占いを信じるまでもなく
ターニャと裁判所の玄関まで向かう。外が近づいて、段々と空気がひんやりとしてくる。裁判所の入り口の向こうに見慣れた黒い馬車が見えた。その黒い馬車は侯爵と同様に、雪と泥にまみれていた。今日はオルロフ家のバナーが掲げられている。思えば、いつもお忍びだったので、バナーが掲げられているのを見るのは初めてだ。
黒い馬車の扉をギィと開いてでてきたのは、赤い女性だった。そう、文字通りに赤い魔女のような姿。眩しいほどの赤いローブ、大きな赤い帽子。その赤い衣装の隙間から白い髪が覗く。三十歳と言われても通りそうな美貌だが、その倍以上の年齢であることを私は知っている。彼女の真っ赤な唇が、懐かしむような言葉を口にする。
「ミリヤ、大変だったのう」
「し……師匠〜〜」
ナスターシャ・ズメイ。この国随一の占い師にして、私の占いの師匠。
全ての謎が解けた、師匠なら、私を紹介することももちろん、一週間前にオルロフ侯爵に危機を伝えることもできるだろう。感情が一気にあふれ、師匠の赤いローブに抱きついて泣いてしまう。
「まったくしょうがないねぇ。あんたも一人前の占い師だろうに」
そういう師匠の目は、いつになく優しかった。
「うう~~でも~~」
今までのつらかったことがよぎって涙が止まらなかった。
「こんなところで泣きはらしてちゃ、人様に迷惑だ。あんたの館へ行こうか」
「あっ。はい。でも御者の方は?」
いつもはレオと言われる御者がいたが、今はその姿が見えない。
「御者はいないよ。侯爵が自分で馬車を操ってきたんだ」
「えぇ?!」
侯爵自身が馬車を駆るなんて聞いたこともない。
まして、冬道の移動は経験豊富な御者でも嫌がるものだ。
「帰国直後で、一番早く王都に来ることができる方法がそれだったんだ。まったくアレクセイの坊やも無茶をするね」と師匠はため息をついた。
二週間かかる道を一週間の強行軍。侯爵自身が馬車を駆って、ベルタからここまで駆けつけたのだ。その決死の行動に胸が熱くなる。
「それであんなにボロボロだったんですね……あれ?でも今はどうすれば?」
「年寄りをなめるんじゃないよ馬車くらい私が動かせるさ。さぁ乗った乗った」
師匠に追い立てられるようにして、私とターニャは馬車に乗り込み、占いの館を目指した。
一日ぶりだと言うのに、自分の職場がひどく懐かしいように感じた。蹴破られた玄関はターニャによって板を打ち付けられ、応急処置がされている。ターニャは泣きつかれたのか、館につくなり、受付のソファーで横になって寝てしまった。
私は師匠を自分の占い部屋に案内する。
大窓の向こうにはうっすらとした雪景色と澄んだ空が優しく広がっていた。
「ほほう。いい部屋だ。来る人も落ち着くだろうよ」と師匠はオルロフ侯爵が最初に来た時と似た感想を口にした。そう思うと、彼は本当に私のことをよく見てくれているのだと思う。この部屋を初見で褒めたのは彼と師匠だけだ。
私は裁判所で返却してもらった宝石袋を開け、盤の上に広げた。いつも使ってる石たちがすべて揃っていることを確認して、安堵のため息を漏らす。
「師匠。一つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「オルロフ侯に私を推薦したのも、今回の事件の警告をしたのも師匠だったんですよね?
