二人の援軍
被告席で考え込んでいる私を裁判官がせかす。
「被告人――申し開きなき場合は――」
私は自分の頭に浮かんだ仮説を証明するために裁判官に願い出る。
「裁判官!提出物を私にも確認させていただけませんか?」
「それは構わぬが……」
裁判官はしぶしぶそう答えるが、その間にもイヴァンの方をチラチラ見る。
イヴァンはその視線を気にせず、足を組んだまま煙管をくゆらせている。
裁判官から偽の招待状を受け取り中身を見る。彼に似せた筆跡、右下にはオルロフ家紋章、鷹の爪の透かしがある。手慣れた偽造だ。しかし本物との差異は確かにある。
次に台に載せられた自分の資産を見る。真っ先に宝石袋の中を確認し、石がすべて揃っていることを確認する。次に紙幣。この国の紙幣は統一されたものではない。領によって異なる。その額面も。ふと、オルロフ侯爵から受け取った200万レザの束が無いことに気づく。あれは最高額紙幣だった。よく見ると、山と積まれた札束に高額紙幣が少ないことに気づいた。……石はそろい、高額紙幣が抜かれている……これで大筋は見えた。
ふと傍聴席を見ると、後ろの席に、見慣れた丸眼鏡の女性が立っていた。ターニャだ。彼女は眼鏡のつるに指を二本、開くように当てて、私にだけわかるように合図をしている。目を合わせて軽くうなずくと、ターニャもうなずいて返した。全てが整ったというサイン。
「裁判官殿……一点お伺いします。仮にこの脅迫の嫌疑が全てでっち上げだと私が主張したとします。実際問題として、嫌疑があっても脅迫の事実が分からないうちに判決を下すことはできないはずです。その場合、この裁判はどのような手続きを踏みますか?」
「……オルロフ侯爵に真偽を糺す他、ないでしょうな……」
「それにはどれくらいかかりますか?」
「そうですな……すでに雪も積もり、移動は難しい時期ですから……雪解けを待ってということになるでしょうかな」
「それまで、この資産と私の身柄はどうなりますか?」
「真偽はどうあれ、国の重鎮の方への嫌疑ですから……残念ですがあなたの身柄は拘束させていただき、財産は凍結をせざるを得ないでしょうな……」
財産凍結――その言葉を聞いて、完全に読めた。
イヴァンにとって、事の真偽は関係ない。
すべてを有耶無耶にして時間を稼ぎたいだけなのだ。
紫のフードを払って、裁判官にさらなる申し出をする。
「裁判官、証言者を呼んでも構いませんでしょうか?」
「証言者? そんな者がいるのなら構わんが……」
裁判官があざけるように言うと、イヴァンも喉を鳴らして嘲笑を重ねてきた。
「ははっ! ミリヤ、君を弁護する者など、この王都のどこにいるというんだい?」
その嘲弄を、私は笑みで受け止めた。
くるりと踵を返し、法廷の重厚な大扉へ向かって堂々と声を響かせる。
「――証言者のお二方、お揃いでしょうか?」
私の呼びかけに扉の向こうから返ってきたのは、凛とした品格に満ちた二つの声。
「あぁ、待たせたな」
「ええ、お待たせしました」
私は法廷中の誰にも聞こえるように、大声で宣言する。
「では――カタリナ・ベスタス公爵令嬢、ならびにオルロフ家長女、オルガ・フォン・オルロフ様。証言をお願いいたします」
ギィと重厚な音を立てて大扉が開かれた。 差し込む冬の光の中に佇む二人の女性。ひとりは美しい金の短髪をなびかせた白い礼服の公爵令嬢。もうひとりは深緑のドレスを優雅に纏い、鷹のように精悍な気品を放つ美女。
王位継承権を有する『至高の才媛』カタリナ様と、かつて『オルロフの翠玉』と讃えられたオルロフ家の長女オルガ様。二人に共通するのは圧倒的な威光だ。
その姿をみただけで場内は一瞬で静まり返り、間をおいて、うなるようなどよめきをあげた。 イヴァンとタチアナ嬢は信じられないものを見たように目を剥き、言葉を失っている。
「ようこそおいでくださいました」
静かに頭を下げる私に、カタリナ様はさわやかな笑みを向けた。
「ミリヤ。君の危機とあらば、世界のどこだろうと駆けつけるよ」
「私と我が弟の恩人たる君のためなら、どんなことでもさせていただきます」
「な……なぜその二人がここに?!なぜべスタス家のカタリナ嬢がミリヤと繋がりを?!オルロフ侯爵の姉は失踪したはずでは?」イヴァンは青ざめながら言いつのる。
「失踪だなんてとんでもない、私、ずいぶん長いことこの王都でパン屋をやっていますのよ」
「はぁ?」
オルガ様の品よくも不可解な説明にイヴァンは理解が追いつかない。
「裁判官、お二人を証言者としてお認めになりますか?」
