でっちあげの裁判2
「このイヴァン・モロゾフ。被告人とは浅からぬ因縁がございます」
イヴァンは役者のように通る声で、大げさに言い募る。この男、外面だけはとにかく良い。金色の髪、青い瞳、贅を尽くした衣装。胸ポケットにはトレードマークの金の煙管。耳障りの良い声で、自分の利益になることだけを好き勝手に喋る。それがこのイヴァン・モロゾフという男だ。
「彼女、ミリヤ・ミリヤッドは私の元婚約者です」
傍聴席が大きくどよめく。
(そうやって刺激的なことで聴衆を惹きつけるのもいつものことよね……)
苛立つ感情が表に出ないように立っているだけで精一杯だ。
「まず、申し上げておきたいのは、彼女の血筋です。彼女はなんとミリヤッド伯爵家の元令嬢なのです」
その指摘に聴衆はさらにざわつく。
「ミリヤッド伯爵家をご存知の方もおりましょう。数年前、商取引で詐欺を働き、断絶の憂き目にあいました。彼女が詐欺師の血を引いている……とまでは申しません。しかし、彼女はあまりにもそのような犯罪に近いところにいる……とだけ申し上げましょう」
イヴァンはいやらしく匂わせるようなことを言って、丁寧にお辞儀をした。
「父の嫌疑は濡れ衣です!」
父の名誉を汚す発言に反射的に反論してしまう。
「被告人。静粛に。過去の判決に対する異議は裁判所への侮辱とみなしますよ」
裁判官の制止する声。イヴァンが頭を下げたまま口角を釣り上げた。
(しまった。いまのはイヴァンの罠!?)
「さて、過去の事はもういいでしょう。たった今、起きている恐るべきことについて語ろうと思います……そう……ミリヤ・ミリヤッド嬢はあろうことか、オルロフ侯爵を脅迫しております」
傍聴席が信じられないと行った風にざわつく。
「にわかに信じられないのも無理はない。順を追って説明しましょう」
イヴァンは手を叩いて、役人を呼ぶ。その役人は大量の紙幣が乗った台車を押してきた。紙幣の横には私の商売道具である宝石袋が置かれている。
(あれは私の金庫から?私の全財産じゃない!)
自分が死ぬ思いで貯めてきた全財産が衆目にさらされていると思うと背中に氷の柱を詰められたような思いがした。
「ごらんください。この大金を。これは彼女が占いで溜め込んだ財産です。いやはや、口先一つでこれだけ稼ぐとは見上げたものですが、とにかく彼女は金に意地汚いところがあるようです。なんでも名前の通り10億レザ稼ぐと公言しているとか。ここにある金は10億には届きませんが……それでもかなりのものです」
イヴァンは好き勝手にあげつらう。
「ここで重要なのは、彼女は金のためなら何でもやる人間だということです。オルロフ侯への紹介料で令嬢たちから金を巻き上げていたのは彼女自身が認めたとおりだ。ご令嬢方が納得していればいいのかもしれませんが、人の弱みにつけ込んで、蓄財に腐心するとは感心しませんな」
さも呆れたように言い放つ。この国では金を稼ぐことが必ずしも好ましく思われない。まして女性が稼ぐとなれば色眼鏡で見られるのが現実だ。この男はそこを突いてきた。事実、傍聴席では眉をひそめたり、非難がましく見るものがちらほらといる。
「さて、ここにもう一つの証拠がございます。ベルタ行きの馬車のチケットです。今朝の便です」
「御存知の通り、この冬にベルタまで行くのは大変なことです。馬車のチケットも高い。そのチケットを彼女は持っていた。何故か?ミリヤ嬢、お教えください」
「オルロフ侯爵が私を招待してくださったからです!」
「そう、その通り。では何故、オルロフ侯爵は一介の占い師をわざわざ招待したのですか?」
「それは……」
オルロフ侯爵が求婚のために私を招待したと言えるわけがない。それを言ったところで誰も信じないだろう。
