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22/27

岩は消えましたが、盾は無事です!

その日の午後。

 私たちは、完成した魔法盾を試すために町外れの岩場を訪れていた。



 ──ガルドさんの構える大盾は、刻まれた魔法陣で淡い水色の光を放っていた。

 中央には、セレスティアで採ってきたマナ結晶がはめ込まれている。


(うんうん。なかなか格好よくできたんじゃないかしら!)


 ガルドさんも、さっきから何度も盾を眺めている。

 持ち上げては傾け口元を緩めていたが、リーナさんが杖を手にすると顔つきが変わった。


「……本当に、本気で撃っていいんだね?」

「おう。遠慮はいらねえ。俺は、こいつでどんな攻撃でも受け止めるつもりだからな!」


 リーナさんが、ちらりと私を見る。

 私は、笑顔で大きく頷いた。


「大丈夫です。思いっきり撃っちゃってください!」

「ん。わかった」


 リーナさんはガルドさんに向き直ると、にこりと笑った。


「それじゃ、日頃の恨みを込めて」

「……恨み?」

「この前、私が本を読んでたら、灯り、消したよね」

「夜中の三時だったろうが! 朝から依頼だってのに、いつまで起きてるつもりだったんだよ!」


 リーナさんが、むっと唇を尖らせた。


「あと一章だったのに」

「完ッ全に逆ギレじゃねえか!!」


 リーナさんは杖を掲げると、詠唱を始めた。

 

 ……読書の強制打ち切りは犯罪です!

 人間、エナドリさえあれば3日は寝ないでもどうにかなるしね──って、どうにもならなかったから死んだのか。


(って、そんなことはどうでもいいとして──)


 リーナさんの魔法は、言葉の通り本当に容赦なかった。


 杖の先に、緑色の魔法陣が広がっていく。

 ひゅう、と風が鳴る。


 風は、見る間に太い渦になっていく。

 地面を削りながら高く伸び、その天辺は近くの木々よりも高くなっていた。

 リーナさんの髪がふわりと浮き上がり、周囲の砂や小石が巻き上がった。


「……おい、リーナ。その魔法は、ちょっと待て」


 ガルドさんの顔が引きつった。

 さっきまでの勇ましい声が、すっかり裏返っている。


「おまえ、いつの間にそんな大魔法を──お~い、そんなもん撃たれたら本当に死──」

「できた。──サイクロン!!」


 リーナさんが、いい顔で杖を振り下ろした。

 巨大な竜巻が、地面をえぐりながら突っ込んでくる。


「うわあああああああああっ!!」


 絶叫するガルドさん。

 ヤケクソのように、盾を前面に掲げる。


 ──その瞬間。

 盾の中央で、マナ結晶が青く輝いた。


 竜巻の先端が、ぐにゃりと細く伸びる。

 荒れ狂う風が結晶に吸い寄せられ、みるみるうちに吸い込まれていく。


(よし、成功!)


