ただのソファ、うっかりワイバーンを蹴散らす
工房の裏庭に運び出したソファに、私たちは三人並んで座っていた。
左にはリーナさん。右には、おじいさん。
そして膝の上には、おじいさんが家から持ってきてくれた籠がある。
中身は、お茶の入ったポットと焼き菓子だ。
(ふふふ。分かってるじゃない!)
「それでは、出発しま~す!」
私は片手を空に向かって伸ばす。
ソファの脚が地面を離れ、そのままふわりと浮かび上がった。
「おお……!?」
おじいさんが、背もたれにしがみついた。
「──わし、高所恐怖症だった!」
「じゃあなんで乗ったんですか!?」
「こんな面白そうなものを前に、敵前逃亡など──ひぇぇええええ!」
「エリシア、もっと飛ばそう」
「こらリーナ。殺す気か!?」
なんだかんだ楽しそうなリーナさんと、おじいさん。
庭を囲む塀を越え、工房の屋根を越える。
高度を上げると、見覚えのある通りが、みるみる小さくなっていった。
「ひぃっ。わしの家が、あんな小さく!!」
「おじいさん、肩の力を抜いてください。落ちそうになっても、魔道具がどうにかしてくれます」
「信じるからな、その言葉!?」
おじいさんの表情は、やけに鬼気迫っていた。
──そんなやり取りをしている間にも、ソファはぐんぐん高度を上げていく。
町を囲む壁の向こうには、緑の森。
その先には、昨日行った白糸の滝も見えた。
日傘で飛んだときとは、また違う。
手も足も自由で、ふかふかのソファでお昼寝だってできそうだ。
(さて、ティータイムと洒落込みましょうか!)
私は、膝の上の籠を開けた。
待ってましたとばかりに、リーナさんがカップに手を伸ばす。
ソファは町を離れ、森の上を飛んでいた。
私たちは、お茶と焼き菓子を分け合い、景色を楽しみながら手を合わせる。
「いただきまーす!」
さくっと、焼き菓子をひと口。
バターの香りが口いっぱいに広がる。甘さを楽しんでから、お茶も飲む。
足の下には、どこまでも続く森。
遠くの山には雲がかかり、岩肌のところどころで残った雪が輝いている。
(こういうのでいいのよ、こういうので! 異世界、最高!!)
私が焼き菓子の二つ目に手を伸ばした、その時。
白い雲を突き破って、なにやら大きな翼が現れた。
「……ん?」
青黒い鱗に覆われた身体。
細長い首の先には、鋭い牙がずらりと並んだ口があった。
ワイバーンと呼ばれる、空飛ぶ竜種のモンスターだ。
──それも一体ではない。
その後ろから、さらに四頭が現れた。
大きな飛竜たちが、左右に広がりながらこちらに向かってくる。
「ワイバーン。五頭もいる!」
リーナさんが、カップを置いた。
さっきまでの楽しそうな顔が、一瞬で引き締まる。
「エリシア、下りよう。この数と空でやり合うのは無理!」
「せっかくの空の旅が……」
(……ワイバーン、か)
初心者から中級者への登竜門的な形で配置されていた中ボスだ。
ストーリーでも倒すほか、レイドバトルでは素材を求めて周回することもある。
黒鎧竜ほどの相手ではなく、落ち着いて戦えば対処できる。
問題なのは、ここは逃げ場のない空中だということで──空飛ぶ私たちは、ブレスの格好の的だった。
「高度を下げます。私は念のため防御に回ります」
私は、持ち込んでいた日傘を手に取る。
──先頭の一頭が、大きく口を開く。
喉の奥が、赤く輝く。左右に広がった飛竜たちの口にも、次々に炎が灯った。
(ワイバーンって、どんな素材採れるっけ──じゃない。まずは身を守らないと!)
私が日傘を開こうとした、その瞬間。
五頭の口から炎がほとばしるのと同時に、ソファの魔法陣がきらめいた。
──ソファを優しく包むように。
何重にも魔法陣が宙に生まれ、風の膜が張られていく。
その膜は、あっさりとブレス攻撃をシャットアウトした。
さらにソファの周りに、金色の魔法陣が浮かび上がった。
(待って、待って、待って!?)
魔法陣から放たれるのは七色の巨大な矢。
竜の胴体ほどもあろうかという巨大なそれは、空を飛ぶワイバーンに次々と降り注ぎ──あっさりと串刺しにした。
「な、なんじゃあこりゃあぁあ!?」
「エリシア、なんてものをソファに仕込んだの!?」
「ごめんなさい~!?」
(まさか、これほどの威力になるとは思ってなくて!!)
ギャァァアアアア!
断末魔をあげ、ワイバーンたちは勢いを失って堕ちていく。
決着は一瞬でついた。
……ヨシ!
「さて、のんびりと空の旅の続きを楽しみましょうか」
「「いやいやいやいや!?」」
二人の突っ込みを聞きながら、私は妙なデジャヴを覚えるのだった。




