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夜会潜入大作戦

 カタリナ様のおかげで、私とターニャは無事に給仕として、晩餐会の場にいる。カタリナ様の好意を無にするわけには行かない。注意深く周囲の出席者を見渡す。幸いにも過去の自分を知る顔は無いようだ。

 カタリナ様の登場で、ホールの雰囲気も高揚しつつある。きらびやかなドレスを着た令嬢が行き交う中、給仕としてただ立っているのもそろそろ怪しまれるかと思った頃、ホールの入口から再びどよめくような声が聞こえた。人波が左右に割れ、背の高い人物がホールの光の中に姿を現す。長い黒髪と深い針葉樹林を思わせるような緑色の礼服。

――アレクセイ・フォン・オルロフ侯爵だ。

 このファベル王国の中でも、ひときわ巨大で豊かな領地を有する若き当主。王国でも指折りの権力と財力を有しながらも、特定の派閥に属さず、他の貴族との婚姻関係も結んでこなかった、「孤高」の名門。そんな彼の久しぶりの社交への参加は、社交界の誰もが注目しているという。

 彼は集まる視線を優雅に受け流し、その涼やかな眼でホールを見渡す。

 待ってましたとばかりに、次から次へと貴族たちが侯爵へ熱烈な挨拶を浴びせかけていく。大物貴族たちは、ここぞとばかりに美しく着飾った己の娘たちを、熱心に紹介している。 この完璧侯爵と少しでも繋がりを作ろうと、誰もが必死で、眼差しにはギラギラとした欲望が透けていた。そうこうするうちに、広いホールの真ん中で、オルロフ侯爵を先頭にした長い長い「令嬢たちの列」が出来上がってしまった。私とターニャは壁際でその異様な光景をあっけにとられて眺めていた。

「すごいねぇ……本当に令嬢たちが列をなしてるよ。こんなの始めてみた」

 ターニャは感心したように言う。

「これじゃ近づいて話しかけるだけでも一苦労ね……なりふり構わず抜け駆けしようとした昨日の令嬢の気持ちが、ちょっとだけ分かるわね」

「そういえば彼女、今日この夜会に参加してる?」

「ううん、今のところ見てないわね。さすがに昨日の私の脅しが効いたみたい。今頃、胸元のガラス玉を抱えて震えてるんじゃないかしら」

 私の意地悪い発言に「ふふっ」とターニャが小さな笑いを漏らす。

「よっしゃ、作戦決行! ミリミリ、侯爵の後ろあたりで飲み物を配りながら、こっそり話を盗み聞こう!」

「ちょっと! 人聞きが悪いわよ! ……あと、お願いだからここでその名前で呼ばないで!」

 「ミリヤ」も「ミリヤッド」も珍しい名前だ。数年前に没落したとはいえ、ミリヤッド伯爵家のことを覚えている人間は、この格式高い晩餐会ならそれなりにいるはずだ。気づく人がいないとは言い切れない

「あー、そっか……。じゃあ、なんて呼ぼう?」

私はちょっと考えて「アメリ」という。

「『アメリ』?なにそれ? どこから出てきたの?」

「アメジストから取っただけ。じゃあ行くね」

「あ、ちょっとミリミリ!じゃなくて『アメリ』! 私の呼び名はどうするの!?」

「ターニャは世の中にたくさんいるから、ターニャはターニャでいいのよ!」

「ちょっと雑じゃない?!」

 ターニャの小声の抗議を背中で振り切って、私はバックヤードへと向かった。白いヘッドドレスを触りながら、呼吸を整えてから、グラスがならんだ銅のトレイを両手で持ち上げる。これで私はどこにでもいる「下働きの給仕」だ。よし、と心の中で呟いて、社交の歓談が音楽のように流れるホールへと足を踏み入れる。

 オルロフ侯爵の大きな背中を目当てに、人ごみをすり抜け、緑色のベルベットジャケットの襟元を飾る銀糸の刺繍が見える距離まで近づく。ここまで近づくと彼の背の高さがよくわかる。ふと静謐な森を思わせる清涼な香りがが私の鼻腔をくすぐり、不思議な安らぎを覚える。

(……なんだかこうして見ると閣下は大きな木みたいね……さて、巨木の閣下は表舞台ではどんな風に女性とお喋りしているのかしら)

 トレイを両手に持って飲み物を配りつつ、息を潜めて聞き耳を立てた。

「オルロフ侯爵閣下、今宵はお目にかかれて大変光栄に存じますわ。是非、お近づきになりたく……」

 見事なドレスを纏った令嬢が、カテーシーで挨拶をする。

「ありがとうございます。私もお話しする機会をいただき嬉しく思います」

 オルロフ侯爵の返答はとても手慣れたものだった。

(……すっごい普通……もうちょっと冷たいとか嫌そうな顔をするとかあるのかと思ったけど)

 私は、しばらく給仕をしながら、様々な令嬢が挨拶をしていくのを聞いていた。彼の対応はどれも、礼儀正しく、ユーモアをまじえ、そつないものだった。相談の時の暗さや切実さと結びつかないほど普通。あえていえば普通すぎるところに違和感があった。

 その時、周囲から甲高い声が上がった。

「あなた! 侯爵様への挨拶に割り込みをするなんて、あまりにもひどいじゃない!?」

 ピンクのドレスを纏った令嬢が、先程までオルロフ侯爵と和やかに挨拶を交わしていた白いドレスの令嬢に向けて、抗議を始めたのだ。

「割り込みだなんて、なんてことおっしゃるの!?私はただ、閣下にご挨拶する機会があったからお声がけしただけですわ!」

「それが図々しいのよ! 私の前に入り込んできたじゃないの!」

 瞬く間に、周囲を巻き込んで見苦しい言い争いを始める二人。私は、給仕をするふりをしながら、侯爵がどうするか見守っていた。後ろからなので表情が見えないが、緑の肩が力なく下がったように見えた。今の彼の表情を見てみたい。そう思って、大きく回りを回っていこうとしたその時、緊迫した混乱を凛とした声が鮮やかに鎮めた。

「ご令嬢の皆様。せっかくの楽しいひと時が、このような諍いで色褪せてしまっては勿体ない。何より、侯爵がお困りだ。このカタリナに免じて、ここは収めていただけないだろうか?」

 黒いドレスのカタリナ様が、二人の令嬢の間に優雅に割って入った。


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