助太刀しますよ!
「黒鎧竜、ですか」
──昨日も、掲示板で見た名前だ。
ゲームでは、大勢の仲間を集めて挑むレイドボスだった。
ベテランプレイヤーが挑むような終盤のボスで、硬い鱗に覆われていて、まともに攻撃してもなかなかダメージが通らない。
「Aランクの冒険者たちが討伐に向かっていますが、まだ報告はありません。滝に行くのは、討伐が済んでからにしたほうが……」
ううむ。それは残念。
せっかく空を飛べるようになったのだから、今日は上から虹を眺めてみたかったのだけれど。
採集の依頼を受けてギルドを出ると、私は肩の上のハクヨウ様に顔を向けた。
「滝は、また今度ですかねえ」
『我も共に行くのだぞ? それにお主の実力は、すでに黒鎧竜を上回っておる。案ずるな』
「私は少し魔道具作りが好きなだけの、ただの一般人ですよ? ……でも、ハクヨウ様が一緒ならたしかに!」
なにしろ、アルディア森林を守る神獣様である。
そのハクヨウ様が一緒なら、ずいぶん心強い。
「それじゃ、予定どおり行っちゃいましょうか!」
腕の中で、コハクが「きゅるっ」と鳴いた。
私は町を出ると日傘を開き、白糸の滝を目指して飛び立った。
***
滝につながる川を見つけて地面に下りると、岸辺には青露草が群生していた。
ほのかな輝き、青みがかった細長い葉──依頼にあった野草だ。
しゃがんで摘み始めた私の横で、コハクも草むらに鼻先を突っ込んでいる。
この調子なら、依頼の分もすぐに集まりそう。
帰りは何から買おうかしら。まずは工具のお店をのぞいて、それから──。
そんなことを考えていたその時。
川上から、何かが砕けるような音が響いた。
顔を上げると、木々の向こうに赤い炎が見える。
「誰か、戦ってる?」
私はコハクを抱き上げ、日傘を振り上げた。
ふわりと身体が浮き上がる。
そのまま川沿いを飛んでいくと、屋敷ほどもある黒い竜が目に入った。
(これが黒鎧竜……! 実物、大きすぎない!?)
岩を重ねたような鱗。
太い尾が河原を薙ぎ、跳ね飛ばされた石が木の幹に突き刺さる。
河原では、六人の冒険者が竜と戦っていた。
先頭の男が大盾を構え、後ろでは杖を持った女性が倒れた仲間に手をかざしていた。
「下がれ! 川沿いに退くぞ!」
「待って、まだこの人が動けない!」
黒鎧竜が、前足を振り降ろす。
振り下ろされた前足を受けた大盾が、嫌な音を立ててひしゃげる。
男は踏ん張り切れず、片膝をついた。
持ち上がった首。
その口の奥に、赤い光が見えた。
(まずい。あの予備モーション──次はブレスが来る!)
ダメージを受けたあの状態では、もう受けられないだろう。
私は慌てて高度を下げ、冒険者と黒鎧竜の間に降り立った。
ハクヨウ様が肩から飛び降りた。
私はその隣にコハクを下ろし、日傘を握り直す。
「助太刀します!」
風に乗って冒険者たちの前に降り立つと、盾を持った男が目を見開く。
「なっ……どこから!?」
「防御は任せてください! その間に立て直しを!」
私が竜の攻撃を防いで、みんなが回復。
そのあとは、一斉に反撃だ。
(こういうパーティープレイ、ちょっと憧れていたのよね!)
「馬鹿、逃げろ! そんな傘で──!」
黒鎧竜が、口を開いた。
真っ赤な炎が、私たちに迫ってくる。
私は日傘を正面に向け、持ち手に魔力を流した。
淡い青の布を透かして、魔法陣が光る。傘の前に広がった光の模様に沿って、風が渦を巻き始めた。
この日傘には、飛ぶためだけでなく、身を守るための魔法式も組み込んである。
みんなをまとめて守れるように、風の壁を少し大きめに広げて──。
炎が、風の壁にぶつかった。
熱い、と身構える間もなかった。
炎がまとめて押し返され、黒鎧竜の顔を包み込む。
「……え?」
それだけでは、止まらなかった。
風の障壁が、そのまま凄まじい竜巻と化して黒鎧竜に襲いかかったのだ。
黒鎧竜の爪が、河原の石を削っていく。
巨体がずるずると後ろに押され、とうとう四本の足が地面から離れた。
──そして黒鎧竜が、飛んだ。
川を越え、向こうの岩壁に激突する。
耳をふさぎたくなるような音とともに岩が砕け、土煙が一気に噴き上がった。
巨大な地響き。
私は日傘を握ったまま、動けなくなった。
「え~……」
「「「…………」」」
誰も、何も言わない。
川の流れる音が、やけにはっきりと聞こえた。
(は? 今の、私!?)
私は日傘の内側を見上げた。
白い縁飾りに沿った魔法陣は、何事もなかったように淡く輝いている。
(いやいやいやいや、私、ただ防御しただけなんですけど!?)
──そういえば昨日、ハクヨウ様は何と言っていたっけ。
竜とて一撃で、って。まさか、本当に?
「……倒した、のか?」
後ろから聞こえた声に、私は振り返った。
盾を持った男が、口を開けたまま私を見ていた。
「俺たちAランク六人がかりで、歯が立たなかった相手だぞ……」
「ねえねえ。今の、どんな攻撃魔法なの? その日傘、固有の魔道具?」
「国宝級の魔道具じゃないか!?」
「いえ、防御魔法です。その……攻撃は皆さんにお願いするつもりで」
男が、ひしゃげた大盾から私の日傘に目を移した。
「……防御魔法、だと?」
あっ。今、余計なことを言った気がする。
ゲームなら上級プレイヤーにあたるAランク冒険者たちが、私の日傘をまじまじと見つめている。
そして視線が、子狐にも向いた。
「あんた、いったい何者なんだ……?」
これ……ものすご~く、面倒なことになりそうなんですけど!
私はひとまず、にこっと笑ってみた。
「え~っと……黒鎧竜さん、ちょっと調子悪かったみたいですね?」
「「「いやいやいやいや!?」」」




