《SIDE:コレット》仕事はお姉様、手柄はわたくしね
工房を訪れた日の翌日。
「この線、どこにつながっていますの!?」
コレットは、机いっぱいに広げた図面をにらんでいた。
エリシアが残していった、保冷箱の設計図だ。
箱を屋敷に持ち帰ったときは、魔法陣を少し直せば済むと思っていた。
ところが蓋を外してみれば、その裏にも別の魔法陣がある。魔法陣同士が魔力を送り合い、複雑に入り組んでいたのだ。
見れば見るほど、触りたくなくなる。
(どうして、こんなにややこしくする必要があるのよ!)
冷却の魔法陣なら、知っている。
氷を作る魔法だって、姉より自分の方がはるかに得意だ。
それなのに、この箱は少し魔力を流すだけで中のものを凍らせてしまう──魔力を通したときの動きが、サッパリ分からないのだ。
「コレット。ガストンが来たぞ」
父の声に、コレットは顔を上げた。
扉の向こうには父とカイル、そして呼びつけておいたガストン親方がいた。
(っ! ちょいちょいっと直して終わるはずだったのに……!)
「やっと来たのね。ねえ、これ、お姉様の設計が悪いんじゃないの?」
コレットは図面を指さした。
「こんなに魔法陣を重ねるから、おかしくなるのよ。もっと普通のものに取り替えましょう」
「普通のもの、というと?」
「冷却の魔法陣ですわ! 教本に載っているでしょう。あのとおりに作ればいいだけじゃない?」
最初から、そうすればよかったのだ。
ガストンに新しい板を用意させ、自分が正しい魔法陣を刻む。
得体の知れない姉の細工につき合う必要などない。
ところがガストンは、箱の中をのぞき込んだままうなずかなかった。
「それでは、この箱を作る意味がなくなってしまいます」
「どうして? ちゃんと冷えるでしょう?」
「冷えますな。ただしそれだけです」
ガストンは、おもむろに口を開く。
「この魔法陣の肝は、とにかく温度を適温に保つところにあります。冷やすだけでなく、ときに加熱する──だからこそ、これだけの魔法陣を組み合わせる必要があるのですよ」
「……は!? ただの冷却の箱ではなかったの?」
「冷やすだけなら、エリシア様が設計なさる必要もありません」
コレットの口元が引きつった。
「……凍る前に止めればいいだけじゃないの? 運ぶ人間だっているんですから」
「それでは要件を満たせません」
「その要件がおかしいのよ!!」
コレットは、そう言い放った。
ガストンが、父を見る。
「伯爵様。そういう品に変更してもよろしいので?」
「駄目だ」
父の返事は早かった。
「今回の魔道具は、魔法を使えぬ冒険者でも薬を傷めずに運ぶためのものだ。そのための品として、王家から注文を受けておる」
「でも、お父様。そんな魔道具、必要とするのは魔法もろくに使えない落ちこぼれだけですわ」
「だとしても王家からの依頼だ。要件を勝手に変更することは許されん」
コレットは言葉に詰まった。
「エリシアは、その辺りも分かって作っていたのだろう?」
「ええ。そのために、何度も作り直しておられました」
ガストンが、図面の一か所を指で押さえた。
「暑い日に運んでも、寒い日に運んでも、中の薬を同じ温度に保てるものを──と。魔力の加減を人の手で行うだけなら、ここまでの苦労はありません」
数日後には、王宮で晴れやかな完成の儀がある。
……こんなところで、つまずいている場合ではないのに。
「もう少しだけ、設計図を見直す時間をいただけます? そうすれば、お姉様の残した魔道具を、わたくしが華麗に完成させてみせますわ!」
「しかし……! エリシア様の残した魔道具が一筋縄ではいかないのは、もうコレット様も理解なされたはず。これ以上は──」
「ガストン。あなた、わたくしにはできない魔道具をお姉様なら完成させられると?」
コレットは、目を鋭くしてガストンを睨みつけた。
「っ! そのようなつもりは──」
「なら構いませんわ。余計な心配をせずに、あなたは披露の会の準備を進めておいてくださいまし」
コレットは、そう言ってガストンを追い払った。
「……コレット、大丈夫なんだろうな?」
「お父様まで、心配性ですわ。わたくしの手にかかれば、この程度の魔道具は楽勝ですわ!」
(だってわたくしは、学年でもトップの魔力量を誇るハミルトン家のエリートですからね!)
複雑な設計も、コツさえ掴めばきっと見掛け倒しだろう。
そんなこんなで、またしても魔道具の設計図に向き合うコレットであったが……。
(さっっっっぱり、分かりませんわ!!!)
お姉様が、嫌がらせみたいに複雑な設計をしているから……!
(こうなったら、どうにかしてお姉様に見てもらうしかありませんわね!)
お姉様は、きっと身一つで家を追い出されて困っているはずだ。
仕方がない。ここは、魔道具の設計師として雇ってやろう──住む家を与えてやるのだ。屋根裏部屋に住むことを許してやってもいい。
世間の厳しさを知ったお姉様なら、きっと涙を流して喜ぶだろう。
(報酬は予定どおりわたくしが! お姉様は今まで通りに魔道具の設計を──Win・Winの関係ですわね!)
「ねえ、セバス?」
満足そうに微笑み、コレットは執事を呼びつけるのであった。




