晩餐会に乗り込む方法は
嵐のような無礼で傲慢な来訪者――タチアナ・ブレー伯爵令嬢が去り、占い部屋がようやくいつもの静けさを取り戻す。大窓の向こうにはあざやかな夕焼けが広がっていた。張り詰めていた空気を払うように、パチパチパチと小気味良い音が部屋に響く。
「ミリミリ〜〜! キレッキレでめちゃくちゃかっこよかった〜!!」
息を呑んで戦況を見守っていたターニャが、興奮を隠しきれない様子で、両手で拍手しながらその場で小さくジャンプした。丸眼鏡の奥の瞳が輝いている。
「ありがとう。ターニャ」
私は溜め込んでいた息を吐き出して、ようやく肩の力を抜いた。親友に向けてにっこりと笑ってみせてから、愛用の椅子にゆっくりと、深く座り直す。どっと疲労感が押し寄せてきた。
「それにしても、世の中にはすごい人がいるもんだねぇ……あの根拠ない自信は一体どこから湧いてくるんだか」
ターニャは呆れたように大きな息を吐き、タチアナに乱暴に蹴飛ばされた依頼人用の椅子の位置を直しながら首を振る。
「あの人さ、『わざわざ頭を下げてやろうと思った私が間違っていた』って捨て台詞を吐いていったけど、ここにいる間、一度も頭下げてないよね?」
「ふふっ。そうね。最初から最後まで、ずっとふんぞり返ってたものね」
ターニャの冷静なツッコミがおかしくて、思わず笑ってしまう。緩んだ体に任せて椅子に背もたれに深く体を預け、私はぼんやりと天井を見つめた。
「……なんだか、あのオルロフ侯爵が伴侶探しに苦労されてる理由が、少しだけ分かる気がするわ……」
「そうねぇ。あんなのばっかりだとは思わないけど……苦労はされてそうね…でも良かったの?あの伯爵令嬢のこと、とりあえず占って代金だけでも貰えばよかったんじゃない?」
「あんなの願い下げよ。宝石が腐るわ。だいたいあの手のは、占ってもゴネて代金払わないわよ。多分。金回りに困ってるんだったら、余計に。それに……」
自分がタチアナをオルロフ侯爵に紹介しているところを想像したら、背すじがゾッとした。神経に触るほど嫌な想像だ。
「でも、今ので気づいたこともあるから、少しは感謝しないとね」
「そう?なにか思いついたの?」
「今の夏の社交シーズンは、お相手探しには一番のタイミングだってことよ。侯爵はあと1ヶ月くらいは王都に滞在するらしいから、その間に最高のお相手を見つけるチャンスがある!うまくいけば、私の占い師としての評判は揺るぎないものになるわ」
グッと拳を握って、決意を新たにする。
「おぉ〜〜」
ターニャが調子を合わせて、再びパチパチと軽く拍手する。
「で、どうやってお相手を探すの?」
と、ターニャの冷静なツッコミ。
「それよね〜〜」
「そこはズバッと占いじゃないの?」
「そうなんだけど……」
すでに三回占ったが、出てくる結果は「鍵はこの場にある」という曖昧なものだけ。これ以上は占いを試すことは出来ない。 えぇと、こういう手詰まりの時はどうするんだったっけ……私は人差し指を額に当てて目を瞑り、師匠の教えを頭に浮かべた。
『占いが手詰まりの時は、相談に来た人のことを深く見ることさね。一度会えば、多くのことがわかるさ。二度会えばもっと深くわかる。そうやって、その人のことを知るうちに占いにも新たな道がでるさね』
ありがとう師匠。そのとおりだと思う。今ならその意味がよく分かる。
「まず、オルロフ侯爵の人となりを知りたいかな。誰かに人づてで聞くんじゃなくて自分で確認したい」
「大物貴族だからプライベートで接触するのは難しいかもねぇ。もう一回ここにきてもらうとか?」
「そうじゃなくて、普段の生活とか知りたいのよね。社交界での振る舞いとか」
ふたりきりの占いの場では、個人の深いところを聞くことはできるが、逆に普段の様子がわからない。周囲の人への振る舞い、その反応。それを見てみたい。
「社交界ねぇ……そうだ!それこそ、明日の夜会にこっそり入って見てみたら?」
「さっきのブレー令嬢が言ってたベスタス公爵家の晩餐会?」
「そう!侯爵が参加するって言ってなかったっけ?」
そう言えば、そこで侯爵に運命の人として引き合わせろとブレー令嬢に言われたのだった。
「確かに……ベスタス公爵家のカタリナ様はウチの上客だから話をつけるくらいはできるかもしれないわね……でも、どうやって参加しようかしら?」
二人で腕を組んで考える。
「堂々と占い師として招待してもらうのは……やっぱり無理か……」
「そりゃぁねぇ……。昨日の今日で、公爵家の晩餐会に占い師として出席したら、何しに来た?って侯爵から怪しまれちゃう」
だよねーと言って、ターニャは次の案を出す。
「それはそうだね〜〜じゃあ、ミリミリがミリヤッド伯爵令嬢として参加……は、もっと無理か……」
「……それは本当に勘弁して。もう家がないんだから。没落した身で出向くなんて、惨めすぎる」
私が舌を出して、本気で嫌そうな顔をすると、ターニャは悪戯っぽく丸眼鏡を光らせた。
「じゃあさ、裏方!給仕として裏方から潜り込むのは?」
「給仕……?」
「そう! お酒や料理を運ぶ下働き。貴族の皆様ってさ、使用人のことなんてただの背景だと思ってるから、会話を盗み聞きしてても全然気にかけないと思うんだよね」
「……いいかも。侯爵の普段の行動を観察できそうね」
「あ、でも晩餐会だと昔のミリミリを知ってる人いたりするかな?」
「うーん。それは大丈夫だと思う。5年は前の話だし、私は社交の場にはほとんど出てなかったし。もし給仕ですって立場を崩さなければ大丈夫だと思う」
「決まりね! で、どうやって潜り込もっか? 明日早々に、カタリナさんにお願いしてみる?」
「うーん……明日しか無いよね…かなりの無茶振りだけど……それが一番成功率が高そうね……」
というわけで、私とターニャの夜会潜入作戦が始まった。




