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その日傘、誰が作ったんだ!?

「お店、ですか?」


 私はリーナさんを見た。

 彼女はうなずき、私の持つ日傘を指さす。


「エリシアの作ったものなら、欲しがる人はたくさんいると思う。私も欲しいし」

「そうだな。冒険者相手なら、俺たちからも紹介できるぞ」


 ガルドさんまで、乗り気だった。


「身を守る魔道具は、多少高くても買うやつがいる。あれだけのものを作れるなら、注文には困らんだろうな」

「注文……」


 頭の中に、図面を広げた机が浮かんだ。

 その隣に積み上がる注文書。次の試作品を待つ職人たち。まだ終わらないのかと、工房に顔を出すお父様。


 ──いやいやいやいや!

 社畜は、もう勘弁っ!


「お店は、やめておきます!」

「そう? 絶対に売れるのに」

「売れたら、たくさん作らないといけないじゃないですか。私は、もっとあちこち遊びに行きたいんです」


 ようやく、温泉に毎日入れる生活を手に入れたのだ。

 空だって飛べるようになった。まだ見ていない景色も、行ってみたい場所も山ほどある。


 ここでまた、納期に追われる生活に戻ってどうする。


「……それは、分かる。今日の空のお散歩、楽しかった」

「でしょう? ああいうことを、もっとしたくて」


 リーナさんと顔を見合わせてうなずく。

 ようやく下りてきた私たちを待っていたガルドさんは、少し呆れた顔をしていた。


「まあ、急いで決めることじゃない。まずは報告を済ませよう」


 通りの先に、冒険者ギルドの看板が見えてきた。

 私は鞄の中の青露草を確かめ、みんなと一緒に入口をくぐった。


***


「おい、ガルドたちが戻ったぞ!」


 扉の近くにいた冒険者が、声を上げた。

 何人かが手を上げかけて、ガルドさんの背負う盾に目を留める。


「……その盾、どうした」

「あの竜にやられた。危うく、俺までこうなるところだったよ」


 ガルドさんが、ひしゃげた盾を軽く叩いた。

 朝、私を送り出してくれた受付嬢も、カウンターから身を乗り出す。


「皆さん、お戻りになったんですね! 黒鎧竜は倒せたんですか?」

「ああ。倒した」


 途端に、周囲から歓声が上がった。


「やったな!」

「あれを倒したのかよ!」

「さすがA級ランク。これで、あっちの採集にも行ける!」


 奥のテーブルからも、人が集まってくる。

 ガルドさんは、近づいてきた男に肩を叩かれながら片手を上げた。


「ただし、倒したのは俺たちじゃない」

「……あ?」


 男の手が止まった。

 ガルドさんは私を振り返り、少し横に退く。


「この子だ。俺たちが動けなくなったところに、助けに入ってくれた」


 視線が、一斉にこちらに集まった。


 ……おおう。

 思っていたより、ずっと見られている。


(いっそ、私が倒したっていうのは内緒にしておいてもらうべきだったかも……)


「どうも……」


 ひとまず頭を下げると、受付嬢と目が合った。


「エリシアさん!? 薬草を摘みに行って、黒鎧竜に出くわしたんですか?」

「はい……。見ているだけのつもりだったんですが、ガルドさんたちが危なかったので──」

「知ってる子なのか?」


 近くの冒険者に尋ねられ、受付嬢は私から目を離さないまま答えた。


「昨日、冒険者になったばかりなんです」

「昨日!?」


 男が、私とガルドさんを交互に見た。


「おい、ガルド。冗談だろ? こんな若い子が、あの黒鎧竜を?」

「冗談で済むかよ。六人がかりで歯が立たなかったんだぞ。それを……目の前で一発だ」


 ガルドさんが背中から盾を外し、持ち上げた。

 厚い金属が大きくへこみ、縁には亀裂まで走っている。


「巨大な竜が、川の向こうまで吹っ飛んでいったんだ。俺だって、信じられなかったさ」

「一発って……どんな魔法を使ったんだ?」


 男に尋ねられ、私は畳んだ日傘を持ち上げた。


「これに、身を守るための魔法を入れてあるんです。皆さんが立て直すまで、防ごうと思ったんですが……思ったより、効果が強かったみたいで」


 男が、口を開けたままポカンと固まった。

 ガルドさんが、持っていた盾をカウンターに立てかける。


「思ったより強い──なんてレベルじゃないぞ?」

「竜を吹っ飛ばす魔道具なんて、聞いたことねえぞ!」

「なあ嬢ちゃん、いったい誰が作ったんだ、その魔道具!?」


 ものすごい大騒ぎになっていく。

 後ろの席からも人がやってきて、あっという間に囲まれてしまった。


(こ、これ以上は秘密にしておいた方がよさそう!)


