元令嬢占い師は占わない
「あんたなんか占うまでもないわ。占わなくても、全部当ててあげる」
「は、はぁ……!?」
私はタチアナを指差して睨みつける。ここまで馬鹿にされたら止められない。できるだけ低い声で、抑揚を落として、真理を告げるように言葉を紡ぐ。権力のある貴族が、立場を自覚したうえで、人の未来を確定するかのように弱者に一方的に告げる、あの冷酷な口調。
「ブレー家が火の車なのはわかりますが……ご友人を裏切ると、ひどい目にあいますよ?」
タチアナ・ブレー令嬢は息を呑み、青い瞳をこれ以上ないほど丸く見開いた。
「な……何をおっしゃっているのかしら、あなた!?」
高慢で鉄壁な態度にヒビが入る。先程までの高飛車な声に震えが入っていた。私は彼女の動揺を見逃さず、冷徹に鉄槌を叩き込む。
「まず、貴女の胸元のそのブローチ。大粒のサファイアのように見せてるけど、偽物でしょう?カットの反射がだいぶ鈍い。よくできたガラスのイミテーションですね?その割には、台座の彫金は、一流の仕事。これほどの出来の台座に、最初から偽物のガラスを合わせることなんてありえない。つまり、後から中身の『石だけ』を本物と交換して売り払ったのでしょう? そのサイズなら、屋敷一軒にも匹敵するほどの値で売れる。ブレー家がそこまで困窮しているとは私も存じ上げませんでしたが、資金繰りに苦労されているようですね?台座を残しているということは、一時的な問題で、いずれ金を工面して本物を買い戻すつもりなのかしらね?」
「なっ、あなた、無礼な――!」
「次に、その服装と汚れたヒール。占い師の館に突然乗り込んでくるにしては気合が入っているけれど、かと言って、夜の公式な夜会に出るには不十分。昼下がりに開かれていた令嬢同士の格式高いお茶会のための衣装でしょう?その上品なヒール、ずいぶんと土汚れがついてらっしゃいますのね?伯爵令嬢ともあろうかたが、下町の泥を嫌がりもせずここまで歩いてこられたのですから、よほどお急ぎだったのでしょうね?」
私の指摘にビクリとして、令嬢は足をヒールごと椅子の下に引いて隠そうとする。
「そのお上品なヒールで歩いてこられたということは、お茶会の会場はここからそう遠くはない場所。例えばレラ・サヴァン侯爵令嬢の邸宅あたりかしら?貴女はそこで、オルロフ侯爵がこの館に来たという噂を聞いた。サヴァン令嬢がオルロフ侯爵に心酔されていているのは有名な話ですものね。彼女の使用人が近所で侯爵を見かけて、注進したとしても不思議ではない。耳が早いなんておっしゃってたけど、実のところ、貴女はご友人に先を越されまいと、お茶会が終わったその足で、周囲の目を盗んでここまで直行してきただけのこと――本当に、お疲れ様ですこと」
タチアナの顔から血の気が引いているのが見て取れる。私はさらに机に身を乗り出し、彼女のドレスの裾を一瞥した。
「その衣装、素晴らしい仕立てですね。ブレー伯爵領の名産である上質な機織りの職人の皆様は、今も変わらず良い仕事をされているようですね。領地の商売が健全であるにもかかわらず、家が困窮している、そしてそれが周囲に知られてないとすると、原因は本業以外……例えば、貴女自身の度重なる放蕩、あるいは大きな不始末の穴埋めかなにかしかしら?」
「っ……!!」
私は胸を張って、守勢に回ったタチアナを見下す。
「私が見るところ、貴女の不始末のせいでブレー家の家計が破綻しかけ、その穴を急いで埋めるために家宝のサファイアを手放した。そして、その失態を帳消しにする手段として、財政豊かなオルロフ侯爵家との婚姻を狙って、街の占い師を利用しようと押しかけてきた。でも残念。街の占い師と言えど、そんな欲まみれの浅知恵に付き合うなんて冗談じゃないわ!」
一気に啖呵を切られたタチアナは、ガタガタと震え、顔を真っ赤に染めて激昂した。
「し、し、失礼ね……ッ!! 知ってるわよ!ミリヤ・ミリヤッド!あ、あなた、元々、ミリヤッド伯爵家の令嬢だったんでしょう?家が没落して、卑しい占い師に身をやつしている!あなたが私にそんなことを言えた立場なの?!」
――没落。自分の心に影を落とし続けるその言葉。だが、もう自分はその過去は乗り越えてきた。今の私には積み重ねてきた日々がある。
「私は家が没落したことも家名も恥じてはいません。だから今もミリヤッドの家名を名乗っている。そして、自分で積み上げてきた占い師としての生き方もまた誇りに思っています」
胸に手を当てて堂々と宣言し、卑しいのはどちらかと暗に迫る。
「うるさいわね!この日陰者の占い師風情が!私を誰だと思っているの?!」
タチアナはヒステリックに叫ぶが、目はすでに怯えている。勝負はすでに決着したも同然だ。私は、くすりと妖しく微笑み、優雅にトドメを宣告する。
「日陰者の占い師だからできることもあるでしょう?もしよろしければ、明晩の晩餐会で、貴族の皆様やオルロフ侯爵閣下の眼前で 『今宵の夜会には、閣下の地位と財産を狙う、浅ましい、胸元に青いガラス玉を飾った令嬢がいるようですので、どうぞお気をつけください』と……」
タチアナは歯を食いしばって、立ち上がり、椅子を蹴飛ばして捨て台詞を放つ。
「くっ……! ふん、下賤な占い師にわざわざ頭を下げてやろうと思った私が間違っていたわ! 今日の無礼な戯言、すべて忘れなさい。二度と私の前にその薄汚い顔を見せないことね。では、ごきげんよう!」
そして、高いヒールを激しく床に打ち鳴らしながら、逃げ出すように占いの館を飛び出していった。 分厚い扉が乱暴に閉められ、館は静けさを取り戻した。