「おやおや、彼女は招待の理由を言うことができないようです。当然でしょう。なぜなら、彼女は侯爵を脅迫して、金をせしめようとしているのですから!」
「そんな!」
イヴァンは台に載せられた袋から、アクセサリーを取り出す。
オルロフ侯爵のアレキサンドライトのネックレスをイヴァンが傍聴席に向けて掲げる。
「こちらをご覧ください。これはオルロフ侯のネックレスです。何故彼女がオルロフ家の所有物を持っているのか?盗んだのでしょうか?そうかもしれませんが、私は金銭の代わりに脅し取ったのではと考えています」
私からすれば、およそ荒唐無稽な話だが、聴衆からすれば一介の占い師が侯爵から求婚の証に受け取ったという方がはるかに荒唐無稽な話だ。私がそれを言ったところで誰も信じないだろう。
「最後に、決定的な証拠をお見せしましょう。こちらです。彼女の持っていたオルロフ侯からの招待状です。どうぞ読み上げていただきたい」
イヴァンが持つのは彼自身が焼き捨てたはずの招待状。
おそらく似せて作らせたのだろう。偽の招待状、裁判官に提出する。
小太りの裁判官は眼鏡を外し、偽の招待状を読み上げる。
「『我が居城、天鷲城に貴嬢を招待する。どうかこれで手打ちにしていただきたい』とありますな」
「おお!これは明らかに脅迫に怯えた文言ではないでしょうか?」
イヴァンがわざとらしく言う。
「その招待状は偽物です。本物はその男が焼き捨てました!」
私はすかさず反論する。思えば、父の裁判を決定づけたのも心当たりのない書類だった。あの時も、裏で手を引いていたのはイヴァンだったのかと今更気づく。人を陥れるためなら書類の偽造など全く厭わない。これがこの男の手口なのだ。
「いかがですか?モロゾフ伯?貴公がそのようなことをするとも思えませんが」
裁判官がオドオドした視線で、忖度した問いをイヴァンに投げかける。
「まったく心当たりがありませんね。いわれのない罪を着せるのはやめてもらいたい」
心外だと言わんばかりに、イヴァンは首を振った。
「さて、証拠はすべて揃いました。金に執着する占い師が、オルロフ侯爵を餌に金を巻き上げるだけでなく、侯爵自身も脅迫しようとしている。彼女に正当なる裁きを与えていただきたい!」
傍聴席がざわつく。
言いがかりにもほどがある。守銭奴を印象づけ、偽の招待状で、私を陥れようというのか。
こんな雑なでっちあげに負けてられない。
「被告人――申し開きはありますか?」
「はい。申し開きの機会をいただきありがとうございます。この嫌疑は完全に……」
でっち上げ……と言いかけて、言葉を止めた。
(誘導されている?!)
右手で口を覆い、思考を巡らせる。
(おかしい……こんなことを言われたら「でっちあげ」と言うしかない……でも、いくら疑わしくとも、それだけで裁けるはずがない……いずれオルロフ侯爵が証言すれば全て覆るだけの話……そうなればイヴァンの立場も危ういはず……だというのに何故こんなことを……??)
だが、当のイヴァンは余裕綽々の表情で煙管をくゆらせている。やはりおかしい。
思えば、今回の件は色々と違和感がある。
なぜ、イヴァンはタチアナ嬢と婚約したのか?
なぜ、支援を持ち出しながら、タチアナ嬢のサファイアは偽物のガラス玉のままなのか?
なぜ、今更、私に目をつけて、いずれバレる濡れ衣を着せようとするのか?
なぜ、私の財産を証拠品として、わざわざ法廷に出したのか……?
最大の疑問は――そう――イヴァンは――その余裕ぶりとは裏腹に――こんなにも「焦っている」のか?
被告席まで漂ってきたイヴァンの煙管の煙が私の鼻腔をくすぐる。鼻につく安っぽい臭い。そのいやらしい臭いの煙を手で払った時、閃くものがあった。
(イヴァンの狙いは……私の有罪ではない?!だとしたら……!)