 さっきまで空を覆っていた砂煙が消える。

 残った風まで、ひゅるんと結晶に吸い込まれていった。


「あああああああ──……あれ?」


 間の抜けたガルドさんの声が、岩場に響く。

 風は、もう吹いていなかった。


「…………あれ?」

「成功です! 見てください、全部吸い込みましたよ!」


 私は、ガルドさんの隣に駆け寄った。


 盾には、傷一つついていない。

 中央の結晶は、淡い緑色の光を放っていた。


「……嘘みたいに手応えなかったぞ。あれだけの魔法だったのに」

「なら、まだ余裕がありそうですね」


 ガルドさんは、自分の盾をまじまじと見つめた。

 その横から、リーナさんものぞき込む。


「……うそ、最近覚えたばかりの渾身の一撃だったのに」

「こっちは普通に死ぬかと思ったぞ……」

「生半可じゃ性能テストにならない」


 涼しい顔でリーナさん。

 なんだかんだで、ガルドさんの腕を信じているのだろう。


「それにしてもとんでもない盾だな。あれほどの魔法を簡単に打ち消すなんて」

「ん。これまでの戦略が一変するね」

「ああ。これなら隙を作るためのフォーメーションも──」


 ガルドさんとリーナさんが、そんなことを話している中。



「──さて、ここからが本番ですね。次のテストに行きましょうか!」

「へ?」


 私はそう宣言するのだった。


***


「ガルドさん、次は魔法を発射しましょう」

「そういえばそんなことも言ってたな。だがエリシア嬢──本気なのか?」

「もちろんです! むしろここからが本番ですよ!」


 私は、えっへんと胸を張る。

 前世のぶっ壊れ装備を、さらにぶっ壊したものがガルドさんの盾なのだ。



「ガルドさん、とりあえず盾をあの岩に向けて──」

「こうか?」

「あ。私には向けないでね」


 リーナさんが、さっとガルドさんの後ろに回り込んだ。


「お前は俺に撃っただろうが」

「ガルドには盾があるでしょ」


 ガルドさんが、何か言いたそうに口を開いた。

 けれど手元の盾を見ると、そのまま口を閉じる。


「……それで。どうすればいいんだ?」

「トリガーワードを魔法陣が認識します。魔法名──今回はサイクロンですね。あの大岩に向かって、魔力を押し込む感じでお願いします」


 私は、岩場の奥を指さした。

 家ほどもある大きな岩が、どっしりと地面に鎮座している。


「そんな馬鹿な──だがエリシア嬢がそう言うなら」


 困惑しながらも、ガルドさんは盾を構え直した。


 私たちが後ろに下がると、ガルドさんは大岩に向けて盾を持ち上げた。

 指先から、持ち手に魔力が流れ込む。


「喰らえ──サイクロン!」


 ──次の瞬間。

 結晶の中の緑色が、まばゆく輝いた。


 ──ゴオオオオオオオオッ!!


「…………おぉお?」


 私の口からも、間の抜けた声が漏れた。


「「「えぇぇえええ!?」」」


 盾から、風が噴き出した。


 緑色の奔流が一気に膨れ上がり、目の前の岩場を埋め尽くす。

 さっきの竜巻よりも、二回りも三回りも大きい。


「え、ちょっと。それ、本当に私の魔法!?」


 リーナさんが、呆然と杖を抱え直した。

 竜巻は、大岩めがけて一直線に突っ込んでいった。


 ──ズズズズズンッ!!

 竜巻は大岩を粉砕し、そのまま直進するではないか。


「ガルド! それ、やばい! 今すぐ上に!」

「リーナ!? どうすればいいんだ!?」

「これをこうして──こう!」


 リーナさんが、何やら盾を操作し、魔法に魔力を送り込む。

 巨大な竜巻は宙に向かって浮き上がり、やがては静かに霧散していった。


「ふぅ……」


 ──吐き出される小さなため息。



「…………」

「…………」

「…………」


 誰も、何も言わなかった。

 ようやく風が収まり、土煙が薄くなっていく。


 大岩は、どこにもなかった。

 地面には、竜巻の通った跡が深々と刻まれている。


(……あれえ?)


 私は、盾と岩場を見比べた。

 ガルドさんも同じように、盾を見て、岩場を見て、最後に私を見た。


「……エリシア嬢」

「はい」

「これ、本当に盾なのか…………?」

「そ、そうですね。せっかくなので、撃ち返すときに威力も上がるようにしてみたんですが……」


 ガルドさんが、もう一度、あたりの惨状に目を向ける。


「上がるって、お前……」


(ううむ。ちょっと、盛りすぎたかしら……?)


 前世で魔法職のプレイヤーが怒っていた気持ちが、今なら少し分かる。

 自分が苦労して覚えた魔法を、盾を持っただけの相手が簡単に撃ち返してきたのだ。

 そりゃあ、苦情も殺到するわけである。


 そんなことを考えていると、袖を引かれた。


「エリシア。それ、私もほしい」


 リーナさんが、目を輝かせていた。

 さっきまで呆然としていたはずなのに、今は、私の目の前に杖を差し出している。


「この杖にも同じのがほしい。ガルドだけあんなに魔法も強いの、ずるい」

「あっ、それは面白そうですね! 杖なら、もっと面白いことも──」



「おい!? なんだ、今の音は──!」


 遠くから、声が聞こえた。

 振り返ると、街道を歩いていた冒険者たちが、こちらに走ってくる。

 その後ろにも、町の方から出てきた人の姿が見えた。


「なんの魔物だ!?」

「今すぐ腕利きの冒険者を呼んでこい!!」

「いや、あそこにいるの……白銀の牙(シルバーファング)じゃないか!?」

「よくよく見ると竜葬の魔匠まで!」


「ま、まさか──あの嬢ちゃんの新発明か!?」


 まずい。

 新発明という声を聞いて、さらに人が寄ってくる。


 粉々になった大岩を指さす人。

 ガルドさんの魔改造された盾を見て、目を丸くする人。

 リーナさんは、我関せずで私の新魔道具に興味津々。


 ──カオスだった。



「え~っと……、ちょっとした事故なんです。できたのはただのちょっと頑丈な盾!! それでは失礼しますね!!」


 逃走一択!

 私はくるりと身を翻し、工房まで一目散に逃げ帰った。

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