岩は消えましたが、盾は無事です!
その日の午後。
私たちは、完成した魔法盾を試すために町外れの岩場を訪れていた。
──ガルドさんの構える大盾は、刻まれた魔法陣で淡い水色の光を放っていた。
中央には、セレスティアで採ってきたマナ結晶がはめ込まれている。
(うんうん。なかなか格好よくできたんじゃないかしら!)
ガルドさんも、さっきから何度も盾を眺めている。
持ち上げては傾け口元を緩めていたが、リーナさんが杖を手にすると顔つきが変わった。
「……本当に、本気で撃っていいんだね?」
「おう。遠慮はいらねえ。俺は、こいつでどんな攻撃でも受け止めるつもりだからな!」
リーナさんが、ちらりと私を見る。
私は、笑顔で大きく頷いた。
「大丈夫です。思いっきり撃っちゃってください!」
「ん。わかった」
リーナさんはガルドさんに向き直ると、にこりと笑った。
「それじゃ、日頃の恨みを込めて」
「……恨み?」
「この前、私が本を読んでたら、灯り、消したよね」
「夜中の三時だったろうが! 朝から依頼だってのに、いつまで起きてるつもりだったんだよ!」
リーナさんが、むっと唇を尖らせた。
「あと一章だったのに」
「完ッ全に逆ギレじゃねえか!!」
リーナさんは杖を掲げると、詠唱を始めた。
……読書の強制打ち切りは犯罪です!
人間、エナドリさえあれば3日は寝ないでもどうにかなるしね──って、どうにもならなかったから死んだのか。
(って、そんなことはどうでもいいとして──)
リーナさんの魔法は、言葉の通り本当に容赦なかった。
杖の先に、緑色の魔法陣が広がっていく。
ひゅう、と風が鳴る。
風は、見る間に太い渦になっていく。
地面を削りながら高く伸び、その天辺は近くの木々よりも高くなっていた。
リーナさんの髪がふわりと浮き上がり、周囲の砂や小石が巻き上がった。
「……おい、リーナ。その魔法は、ちょっと待て」
ガルドさんの顔が引きつった。
さっきまでの勇ましい声が、すっかり裏返っている。
「おまえ、いつの間にそんな大魔法を──お~い、そんなもん撃たれたら本当に死──」
「できた。──サイクロン!!」
リーナさんが、いい顔で杖を振り下ろした。
巨大な竜巻が、地面をえぐりながら突っ込んでくる。
「うわあああああああああっ!!」
絶叫するガルドさん。
ヤケクソのように、盾を前面に掲げる。
──その瞬間。
盾の中央で、マナ結晶が青く輝いた。
竜巻の先端が、ぐにゃりと細く伸びる。
荒れ狂う風が結晶に吸い寄せられ、みるみるうちに吸い込まれていく。
(よし、成功!)
さっきまで空を覆っていた砂煙が消える。
残った風まで、ひゅるんと結晶に吸い込まれていった。
「あああああああ──……あれ?」
間の抜けたガルドさんの声が、岩場に響く。
風は、もう吹いていなかった。
「…………あれ?」
「成功です! 見てください、全部吸い込みましたよ!」
私は、ガルドさんの隣に駆け寄った。
盾には、傷一つついていない。
中央の結晶は、淡い緑色の光を放っていた。
「……嘘みたいに手応えなかったぞ。あれだけの魔法だったのに」
「なら、まだ余裕がありそうですね」
ガルドさんは、自分の盾をまじまじと見つめた。
その横から、リーナさんものぞき込む。
「……うそ、最近覚えたばかりの渾身の一撃だったのに」
「こっちは普通に死ぬかと思ったぞ……」
「生半可じゃ性能テストにならない」
涼しい顔でリーナさん。
なんだかんだで、ガルドさんの腕を信じているのだろう。
「それにしてもとんでもない盾だな。あれほどの魔法を簡単に打ち消すなんて」
「ん。これまでの戦略が一変するね」
「ああ。これなら隙を作るためのフォーメーションも──」
ガルドさんとリーナさんが、そんなことを話している中。
「──さて、ここからが本番ですね。次のテストに行きましょうか!」
「へ?」
私はそう宣言するのだった。
***
「ガルドさん、次は魔法を発射しましょう」
「そういえばそんなことも言ってたな。だがエリシア嬢──本気なのか?」
「もちろんです! むしろここからが本番ですよ!」
私は、えっへんと胸を張る。
前世のぶっ壊れ装備を、さらにぶっ壊したものがガルドさんの盾なのだ。
「ガルドさん、とりあえず盾をあの岩に向けて──」
「こうか?」
「あ。私には向けないでね」
リーナさんが、さっとガルドさんの後ろに回り込んだ。
「お前は俺に撃っただろうが」
「ガルドには盾があるでしょ」
ガルドさんが、何か言いたそうに口を開いた。
けれど手元の盾を見ると、そのまま口を閉じる。
「……それで。どうすればいいんだ?」
「トリガーワードを魔法陣が認識します。魔法名──今回はサイクロンですね。あの大岩に向かって、魔力を押し込む感じでお願いします」
私は、岩場の奥を指さした。
家ほどもある大きな岩が、どっしりと地面に鎮座している。
「そんな馬鹿な──だがエリシア嬢がそう言うなら」
困惑しながらも、ガルドさんは盾を構え直した。
私たちが後ろに下がると、ガルドさんは大岩に向けて盾を持ち上げた。
指先から、持ち手に魔力が流れ込む。
「喰らえ──サイクロン!」
──次の瞬間。
結晶の中の緑色が、まばゆく輝いた。
──ゴオオオオオオオオッ!!
