一緒に飛んでみます?
「……ともかく、助かった」
盾を持った男が、改めて私に向き直った。
ひしゃげた大盾を足元に置き、頭を下げる。
「あんたが来てくれなきゃ、俺たちは丸焼きだった。ありがとう」
「いえ。間に合ってよかったです。皆さん、お怪我は大丈夫ですか?」
「俺は平気だ。あいつも、もう立てるみたいだな」
男の視線を追うと、手当てを受けていた仲間が立ち上がるところだった。
回復役の女性に何か言われ、身体をひねったり、腕を持ち上げたりしている。
「もう大丈夫だ。まだ走れってのは勘弁してほしいがな」
こちらに気づいた男が、片手を上げた。
「あんたにも礼を言わねえとな。命拾いしたよ」
「よかった……」
みんな無事なら、何よりだ。
──それにしても、身を守るための魔法で、あんな大きな竜まで吹き飛ばせるなんて。
私は、手にした日傘を見下ろした。
(これ、思っていたよりずっとヤバい代物なのかも。使う場面は気をつけないと……)
「俺はガルド。このパーティーのリーダーだ。今は六人で組んでる」
「私はエリシアです。昨日、冒険者になったばかりで」
「「「……昨日、冒険者になった!?」」」
そろって声を上げた冒険者たちに、今度は私がびくっとした。
ガルドさんが私を見て、次に川の向こうで動かなくなった黒鎧竜を見た。
「はい。今日は初めて依頼を受けて、青露草を摘みに来たんです」
「待て。黒鎧竜を倒しに来たんじゃないのか?」
「はい……その、そっちは成り行きで。それより、白糸の滝が見たくて。たしか、ここから近いですよね?」
滝の音らしいものが、さっきから聞こえている。
せっかくここまで来たのだから、ちゃんと有名スポットの虹も見て帰りたい。
「すぐそこだが……まさか、本当に観光に来たのか?」
「はい。上から虹を見たら、どんなふうに見えるのかなと思って」
「上から?」
日傘に興味を示していた女性が、私の隣にやってきた。
金色の髪を緩く編んで片肩に流した、黒いローブ姿の女性だ。大きな緑の瞳が、私の持つ日傘に向いている。
「私、リーナ。さっき飛んでたのも、その日傘?」
「はい! そのために作ったんです」
「……自分で作ったの? 魔道具師?」
「待て待て待て待て。あれほどの魔法を使いながら、魔道具を作れるのか?」
リーナさんが、日傘から私に視線を移した。
ガルドさんまで身を乗り出してくる。なんだか、話すたびに驚かれている気がするね。
「皆さん大袈裟です。さっきのも、この魔道具の効果ですよ? 私はちょっと魔力を流しただけで──」
話し終える前に、リーナさんが日傘の縁から内側をのぞき込んできた。
白い縁飾りに沿った魔法陣を、指で追っている。私が少し日傘を傾けると、彼女の顔も同じほうに動いた。
「こら、リーナ。エリシアさんは滝を見に来たんだろ」
ガルドさんに言われて、リーナさんが顔を上げた。
「ごめん。もう少し見たかった」
「滝なら、俺たちが案内するよ。すぐそこに、よく見える岩場があるんだ」
ガルドさんが川上を指し、私を見た。
「俺たちも、そこで少し休んでいきたいしな。一緒にどうだ?」
「いいんですか? ぜひお願いします!」
足元に戻ってきたコハクを抱き上げると、ハクヨウ様も私の肩によじ登った。
コハクは川上に鼻先を向け、待ってましたとばかりに「きゅるっ」と鳴く。
お待たせ!
今度こそ、観光の時間です。
***
「このあたりには、よく来るんですか?」
川沿いの道を歩きながら尋ねると、リーナさんがうなずいた。
「依頼で何度か。滝は知ってたけど、空から見ようとは思わなかった」
「飛べるようになったら、行ってみたい場所が増えちゃって」
「うん。その日傘があれば、どこでも行けそう。普通に買おうとしたら、城が建つけど」
そんな大袈裟な──笑い飛ばそうとしたが、リーナさんは冗談を言っている様子ではなかった。
(たしかにゲームでも、そんな魔道具はなかったか。これ……とんでもないもの作っちゃった!?)
