《SIDE:コレット》譲歩してあげたのに・・・!
王宮に着ていくドレスは、もうできあがっていた。
白い絹に、細かな刺繍。
胸元の宝石は、少し身体を動かすだけでキラキラと光を返す。
コレットは鏡の前で、満足そうに微笑んだ。
これなら、カイルの隣に立っても見劣りしない。
(あとは、お姉様が箱を仕上げてくだされば、それで万事解決ね!)
鏡の向こうに、机の上の保冷箱が映っている。
その周りには、何度見てもさっぱり分からない図面の束。
コレットは、そっと目をそらした。
もう、自分が悩む必要はない。姉を連れ戻すよう、セバスに命じておいたのだから。
──そのとき、扉が叩かれた。
「コレット様。戻りました」
「あら、セバス。ちょうどよかったわ。お姉様は?」
「お戻りにはならないそうです」
髪飾りを直していた手が、止まった。
「……お姉様が、そう言ったの?」
「はい」
「戻ってきてもいいって、ちゃんと伝えたのでしょうね?」
「お伝えしました。それでも、今の暮らしを続けたいと──」
コレットは、眉をひそめた。
今の暮らし……?
銀貨五枚で追い出された姉が、いったい何を言っているのだろう。
けれど、すぐに思い当たった。
「……そう。わたくしに迎えに来てほしかったのね」
「いえ、そのようなことは──」
「まったく、仕方ありませんわね。すぐに馬車を用意してちょうだい」
まったく、手のかかる姉だ。
仕事をするなら帰ってきてもいいと言っているのに、まともな判断もできなくなってしまっているらしい。
姉のワガママを正すのも、妹である自分の役目だ。
コレットはそう思い直し、セバスを連れてふんすと馬車に乗り込むのであった。
***
エリシアの居場所は、セバスいわくすぐに分かったそうだ。
……調べるまでもなく、有名になりすぎてすぐに噂が耳に入るほどだったらしい。
「……あれ、何の列ですの?」
目の前にある店を見て、コレットは呆然と尋ねた。
レンガ作りの建物の前に、人が並んでいる。
剣を腰に下げた男。杖を抱えた女。背中に大きな荷物を背負った者までいた。
「エリシア様の工房を訪ねてこられた方々です」
「……お姉様の工房?」
コレットは、もう一度建物を見た。
気に食わないことに随分と立派な代物だった。
(まあ。ずいぶん羽振りのいいところで、雇ってもらえたのね)
お姉様のくせに、随分と悪運だけは強い。
馬車を降りると、列に並ぶ冒険者たちの声が聞こえた。
「昨日の盾、見たか?」
「ああ。あれがあれば、俺たちも──」
「馬鹿言うな! あんな国宝級の装備、俺たちみたいなのが作ってもらえるわけないだろ!」
「どれだけかかっても予約だけでも……!」
(あらまあ。人手が追いついてないのかしら)
コレットは、ふっと息を漏らした。
こんなに人を待たせているなんて。
見た目は立派でも、お姉様の雇い主は、所詮は三流の魔道具工房なのだろう。
(ろくでもない工房に雇われたお姉さま──きっと、わたくしたちの工房に戻りたいはずですわ!)
列の脇を通り抜け、戸口へ向かおうとする。
「お嬢さん、最後尾はあっちだよ」
「依頼ではありませんわ。ここで働いているエリシアという方に用事がありますの」
「……先生に用事?」
訝しげな視線。
──先生?
妙な呼び方だ。
まるでこの工房の主が、お姉様であるかのような……。
(そんな馬鹿なこと、あるはずがありませんわ!)