「…………おぉお?」
私の口からも、間の抜けた声が漏れた。
「「「えぇぇえええ!?」」」
盾から、風が噴き出した。
緑色の奔流が一気に膨れ上がり、目の前の岩場を埋め尽くす。
さっきの竜巻よりも、二回りも三回りも大きい。
「え、ちょっと。それ、本当に私の魔法!?」
リーナさんが、呆然と杖を抱え直した。
竜巻は、大岩めがけて一直線に突っ込んでいった。
──ズズズズズンッ!!
竜巻は大岩を粉砕し、そのまま直進するではないか。
「ガルド! それ、やばい! 今すぐ上に!」
「リーナ!? どうすればいいんだ!?」
「これをこうして──こう!」
リーナさんが、何やら盾を操作し、魔法に魔力を送り込む。
巨大な竜巻は宙に向かって浮き上がり、やがては静かに霧散していった。
「ふぅ……」
──吐き出される小さなため息。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も、何も言わなかった。
ようやく風が収まり、土煙が薄くなっていく。
大岩は、どこにもなかった。
地面には、竜巻の通った跡が深々と刻まれている。
(……あれえ?)
私は、盾と岩場を見比べた。
ガルドさんも同じように、盾を見て、岩場を見て、最後に私を見た。
「……エリシア嬢」
「はい」
「これ、本当に盾なのか…………?」
「そ、そうですね。せっかくなので、撃ち返すときに威力も上がるようにしてみたんですが……」
ガルドさんが、もう一度、あたりの惨状に目を向ける。
「上がるって、お前……」
(ううむ。ちょっと、盛りすぎたかしら……?)
前世で魔法職のプレイヤーが怒っていた気持ちが、今なら少し分かる。
自分が苦労して覚えた魔法を、盾を持っただけの相手が簡単に撃ち返してきたのだ。
そりゃあ、苦情も殺到するわけである。
そんなことを考えていると、袖を引かれた。
「エリシア。それ、私もほしい」
リーナさんが、目を輝かせていた。
さっきまで呆然としていたはずなのに、今は、私の目の前に杖を差し出している。
「この杖にも同じのがほしい。ガルドだけあんなに魔法も強いの、ずるい」
「あっ、それは面白そうですね! 杖なら、もっと面白いことも──」
「おい!? なんだ、今の音は──!」
遠くから、声が聞こえた。
振り返ると、街道を歩いていた冒険者たちが、こちらに走ってくる。
その後ろにも、町の方から出てきた人の姿が見えた。
「なんの魔物だ!?」
「今すぐ腕利きの冒険者を呼んでこい!!」
「いや、あそこにいるの……白銀の牙じゃないか!?」
「よくよく見ると竜葬の魔匠まで!」
「ま、まさか──あの嬢ちゃんの新発明か!?」
まずい。
新発明という声を聞いて、さらに人が寄ってくる。
粉々になった大岩を指さす人。
ガルドさんの魔改造された盾を見て、目を丸くする人。
リーナさんは、我関せずで私の新魔道具に興味津々。
──カオスだった。
「え~っと……、ちょっとした事故なんです。できたのはただのちょっと頑丈な盾!! それでは失礼しますね!!」
逃走一択!
私はくるりと身を翻し、工房まで一目散に逃げ帰った。