それから歩くこと数分。
「あそこ。見えた?」
リーナさんが指した先に、白糸の滝があった。
高い岩壁に沿って、幾筋もの白い水が流れ落ちている。
途中で岩に当たって広がり、また細い流れになって、青く澄んだ滝壺に注いでいた。
舞い上がる水しぶきの中に、虹が架かっている。
「うわあ……!」
思わず、足が速くなった。
「すごい。こんなに近くで見られるんですね!」
「ここ、涼しい。夏は用事がなくても来たくなる。モンスターも来るけど」
「うわあ」
リーナさんが、気持ちよさそうに顔を上げる。
ガルドさんたちも荷物を下ろし、それぞれ岩に腰を下ろしていた。
腕の中で、コハクも身じろぎをしていた。
水しぶきが当たって少し寒いらしい。
よしよし、と撫でてやると、満足そうに目を細めていた。
(それじゃあ……さっそく!)
「私、ちょっと飛んできます!」
「いいなあ。私も風の魔法は得意だけど、飛ぶのは無理」
日傘を持ち上げたところで、リーナさんの視線に気づいた。
(頑張れば二人、飛ばせるかな?)
「そうだ。一緒に飛んでみます?」
「乗りたい。連れてって」
「はい。私につかまってもらえれば」
「うん。腕でいい?」
私はコハクを水しぶきの届かない岩の上に下ろした。
ハクヨウ様も肩から降り、その隣に座る。
私は右手で日傘を持ち、空いた腕をリーナさんに差し出した。
リーナさんがその腕に両腕を絡めると、二人を包むように風を広げる。
「それじゃ、行きますよ」
「うん。お願い」
爪先が、岩から離れた。
ふわりと身体が持ち上がる。
「……浮いた」
「しっかりつかまっていてくださいね? 落ちたら助けられる保証はありません!」
「それ、先に言って」
リーナさんの腕に、少しだけ力が入った。
そのまま日傘を持ち上げ、一気に飛び上がる。
うん。随分と魔道具を使っての飛行にも慣れてきた。
あたりの木々が、あっという間に足の下に遠ざかっていく。
白い滝も、青く澄んだ滝壺も、一度に見渡せる高さだ。水しぶきの中に架かった虹を見下ろしながら、私は日傘を持つ手を軽く振る。
ひゅんと急加速。
(これ……思ってたよりずっと気持ちいい!)
「わっ、待って。速い」
「あ、ごめんなさい。つい……」
「……楽しい。もう一回やって」
リーナさんが、私の腕につかまったまま顔を上げた。
風で乱れた金色の髪が頬にかかっているけれど、気にもしていない。
「それなら、もう一周!」
私は日傘を傾け、滝の正面を大きく回った。
リーナさんも身を乗り出し、下に広がる景色をじっと見つめている。
──それにしても、あちこち眺めているだけで、全然飽きない。
今度は飲み物も持ってこよう。お菓子もセットだ。
空の上でお茶ができたら、最高では?
「――おーい! そろそろ戻ってこーい!」
どれぐらい飛んでいただろう。
下の方から声がした。
岩場ではガルドさんが、呆れたように両腕を振っている。
「呼んでる」
「聞こえちゃいましたねえ」
「……戻る?」
「仕方ないか」
リーナさんと顔を見合わせ、笑い合う。
私は日傘を傾け、みんなのいる岩場に向かってゆっくり下りていった。
***
帰りがけに青露草を依頼の分まで摘み、私たちは一緒に町に向かった。
リーナさんはまだ日傘の魔法陣が気になるらしく、歩きながらも次々に質問してくる。
「エリシア。町に着いたら、俺たちとギルドに寄ってくれ」
前を歩くガルドさんが振り返る。
「はい。青露草も届けたいですし」
「ああ。それと、黒鎧竜の討伐報酬だな」
「……討伐報酬?」
そうだった。
掲示板にも、討伐の依頼が出ていたっけ。
「……私も貰っちゃって良いんですか?」
「もちろんだ。倒したのはあんただろう。報酬もかなり出るぞ?」
前世のゲーム中では、モンスターの横取りはバッドマナーだったけど。
まあ生きるか死ぬかの戦いで、そんなことは言ってられないか。
──報酬もかなり出る。
これは期待しても良さそうだね。
「ふふ。なら奮ぱつして新しい工具を買っちゃおうかしら。ううん、贅沢はよくないか」
「工具だけ?」
リーナさんが、ガルドさんと顔を見合わせた。
「エリシア。お店、持ってみない?」




