると、作業台の上に金貨の山ができていく。


(はぁっ…………!?)


 コレットの目が、金貨に釘づけになった。


「すみません。持ち込み依頼は、週に一本までと決めているので……」


 冒険者は、がっくりと肩を落とした。

 金貨を袋にかき集め、とぼとぼと工房を出ていく。


(……はぁあああああああああ!?!?!?)


 あれを、断るの!?

 コレットは、遠ざかる革袋と姉の顔を交互に見た。


 エリシアは、きっぱりと言った。


「とにかく、戻るつもりはないわ。ガストン親方によろしく」

「なっ! そんなことを言って許されると──」

「なら、実力行使でもしてみる? 受けて立つ」


 リーナが、杖を構えた。

 その先が、ぴたりとコレットに向けられる。


 ──冗談ではない。

 にじみ出る殺気に、コレットは口をパクパクとさせた。


「行きましょう」


 セバスが、コレットの前に出た。


「ちょっと、セバス!?」

「コレットお嬢様。これでは交渉にもなっておりません」


 そのままセバスに連れられ、コレットは工房をあとにした。


 ***


 屋敷に戻ると、侍女が笑顔で出迎えた。


「お帰りなさいませ。明日のドレス、ご用意できております」

「……ええ」

「旦那様から、今夜は早くお休みになるようにと。明日は大切なお披露目ですから」


 コレットは、曖昧に頷いた。

 部屋に入り、扉を閉める。


 白いドレスが、目に入った。

 髪飾りも、靴も、すべて揃っている。


 そして、机の上には保冷箱。

 出かける前と、何一つ変わっていなかった。


(……お姉様が、少し手を貸せばいいだけなのに)


 図面を一枚、手に取る。

 刻まれた線を目で追ってみても、やはり何が書いてあるのか分からない。


 いつもなら、工房に行けば姉がいた。

 面倒なことは押しつけて、自分はできあがったものを受け取ればよかったはずなのに。


(……わたくしの発明品、ですのよね)


 王宮には、そう伝えてある。

 明日、箱を手に人々の前に立つのも、使い方を尋ねられるのも自分なのだ。


(まったく、面倒なことになってしまいましたわね……!)


 コレットは、忌々しげに図面の束を睨みつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂きありがとうございます!!
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。