ぶんぶんとコレットは、首を横に振る。
そうしてコレットは、開いている扉から工房をのぞき込んだ。
──作業台の上には、見慣れない素材がずらりと並んでいた。
その向こうで、姉が一人の魔法使いと杖をのぞき込んでいる。
「ここに結晶をつけるなら、握ったときの重さも見たいですね」
「ん。持ってみる」
「リーナさん、そんなに慌てなくても。結晶は逃げませんから」
「結晶は逃げなくてもエリシアのやる気が逃げるかも」
「それは余計な心配ですね。こんな面白いこと、途中でやめるはずがありません!」
「流石」
…………。
なにやら、不思議と盛り上がっている。
「お姉様。迎えに来てあげましたわ!」
エリシアが、驚いたように顔を上げた。
「……コレット?」
目を丸くしている。
まさか自分が来るとは、思ってもいなかったのだろう。
コレットは、ゆっくりと工房に足を踏み入れた。
「もう、意地を張らなくていいんですのよ。お屋敷に戻ってきてくださって構いませんわ。お姉様のために、お仕事もありますのよ?」
「……セバスに、返事はしたと思うけれど?」
「ええ。だから、わたくしが迎えに来たんじゃありませんか!」
コレットは、満面の笑みでそう答えた。
「ええっと……なんで迎えに?」
「お姉様のためですわ! こんなお仕事は辞めて、帰る支度をなさって。住むところも、ご心配なく──今戻るなら屋根裏部屋を使わせてあげますわ!」
コレットは、慈悲深い女神のような顔でそう口にした。
身一つで放り出されたお姉様のために、仕事だけでなく住むところまで用意してあげる。
なんて慈悲深い妹なのだろう──コレットは、断られる可能性なんて微塵も考えていなかった。
だからこそ……。
「話にならないわね」
「へ?」
「悪いけど戻る気はないわ。ここでの暮らしが楽しいんですもの」
あっけらかんと言ってのけたエリシアの言葉が、理解できなかった。
「そもそも、私の工房を放置できないでしょう?」
「私の……工房?」
「ええ。安く譲って頂いたの」
飄々と口にするエリシア。
コレットのことを相手にもせず、その目は作業中の杖に向けられている。
「……ねえ。屋根裏部屋って、何のこと?」
その時、杖を抱えていた魔法使いが口を挟んだ。
こちらを、じっと見ている。
「お、お姉様のために用意した部屋ですわ。その……追い出されて、どうせ行く場所もないだろうって──」
「追い出されて!?」
リーナが、エリシアを見た。
「エリシア。どういうこと?」
「ええっと……。はい、出ていくように言われたので──」
エリシアは、苦笑いするのみ。
それでもリーナの目が、すっと細くなった。
「……なるほど。追い出した、と」
「なんなんですの! 人の家の都合に口を挟まないでほしいですわ!」
「へえ。それでなにか困ったことになったから急いで呼び戻しにきた──そんなところ?」
ギクッと、コレットは肩を跳ねさせた。
図星であった──いやいや、お姉様なんて居なくても困らないけれど。
ちょっぴり、ほんのちょっと、保冷箱だけどうにかして欲しいだけだ。
「お姉様。意地を張っても仕方ありませんわ」
「……意地?」
「ええ。我が家の工房と比べたら小さな工房──こんな工房に固執する必要、ありませんわよね?」
そう口にした、その瞬間。
「なあ、エリシア嬢! 頼む、この剣の改造を受けてくれ。素材は持ち込む──言い値を払う。だから頼む……!」
「む。まずは私の杖が先」
リーナが杖を抱え直す横で、剣を携えた冒険者が、どんと革袋を置いた。
袋を傾けると、作業台の上に金貨の山ができていく。
(はぁっ…………!?)
コレットの目が、金貨に釘づけになった。
「すみません。持ち込み依頼は、週に一本までと決めているので……」
冒険者は、がっくりと肩を落とした。
金貨を袋にかき集め、とぼとぼと工房を出ていく。
(……はぁあああああああああ!?!?!?)
あれを、断るの!?
コレットは、遠ざかる革袋と姉の顔を交互に見た。
エリシアは、きっぱりと言った。
「とにかく、戻るつもりはないわ。ガストン親方によろしく」
「なっ! そんなことを言って許されると──」
「なら、実力行使でもしてみる? 受けて立つ」
リーナが、杖を構えた。
その先が、ぴたりとコレットに向けられる。
──冗談ではない。
にじみ出る殺気に、コレットは口をパクパクとさせた。
「行きましょう」
セバスが、コレットの前に出た。
「ちょっと、セバス!?」
「コレットお嬢様。これでは交渉にもなっておりません」
そのままセバスに連れられ、コレットは工房をあとにした。
***
屋敷に戻ると、侍女が笑顔で出迎えた。
「お帰りなさいませ。明日のドレス、ご用意できております」
「……ええ」
「旦那様から、今夜は早くお休みになるようにと。明日は大切なお披露目ですから」
コレットは、曖昧に頷いた。
部屋に入り、扉を閉める。
白いドレスが、目に入った。
髪飾りも、靴も、すべて揃っている。
そして、机の上には保冷箱。
出かける前と、何一つ変わっていなかった。
(……お姉様が、少し手を貸せばいいだけなのに)
図面を一枚、手に取る。
刻まれた線を目で追ってみても、やはり何が書いてあるのか分からない。
いつもなら、工房に行けば姉がいた。
面倒なことは押しつけて、自分はできあがったものを受け取ればよかったはずなのに。
(……わたくしの発明品、ですのよね)
王宮には、そう伝えてある。
明日、箱を手に人々の前に立つのも、使い方を尋ねられるのも自分なのだ。
(まったく、面倒なことになってしまいましたわね……!)
コレットは、忌々しげに図面の束を睨みつけた。




