無礼令嬢の傲慢な要求
夕日が差し込む穏やかな占い部屋に突然現れた闖入者、青いドレスのタチアナ・ブレー伯爵令嬢は「オルロフ侯爵と引き合わせろ」と無茶な要求を突きつけた。私はターニャに、目配せで(侯爵のこと何か話した?)と聞き、ターニャは慌てて手を振り(ないないない!なんにもない!)と返す。それはそうだろう。二人とも、侯爵の占いの後、この館から一歩も出てないのだ誰かに何かを言う可能性はない。
「あぁいつまで立たせるつもりかしら?不躾な店ね。こちらに座らせていただくわね」
タチアナ・ブレー伯爵令嬢は高いヒールを響かせて、ずかずかと占いのテーブルに近づき、依頼人の座る椅子を引いて、さも当然であるかのように座った。胸の大きな青いブローチが大窓から差し込む夕日に光る。
「困ります!今日はもう営業終了です!」
ターニャがなおも食い下がるが、タチアナは一瞥もしない。
「うるさいわね。町民の占い師の分際で。お代なら払うわよ。それなら文句はないでしょう?」
扇子を開いて、苛立ったように扇ぐ。ターニャが私に(どうしよう?)と目配せしてくる。私も即座に追い出したいところだが、この手合の特権意識の塊のような貴族は、やすやすと出て行きはしないだろう。不本意だが、話を聞くしか無い。
「わかりました。ブレー伯爵令嬢。それで、一体どのようなご用件でしょうか?」
私はできるだけ平静を装って営業用のトーンで対応する。
「言ったでしょう? 聞いていなかったのかしら。オルロフ侯爵と私を引き合わせなさい、と言っているのよ」
タチアナは扇子をゆっくりあおぎながら、当然の権利であるかのように言い放つ。
「恐れ入りますが、当館にどなたが依頼に来られたかは教えすることはできません」
「しらばっくれても無駄よ。ここにオルロフ侯爵が今日、お忍びでやってきたことは調べがついていますの。これでも私は耳が早い方ですのよ?」
クスクスと意地悪げに笑うタチアナに、私は内心でため息をついた。
「しかし、引き合わせると言われましても、私は一介の占い師ですから……」
「あぁ、もう! これだから町民の占い師は察しが悪いわね!」
タチアナは苛立ちながら扇子をたたみ、その先で机をトントンと叩いた。
「オルロフ侯爵はね、このファベル王国一の有力な家の当主でありながら、未だに独身でいらっしゃるの。つまり、我がブレー家との婚姻のチャンスが残されているってことよ。家格も申し分なく釣り合うし、私のこの美貌なら、彼ともお似合いでしょう?」
「はぁ……」
あまりの自信過剰っぷりに、私はどこから突っ込めば良いのやらと目眩がしてくる。オルロフ侯爵の高貴な美しさが汚されたような気までした。
「オルロフ侯爵がこの王都に、夏の社交シーズンに合わせて来られるのは3年ぶり。結婚相手を探しにわざわざ来られたのではと、社交界でももっぱらの噂なのよ。狙っている女性が多いから、変な悪い虫が付く前に、私が一番のお近づきになっておかないとね」
(――貴女が、その悪い虫ですね)
喉元まで出かかった言葉を、私はグッと胃の奥へ飲み込んだ。これこそ占い師として培った最も重要なスキルだ。
「しかし、それで占い師の私に何をしろと……」
「あぁ、もう! どこまで察しが悪いのかしらね!?」
タチアナは再び大きく扇子を開くと、バサリと品悪くあおいだ。
「あなたがオルロフ侯爵と繋がりがある占い師だって言うなら、私を彼の『運命の相手』だって吹き込むことくらいできるでしょう? そうだわ、閣下は明晩、ベスタス公爵家の晩餐会に出席されるそうだから、その場であなたが占い師として進言してくれても良くってよ!」
皮肉なことに、彼女の傲慢な要求はアレクセイから持ちかけられた「伴侶探し」という依頼と一致している。けれど、この下品で強欲な女性をオルロフ侯爵に紹介するなど、私の占い師としてのプライドが許さない。いや、占い師以前に、私の人としての心が「絶対に嫌だ」と大絶叫している。
「それは……占ってもいないことを、そのように事実であるかのように騙ることはできませんわ」
私はあくまで冷静に断るが、タチアナは少しも怯まなかった。
「じゃあ、占いなさい!どうせ私が彼の運命の人と出るに決まってるんだから!」
「では、貴女がオルロフ侯爵の運命の人であるか?を占えばいいのですね?」
顔が引きつりそうなのを我慢して、宝石袋に手を伸ばす。後でうちの出禁リストのトップに書いておいてやる。
「そうよ。でも、本当はそんな安っぽい『占い』なんて、必要ないんじゃないかしら?」
タチアナは小馬鹿にしたように扇子を振った。
「どうせ宝石を転がして適当なことを言うだけでしょう。気楽な商売よね。でも良いわ。さぁ、好きなだけ占いなさい」
――プチン。自分の理性の糸が切れるのがわかった。
「やめた……」
私が吐き出す低いつぶやきに、タチアナがわずかに眉を動かした。
「は? 何ておっしゃったのかしら、あなた」
「あんたなんか、占わないって言ってんのよ」
私は紫のフードを跳ね除け、冷え切った声と言葉を叩きつけた。
「なっ……失礼ね! 町民の分際で私に向かって!」
タチアナが椅子を蹴るように立ち上がろうとするが、それより先に、私は占い盤に両手をついて、立ち上がり、彼女を射すくめた。
「あんたなんか占うまでもないわ。占わなくても、全部当ててあげる」
「は、はぁ……!?」
私は眼の前の無礼な令嬢を指差す。不躾な振る舞いなのは分かっているが、こうなったらもう止められない。傍らでターニャがハラハラしながら成り行きを見守っている。大丈夫。すぐに終わらせるから。