最初からこうなるのが全部わかってたんですか?」
師匠は「最初からねぇ……」と言いながら、荷物を部屋の隅に置いて振り向いた。
「そんなことわかるわけないさ。占いってのはそういうもんじゃない。知ってるだろう?」
師匠は「椅子を借りるよ」と一言断ってから、椅子を引いてどかりと座り、言葉を続ける。
「最初の時は、アレクセイの坊やがあんまりにも悩んでいるから、ミリヤならなんとかするだろうと思って紹介しただけさ」
「それだけ?」
あまりにも適当な理由で拍子抜けした。
「それだけさ。私は隠居の身だよ。人の人生をこれ以上背負い込むつもりはないさ」
「呆れた。師匠のことだからもっとすごい読みでもあるのかと思った」
そう言いながら私は自分の椅子に座る。
二人の間のテーブルには宝石詠みの商売道具、占い盤と石が置かれている。
「そんなもんさ。ただ、二度目は占いの結果だった。虫の知らせが働いて、占ってみたらお前に危険が迫っていると出た。可愛い弟子のためだ。アレクセイの坊やが帰城した早々に知らせに行った」
「そうだったんだ……ありがとうございます。師匠」
深々と頭を下げる。
「それにしてもとんだ事になったな。お前がアレクセイの坊やと結婚するとは、未来なんてわからんもんだな」
師匠は白い髪を手ですきながら感慨深そうに言う。国一番の占い師がそういうのだからおかしくて笑ってしまう。
「ふふっ。そうですね」
「ところでお前の占いはどうだったんだい?」
「うーん。うまく行ったような、行かないような……今から思えば占い通りだったのだけど……」
「どんな結果だったんだい?」
「……実は……最初に占った時、アレクサンドライトとアメジストがぴったり中央に配されて、
『オルロフ侯爵の伴侶は眼の前にいる』と読んだのだけど……」
自分で言っていて、恥ずかしくて、うつむいてしまう。
「でも、さすがにそれはないと思って『眼の前の人物が運命を握る』と読み替えて、色々やったのだけど、結果からすると、最初の詠みが正しかったわけで……でも、『協力者』の読みだってそう外したものでもなかったかも……」
この読み替えには自分でもスッキリしないでいた。私が訝しむ顔を見ながら、師匠はさもおかしそうにニヤリと笑った。
「ふむ……悪い読みとは思わんがね……お前は大事な読み落としをしているよ」
「読み落とし?」
「おお?やはり気づいていないのかい?」
「お言葉ですけど、二つの読みは、どっちも結果としては当たっていません?」
私は口をとがらせて反論するが、師匠はそれに取り合わず、腰を浮かしてテーブルに散らばった宝石たちを見る。
「この石たちは私がお前にあげたものだろう?」
「えぇ、もちろん」
師匠は、私が独り立ちするときに商売道具一式を譲ってくれた。
宝石詠みにはお金がかかるので、ありがたいことだった。
師匠は、色とりどりの宝石たちの中から、紫のアメジストを指さして言った。
「でも……この中で……このアメジストだけは例外だ。この石はお前が家から持ち出した宝石だろう?お前が長く身に着けている石じゃないのかい?」
「そうですけど……??」
と言って、自分でアッと気づいた。
「ミリヤ、それは深心詠みの作法だよ」
深心詠み――長く身に着けた宝石を用いることで、その人の心の奥底を――本人も知らない心の奥底を暴いてしまうという秘術。確かにあの時、私は自分が最も長く身に着けていたアメジストを使って占ってしまった。
――つまり……私は会って間もないオルロフ侯爵に知らず知らずのうちに、心惹かれていた……それが 深心詠みの力で曝け出されてしまった……そのことに気づいて、ありえないほど顔が熱くなる。恥ずかしすぎて、占い盤に顔を突っ伏してしまった。
一体いつ惹かれたのだろう?最初にあの緑の瞳を見た時?それとも部屋の大窓を褒められた時?
「占いを信じる信じないの話じゃないさね。ミリヤ。あんたが自分の気持ちを信じるか信じないかの話さね」
突っ伏した私に師匠が言葉の槍を刺してくる。
「まだまだ未熟じゃのう」
私は起き上がって笑って言った。
「良いんです。未熟だったおかげで素敵なものが手に入りましたから」
その時の私の笑顔は緩みきったものに違いない。




