侯爵は伴侶を見つけたい
オルロフ侯爵が来訪したのは昼下がり。部屋の大窓とその左右のステンドグラスが鮮やかな光の帯を短めに床に落とす時刻だった。
「お初にお目にかかります。私、アレクセイ・フォン・オルロフと申します」
漆黒の長髪を揺らし、流れるような所作で一礼した。切れ長の三白眼気味の緑の瞳は、鋭さと知性を感じさせる。
「存じ上げております、侯爵様」
私は立ったまま、紫のフードの奥で、唾を飲み込んだ。彼はこのファベル王国で最も有力な一族の若き当主だ。王都より北の広大な所領を有し、王国でも指折りの権力と財力を有しながらも、特定の派閥に属さない孤高の名門。とても、気まぐれで一介の占い師のところに来るような人物ではない。長身ながらも威圧感のない佇まいとおごるところのない礼儀正しい挨拶。国中の令嬢が熱を入れあげるのもよくわかる。
「光栄です。あなたが王都一と名高い占い師、ミリヤ・ミリヤッドですね。会えるのを楽しみにしておりました」
侯爵の心地よい挨拶。夏の社交シーズンに入るひと月も前から予約をしての面会だ。単なるお世辞で言っているのではないだろう。
「はい。どうぞお気軽に『ミリヤ』とお呼びください。家名も名前も同じ『ミリヤッド』ですので」
営業用の穏やかな笑みを浮かべ、軽く目を伏せて会釈する。
「ふふっ。それは珍しいお名前ですね。では、ミリヤ。どうぞお願いします」
とにこやかに笑みを浮かべる。閣下の相好を崩した笑顔はあまりの威力で、真正面からみたら目がつぶれてしまいそうだ。飲み込まれないように、いつものように切り出す。
「さて、オルロフ侯爵、なぜ私のところに?閣下の所領にも占い師はたくさんいらっしゃると思いますが?」
「はい。ですが、ある方に相談したところ、貴女と会うことを推薦されてましてね」
「あらどなたでしょう?」
素朴な疑問で返す。ここ数年で『宝石詠み』として売れてきたとは言え、王国の重鎮にまで推薦する「誰か」には心当たりがなかった。
「ふふっ。その方から推薦のことは口止めされていましてね。秘密ということにさせてください」
オルロフ侯爵は悪戯っぽく微笑み、品の良い唇にそっと人差し指を当てた。ひっかかりはするが、今聞くべきことではない気がする。私は、軽くうなずいて、椅子をすすめた。
「どうぞおかけください」
「ありがとう。失礼いたします」
大柄な体で、優雅に椅子を引いて座る。首元にネックレスとおぼしき銀の細い鎖がのぞき、森を思わせるさわやかな香りが漂った。続いて私も自分の椅子に座る。右手を占い盤の上に置く、いつもの姿勢で本題に入った。
「……では、何を占いましょうか? オルロフ侯爵様の所領は今や王国一の栄華を誇り、戦の影もないと聞きますが」
オルロフ侯爵は、その質問には答えず、椅子に座ったまま、私の占い部屋を見渡して満足そうに微笑む。
「王都一の占い師の館と聞いて、もっと薄暗い部屋を想像していたのですが、なんとも明るく、美しい部屋ですね。どこか王家の植物園のような感じです」
彼が見上げた大きな窓には、夏の雲一つない青い空が広がり、左右のステンドグラスの小窓の隙間から、さわやかな風が吹き込み、窓辺に置かれたすずらんと観葉植物を揺らす。
「えぇ実は、このガラスも王家の植物園と同じ工房で作ってもらったものなんです」
「それはすごい。随分と値が張ったでしょう。なぜ、そこまでされたのですか?」
私も彼と同じように、大窓からの空を眺める。
「ここに来られる方は、何かしらの困りごとを抱えてらっしゃいます。暗い部屋では気が滅入るでしょう?せめて部屋の雰囲気だけでも明るくしたいと思いまして」
「なるほど、素晴らしい」
オルロフ侯爵は満足げに頷く。受付がキッチリしているのはターニャの整頓癖のおかげだが、そこは黙って、無言の笑みを返す。
「うん。あなたは、信頼できる占い師のようだ」
「あら、なぜです?」
「相談者に寄り添う姿勢が確かですし……なによりも怪しげな術や雰囲気で相談者を圧することを良しとしていないようだ」
その言葉に、心底ドキリとさせられた。今まで、何百人もの人がこの館を訪れたけれど、自分が大事にしていることを、初見で見抜いた人はいなかったから。彼の穏やかな視線で心が照らされた気がした。
「そんな……かいかぶりです」
視線を落として、平静に見せる。
「では、あなたを信用して相談させていただきたい」
「はい。なんなりと」
完璧だった侯爵の笑みが、すっと翳り、少しだけ言いづらそうに、こう告げた。
「私の、未来の伴侶を占っていただきたい」
――これは予想外だった。
完璧侯爵と言われる彼を狙っている貴族の子女など山ほどいる。もとよりオルロフ侯爵の結婚ともなれば、国の行く末にも関わりかねない大事だ。一介の占い師が助言できる域を超えている。
「それはオルロフ侯爵家のさらなる発展を願ってということでよろしいでしょうか?」
私のさぐるような質問に対して、侯爵は、ふっと声を出して笑った。それは社交界向けの作り物の笑顔ではなく、どこか冷ややかで、剥き出しの本音を含んだような笑みだった。
「それも大事なことですね……でも、これが単なる家の利害の話だけなら、社交界のお歴々に意見を聞きます。わざわざあなたのところには来ません」
そう言うと侯爵は視線を下に落とした。
「では何故……わざわざ『占い』などに?」
侯爵は先程までの社交的な口調から、やや暗さを帯びてきた。
「……そうだな……言葉にするのは難しいな……」
そう呟いた侯爵はしばらくの間、沈黙してしまった。緑の瞳が下に向く。
(難しい……?本当に悩まれているようだけど……)
彼は手を顎に当てしばらく目をつぶった後、あいまいに答えた。
「今はなんとも言えないな……申し訳ない『伴侶を求めている』というだけで占ってはくれまいか」
そこには何かを守るような感情が感じられた。私は、そこに踏み込むべきではないと感じた。
「わかりました。では始めたいと思います。」
そうして私は宝石の袋に手を伸ばし、占った。その結果は「私が侯爵の伴侶を見つける協力者となる」
あるいは……