「え……あぁ……二人を証言者として認める」
この二人の証言を認めない裁判官がこの国にいるはずもない。
「まずはカタリナ様、一つ伺いたいことがございます」
「なんなりと」
「そちらにオルロフ侯爵の招待状とされるものがございます。しかし、本物はイヴァン・モロゾフ伯が私の眼の前で焼き捨ててしまいました。これは偽造のはずです。こちらの書状、本物かどうか鑑定いただけますでしょうか?」
「お安い御用だ」
カタリナ様はテーブルの上の招待状を手に取ると、すぐにその匂いを嗅ぎ、ニヤリと笑った。そして、つかつかとイヴァンに近寄り「モロゾフ伯、借りるぞ」と言って、煙管をふんだくる。呆気に取られたイヴァンの手が宙を掻く。
その火を書状にかざし、じっくりと見てから告げた。
「ふん……これは偽物だな」
「な……何を根拠に?」
カタリナ様は招待状の右下、鷹の爪の紋章の下を指して言い放つ。
「オルロフ家の正式な書類には全て、特別なベルガモットの精油で書かれたあぶり出しのサインがある!家名を騙る不届き者が現れぬようにな」
私は招待状を開けたときの柑橘の芳香――ベルガモットの香り――を思い出す。香水をふりかけたものかと思っていたが、あぶり出しのためのものだったのだ。
「そ……そんな!デタラメだ!」
「皆も知ろうが、我がベスタス家は、オルロフ家と強固な信頼関係を結んだ。そのためオルロフ家の書類の規定についても熟知している!このカタリナ!この書類は偽造であると証言しよう!」
「くそっ……そんな仕掛けが……」
思わぬ指摘にイヴァンが顔を歪ませる。
「モロゾフ伯。このような粗雑な偽造をしてまで、我が友人に無用の嫌疑をかけるとはどういうつもりか。ことによってはただでは済まさんぞ」
カタリナ様は怒りをあらわにし、手を振って、イヴァンの煙管を大理石の床に叩きつけた。金属と石がぶつかり合う、ギィンという音が法廷に鳴り響く。カタリナ様の射すくめる視線にイヴァンは冷や汗を流して目をそらす。
「くっ……」
カタリナ様の心強い助力。
それでも、私はあえて、カタリナ様とイヴァンの間に割って入った。
「カタリナ様、お助けいただき、ありがとうございます。ですが、これは私が片付けるべき問題です。どうか私におまかせいただけませんか?」
カタリナ様は、少しだけハッとした顔をするが、すぐに冷静さを取り戻して言った。
「無論だ。この程度の安い奸計、ミリヤなら容易く噛み砕けるだろうよ」
彼女は私の肩に手を置き、身を引いて、私の後ろに立つ。これ以上無い後ろ盾だ。
私は台に近づき、その上に置かれた銀鎖のネックレスを手に取って、もう一人の女性に声をかける。オルガ・フォン・オルロフ。オルロフ侯爵の実姉。
「さて、オルガ様、一つお伺いたいことがございます。このネックレスはオルロフ侯にとってどのようなものか教えていただけませんか?」
「それは私が、弟アレクセイに送ったものです。それから20年近く、弟は肌見放さず持ち続けていたと聞いています」
「とても重要なものに聞こえます。仮にですが、オルロフ侯が金銭をゆすられたとして、渡すものでしょうか?」
「渡すわけがありません。弟は命を奪われようとも、このネックレスを他人に渡さないでしょう。盗むことも不可能です。命より大事なネックレスをあなたに渡したということは……我が弟のあなたへの深い信頼以外にはありえません」
「そ……そんなもの、オルロフ侯爵のお気持ち次第ではないか!どうとでも言える!」
イヴァンの苦しい反論。
「アレクセイの姉たる私が言うのです。何の見識があって、私の言葉に異を唱えるのでしょうか?モロゾフ伯?」
オルガ様の声色は穏やかだが、有無を言わせない圧力があった。
「くっ……お二方ともあろうものが、この詐欺師の肩を持てば、家名に傷がつきますぞ」
イヴァンがなんとか反論の糸口を探そうと必死になる。
「露ほども気にならんな」とカタリナ様。
「むしろ貴殿が、このようなことをしでかしたこと。モロゾフ家にとって大きな痛手となりましょう?」とオルガ様も上品に指摘する。
「さぁ、我が友人に、罪なき疑惑を問うた理由を語ってもらおうか?」と再びイヴァンに迫るカタリナ様。その圧にイヴァンが身構える。
「カタリナ様……彼に語ってもらうには及びません。そもそもその男の口から出るのは嘘ばかり。語らせるだけ無駄と言うものです」
私はイヴァンの前に立って、見下ろして、指さした。
「イヴァン・モロゾフ伯爵。私は占い師ですが……占わなくても、あなたのことは当てて差し上げますよ」