 私は目を白黒させて、ガルドさんにアイコンタクト。

 ガルドさんは、任せとけとでも言うようにうなずいた。


「それがな。この魔道具を作ったのは、なんと──」

「あ~~~~~!!!!!!!」


 思わず大声を出して遮る私。

 ガルドさんの袖をつかみ、慌てて顔を寄せる。


「(ひ・み・つ、です!!)」

「あ、ああ」


 うかつだった。

 ここで魔道具の開発者だとバレようものなら、怒涛の注文ラッシュからの社畜生活待ったなし。

 ガルドさんは私の顔を見て、今度こそしっかりとうなずいた。


「気になるのは分かるが、まずは報告させてくれ。まだ戻ったばかりなんだ」


 ガルドさんが周りを見回すと、仲間たちも私の前に出てくれた。

 まだ日傘を見たそうにしていた冒険者たちが、しぶしぶ場所を空ける。


(あ、危なかった……!)


 隣のリーナさんは、口元を押さえて笑っていた。

 いや、笑い事じゃないんですけどね!


「あ、青露草の納品もお願いしたいんですが」

「あっ、はい! すみません、すっかり……!」


 受付嬢が、慌ててカウンターの上を空けた。

 鞄から青露草を取り出すと、ようやく依頼の紙を出してくれる。


 あちこちの席から、まだ「黒鎧竜が~」「あの日傘が~」なんてささやき声が聞こえてくる。


(知らない! 知らない!)


 私は日傘を身体の脇に寄せ、受付嬢に薬草の束を差し出した。


***


 ガルドさんたちが詳しい報告をしている間、私はカウンターの端で待っていた。

 腕の中のコハクは、すっかり眠たそうだ。


 やがて受付嬢が、一枚の書類を持ってきた。


「こちらが、今回の討伐報酬です」


 示された金額を見る。

 ……二度見した。


「へ? これ、皆さんの分も合わせた額ですか?」

「いえ。エリシアさんの分です」


 ちらりとガルドさんを見ると、彼はうなずいた。


「言っただろう。かなり出るって」

「いやいやいやいや。かなりにも、限度がありません!?」


 ……これ、工具一式どころじゃない。

 ちょっと前まで令嬢だった私は、世間には疎い。 

 それでも、これが大金であることは分かる。


 ──お店を持ってみないか、なんて。

 なるほど、冗談で言っていたわけではなかったのね。


「素材の代金も、回収と査定が済んだらお渡しします」

「まだ増えるんですか……?」


 黒鎧竜さん。

 あなた、そんなにお高かったの!?


 ゲームではレイドボスとして、一日に何百回と狩られるからすっかり忘れていた。

 あなた、それでもAランクパーティーと渡り合う強敵だものね。


 隣からのぞき込んだリーナさんが、小声で言う。


「いい工具、買えるね」

「ええ。思っていたものより、ずっといいのが買えそうです」

「……それだけ?」

「う~ん。……貯金かな?」

「わお、堅実。……お店、本当にやらないの?」


 貯金、堅実かあ。

 せっかくの二度目の人生なんだし、少しはっちゃけてみてもいいかな。


 毎日美味しいものを食べて、ちょっと贅沢な工具を買って。

 ……あれ? おかしい、まるで使い切れる気がしないぞ?


 私がそんなことを考えていると、リーナさんが私の肘をつついた。


「お店が嫌なら、工房はどう?」

「嫌だ! もっとブラックっぽい!!」

「ぶらっく? 一流の魔道具師は、好きなときに好きなものを作る」

「ほうほう。好きなときに好きなものを──」


 少しグラッと来た。

 私、魔道具作りは好きだからね……!


 効果ありと見たのか、リーナさんが勢いよく身を乗り出す。


「うん。私専属の工房──エリシアが欲しい素材を、毎日渡す」

「ごくり」

「三食昼寝付き。ピンと来るものが見つかるまでは、なにもしないでいい」

「そこまで……!」


 めちゃくちゃ譲歩されている!


 素材を眺めて、好きなものを作って、疲れたらお昼寝。

 完成したら、それを持って遊びに出かける。


(あれ。それ、私がやりたい生活そのものでは?)


「おい、リーナ。お前、自分が使いたいだけだろ」

「うん」


 ガルドさんに突っ込まれても、リーナさんはまったく動じなかった。


「エリシアが次に何を作るのか、見たい。できたら、私が一番に使ってみたい」


 そう言って、リーナさんはワクワクと私の日傘を見る。

 滝の上で「もう一回やって」と言っていたときと、同じ顔だった。


 ……そんなに気に入ってもらえると、悪い気はしない。

 というか、かなり嬉しい。


「じゃあ、決まり?」

「まだです! まだ、決めてませんからね!」


 慌てて言い返す。


「……ちなみに、どんな素材が手に入るんですか?」


 隣でガルドさんが吹き出した。

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