鋼鉄の火力測定器さん
「おいおいおい……あれが、ここの竜か!?」
ガルドさんが、大盾をつかんで立ち上がった。
──セレスティアの守護龍・アダマント。
竜の姿をしているけれど、その正体は、かつて浮遊大陸セレスティアに住んでいた古代人が、島を守るために作り上げた巨大な魔道具だ。
『ほう。セレスティアの残り香か。これは懐かしい』
「ハクヨウ様、知ってるんですか?」
『うむ。今も、亡き主の帰りを待っておるのか──その忠誠心は立派なものだ』
ハクヨウ様が、感心したようにそう呟いた。
(そういえば、そんな壮大な設定もあったわね……!)
浮遊大陸セレスティア。
いわゆるクリア後のお楽しみダンジョンであり、その守護龍アダマントは、第二部への布石として置かれたレイドボスだ。
高ランク冒険者が何人も集まって相手にするような強敵である──まともに相手すれば。
開発が胸を張って送り出したこの守護龍には、しかし致命的で残念な欠陥が存在した。
……口の中にある核に雷の魔法を当てると、しばらく動けなくなるのだ。
しかも、初級魔法でも効果は同じ。発動が速く、一点を狙いやすいサンダーニードルを撃ち込むのが、いちばん手っ取り早かった。
ようやく動きだしても、口を開いたところにまた一発。
何度でも同じ手に引っかかるものだから、またたく間にプレイヤーのおもちゃにされてしまった。
しまいには、ついたあだ名が『鋼鉄の火力測定器さん』である。ひどい。
(見た目は、こんなに格好いいのにね……)
シンプルな攻略法はあれど、まともに倒すとなれば時間がかかる。
素材目当てのプレイヤーは、何発か撃ち込んで止まった隙に素通りするのが定番になっていった。
火力測定器どころか、もはや置き物である。ひどい。
そんな訳で、対処法は分かりきっており……。
「リーナさん。サンダーニードルは使えますか?」
「うん。……雷は得意じゃないけど」
「威力は要らないから大丈夫。ただちょっとタイミングが重要で──合図を出したら、口の中の青く光るところを狙ってください」
「ん、分かった」
リーナさんが杖を持ち上げた。
その先には、小さな雷の針が生まれていく。
(回避パターンも頭に入ってる。念のため、いつでもソファを動かせるようにしておいて──)
「おい。あれと戦うつもりか!?」
「まさか。真面目に戦うつもりはありませんよ」
私はソファの自動迎撃を止め、守護龍アダマントを見上げた。
……やがて、守護龍が首を引き、顎を大きく開いた。
ブレスを吐く直前の予備モーションだ。口の中の魔力核がむき出しになる。
「──今ッ!」
「おっけー!」
リーナさんが、間の抜けた声で雷の針を解き放つ。
巨大な竜に比べれば、あまりにも小さな光。
それでも雷の針は、見事に青く光る魔力核を撃ち抜いた。
──バチン!
その瞬間、派手な青い火花が散る。
弱点への四倍特効、クリティカル演出だ。
守護龍の首が大きくのけぞり、口元に集まっていた魔力も一瞬で霧散した。
(わあ……見事にゲームと同じ!)
……こんな情けない姿に生んでごめん。
それはそうとして、通らせてもらうけどね!
「リーナさんは、念のためもう一回サンダーニードルの準備をお願い。今のうちに通り抜けます!」
「また口を開けたら、同じところに撃ち込めばいい?」
「はい、お願いします!」
スタンしている時間は長くないけれど、動きだしたらまた止めればいい。
あまたのプレイヤーが使った裏技。その実績は、折り紙付きだ。
「行きますよ!」
私はソファを加速させた。
──目の前でピヨピヨしている巨大な金属の塊。
その横を抜けようとしたところで、守護龍の首が、ぐぐっと持ち上がった。
「おい、もう動いてるぞ!?」
ガルドさんが、再び盾を構える。
開かれた顎の奥では、青い光が膨らみ始めていた。
「リーナさん!」
「ん、準備バッチリ」
──バチン!
ブレスが放たれるより早く、二発目が魔力核を捉えた。
口元に集まった光が弾け、守護龍はまたしてもピヨピヨしたまま動かなくなる。
「……本当に、何度でも効くのかよ」
ガルドさんが、驚きの声をあげた。
その間にも、ソファは守護龍の翼に沿って飛んでいく。
あと少しで、大陸の縁だ。
私たちが翼の横を抜けたところで、背後から金属のきしむ音がした。
(──やっぱり、こんなところも同じ! 一度、ブレスモードに入ると、この子、一生ブレスを撃ち続けるのよね……)
振り返ると、守護龍が首をねじって、こちらに口を向けていた。
飽きもせずブレス攻撃を構えているのだ。
「……懲りないね」
私が合図を出す暇もない。
リーナさんの杖から、またしても雷の針が飛んだ。
──バチン!
青い火花が散り、またしてもブレスが霧散する。
……この終盤のボスにあるまじき頭の悪さも、鋼鉄の火力測定器さんなんて呼ばれることになってしまった所以である。南無。
……一瞬、目があった気がした。
ひどく恨めしそうな顔をされた気がする。
(ご、ごめんってば……!)
なおリーナさんは、油断なく次の魔法を用意していた。
守護龍を後ろに置き去りにして、やがてソファは大陸の縁を越えた。
──こうして私たちは、アッサリと守護龍の探知範囲から外れてセレスティアへの侵入を果たすのだった。
「……あんな術ひとつで、あれが止まるとはなあ」
盾を構えて緊張していたガルドさんが、ぽかんと口を開けていた。
リーナさんは自分の杖を見て、それから後ろに遠ざかっていく守護龍を振り返る。
「これ、ボスチクもできる?」
「さすがはリーナさん、ゲーマーの素質ありです!!」
「げーまー?」
「……何でもないです! 今日は、素材目的なので別の機会に!」
──浮遊大陸セレスティア。
その岩壁の上には、青々とした木々が広がっていた。
さらに森の奥には、大陸のどこからでも見えそうな巨大な遺跡がそびえている。
石造りの建物が幾重にも重なり、ひときわ高い神殿まで、長い階段が続いていた。
いかにも探索者の心をくすぐる作りだ。
担当のデザイナーさんが、「これは古代インカをモチーフにした空中都市で~~~」と、ずいぶん早口でまくし立てていたのを覚えている。
(わあ……! これは本当になんて絶景……!!)
──こほん。今の目的地はそっちじゃない。
思わず見入ってしまいそうになったけれど、まずは隠れないと。
私は木々の間にソファを滑り込ませ、草の生えた小さな空き地に下ろした。
「おい、ここが"あの"セレスティアなのか?」
「はい。色んな素材が採れますよ」
「おお、ここが……! まさか生きてるうちに、目にできるとは──」
ガルドさんが、木々の隙間から空を見上げた。
……空に浮く巨大な島。
前世でも実装当初からプレイヤーたちが様々な考察を繰り広げていたし、それはこの実際の世界でも同じだったようだ。
「……じゃ、行きましょうか」
(待っててね、まだ見ぬレア素材たち……!)
私たちはソファを降りて、浮遊大陸の探索に移るのだった。




