でっちあげの裁判1
館に踏み込まれた翌日、裁判所の冷え切った大理石の床に私は立っていた。
吹き抜けの高い天井の小さな天窓から冷たい冬の光が帯となって降り注ぐ。大法廷ではない、ごく普通の裁判所。問われた罪が詐欺という軽い罪状のため、大法廷を使う必要はないと見なされたのだろう。だが、傍聴席にはゴシップ好きの貴族や市民が多く詰めかけていた。昨日の今日でこれほど集まるとは、世の中にはなんて噂好きが多いのだろう。
(いや、イヴァンのことだから、聴衆を集めてから、館に乗り込んできたのかもね……)
私は昨日、拘束されたときと同じ、紫のローブを身に着けて被告人席に立っていた。本当なら今頃はベルタ行きの馬車に乗っているはずだった。馬車の旅程は二週間、予定の馬車に私が乗っていないことにオルロフ侯爵が気づいても、使いを王都に送るまで折り返しで最低でも一ヶ月はかかるだろう。悪くすれば次の春まで連絡が取れまい。それまで私がどうなっているのか、まるでわからない。占い師でありながら自分の未来が見通せない悔しさに歯噛みする。
告発者の席には、青いドレスのタチアナ嬢が立ち、後ろの席で、同じく青のジャケットを着たイヴァン・モロゾフが余裕たっぷりに足を組んで、自慢の煙管をくゆらせている。中央の一段高い席には小太りの裁判官。ちらちらとイヴァンの方を見ているあたり、彼の息が掛かっている可能性は高いだろう。
やはりこれは仕組まれた裁判なのだろう。かつて、父が嵌められた計略を思い起こして、吐きそうになる。だが、ここで弱みをみせるわけにはいかない。
毅然として、被告人席の木枠を見つめ、背すじを伸ばして前を向く。
「それでは開廷します」
裁判官の木槌が冷たい法廷に鳴り響く。
「被告人――ミリヤ・ミリヤッドには詐欺の嫌疑がかけられております。アレクセイ・フォン・オルロフ侯爵との婚姻を取り持つと令嬢たちをそそのかし、多額の金銭をまきあげた――と告発がありました」
「告発人はタチアナ・ブレー伯爵令嬢」
裁判官から名を呼ばれ、タチアナ嬢が立ち上がる。
「お集まりの皆様。このタチアナ・ブレーの至らなさ故に、司法の手を煩わせてしまうことをお詫び申し上げます。ですが、あぁ。このミリヤ・ミリヤッドという占い師の悪辣さには私のような世間知らずが騙されてしまうのも無理はありません」
自分が悲劇の主人公のように目を伏せる。
「この占い師、ミリヤ・ミリヤッドは私に『オルロフ侯爵が伴侶を探している。引き合わせたければそれにふさわしい金銭を払え』そう言ったのでございます」
「違っ!」と言いかけるが、裁判官に「被告人は静粛にするように」と制止を受ける。
「馬鹿げた詐欺話とも思われましょう。しかし、オルロフ侯爵をお慕いするあまりに、私の眼は曇り、多額の金銭を払ってしまいました。しかし、この詐欺師は紹介などするはずもなく、そればかりか私を罵り、辱めたのでございます」
扇子をわずかに開き、目元を隠す。
「私だけではありません。私の友人の幾人かの令嬢も同じ目にあいました。この女は占い師の皮を被った詐欺師なのです」
傍聴席の人々は、タチアナ嬢の告発に同情のため息を漏らす。
タチアナ嬢は占ってないが、彼女の友人を占ったのは事実……でっち上げに微妙に事実を混ぜてくるのがいやらしい。このいやらしい主張は、イヴァンの入れ知恵だろう。
「被告人ミリヤ・ミリヤッド――申し開きはあるか?」
裁判所の聴衆から、糾弾する声が上がる。あからさまな誘導。だが、まだ大きな流れにはなっていない。ざわめきが収まるのを待って、冷静に語り始める。
「申し開きの機会をいただきありがとうございます。しかし、私は潔白です。まず、タチアナ・ブレー嬢が私の館に来たのは事実ですが、私はオルロフ侯爵と彼女の仲を占っておりませんし、彼女は一切何も払っておりません」
「それを証明するものはありますか?」
痛いところをついてくる。ターニャは一部始終を見ていたが、この場にはいないし、いたとしても共犯者の証言として却下されるだろう。
「いえ。ですが、事実、私は占っておりませんし、金銭も受け取っておりません」
「ふむ。言い分が対立しますな……ではタチアナ嬢のご友人を占ったというのは事実ですかな?」
「それは事実です」
「そこに金銭の授受はあったと」
「はい」
「それはオルロフ侯爵との仲を占うものでしたか?」と裁判官が問う。
明らかに誘導されている質問ではあったが、ここで嘘をつくわけにはいかない。
「はい。それも含まれていました」と正直に言った。
「では、タチアナ嬢の時だけ、占いもせず、金銭も受け取っていないという言い分を信じるのは難しいですな」
「そんな……!他の令嬢の時はごく普通の占いとしての依頼でした!タチアナ嬢のときだけは一方的な要望だったので……」
「それは証明するのが難しいですな。却下します」
イヴァンが想定した通りの流れにはまっていることを意識して、拳を握りしめる。その私を前にして、タチアナ嬢が勝ち誇ったように言う。
「当たり前ですが……私も含め、誰一人としてオルロフ侯爵にお会いすることはかないませんでした。この女は甘言を弄して、乙女心を弄ぶ悪人なのです!」
聴衆席から、これは認めざるを得ないという囁きが漏れる。
「被告人――原告の言い分はもっともに聞こえます。申し開きはございますか」
「それは……」
弱々しくつぶやいた時、背後の扉が軋みを立てて開くのを感じた。
「私に……証言させてください……」
聞き覚えのある、か細い声。
その声に、私は安堵の息を漏らす。
(間に合った!ターニャ……ありがとう!)
「レラ様?!」
タチアナ嬢がいち早く、レラ嬢の名前を呼んだ。
司書のような細く硬い女性。レラ・サヴァン伯爵令嬢。まっすぐなブラウンヘアーに白いドレス。左手首の細いシルクリボンはオルロフ侯爵を象徴する深い緑。彼女はこつこつと靴音を響かせながら、私の横に立つ。その華奢な足は細かく震えている。




