過去からの悪意と嫉妬
「詐欺?私には覚えがありません!」
私はターニャの存在を隠せるように、窓から距離を取って兵に対峙する。
「弁解しても無駄だ。こちらのタチアナ・ブレー伯爵令嬢より詳細な訴えが出ている」
「あらあら占い師さん。人のことを騙していて、覚えがないとは神経が太いわね」
青いドレスのタチアナ嬢が扇子を翻しながら、部屋に入ってくる。胸元には大きなサファイア……に見せかけたガラス玉が光っている。
「タチアナ嬢?何故ここに?」
「相変わらず汚らしく、下品な部屋ですこと……こんなところには来たくありませんでしたけど……」
部屋をつかつかと歩いて、私の前に顔を突き出して吐き出すように言った。
「以前、ここで私をオルロフ侯爵と引き合わせると言って金を取りながら、私を辱めたじゃない?」
「何言ってるの?あなたが勝手に乗り込んできただけでしょう?!」
「そうだったかしら?申し開きは裁判所ですることね……あなたにはもっと重い罪状もあるしね?」
「重い罪状?」
何のことを言っているかまるでわからない。
「あなた……オルロフ侯爵を脅迫しているそうじゃないの?」
扇子で口元を覆いながら、耳元に近づいて、囁くように言う。
「……は?脅迫?」
予期しない言葉に驚いて、そのまま返してしまう。
「侯爵の弱みにつけ込んで、金をせしめるために、ベルタに乗り込むそうじゃない?」
意外な一言に凍りついた。私がベルタに行くことは王都では私とターニャしか知らないはず。一体なぜ?その疑問はすぐさま解けた。
「我が家の店のものから聞いたのよ」
(しまった!)
旅支度をした服飾店で、確かに「ベルタに行く」と言ってしまった。あの店はブレー家の布を取り扱う店だったのだ。あそこで浮かれて喋ったことが、タチアナ嬢に伝わってしまったようだ。
「私は脅してなどいません!正式に招待されただけです」
彼からの招待状を見せる。オルロフ家の紋章が入った招待状を無下にはできまい。タチアナ嬢は怯むが、玄関の方から、軽い調子の声が反論する。
「その招待状が本物って証拠はないんじゃないかなぁ?」
金の煙管をくゆらせながら、暗く青い目をした金髪の男が入ってくる。
二度と会いたくなかった男。
「イヴァン・モロゾフ!」
「あぁ!ミリヤ!久しぶり!それにしても元婚約者を呼び捨てはひどいな!それに僕は父から爵位を継いだんだ。イヴァン・モロゾフ伯爵と呼んでくれたまえ」
「あんたの名前なんて口にするだけで吐き気がするわ」
「つれないなぁ?元気だったかい?占いでずいぶん貯め込んでいるとも聞いてるけど?」
「あなたの縁が切れたおかげで楽しくやってるわ」
「おぉ!元婚約者に対してそんなことを言うなんてひどいね!」
「何故あなたがここに?」
私の疑問に、タチアナ嬢が脇から入って答える。
「失礼な物言いね?ミリヤ・ミリヤッド。イヴァン・モロゾフ伯爵は私の婚約者なの。彼は我が家に支援を申し出てくれたのよ。そんな頼りになる彼に『ひどい占い師がいる』って相談したら、あなた、彼の元婚約者だっていうじゃない。びっくりしたわ」
タチアナ嬢はイヴァンにしなだれかかり、イヴァンはその肩を抱く。
「いやぁ、驚いたよ。元婚約者が詐欺師になって、僕の婚約者を騙していたとは。ひょっとして、僕がタチアナと婚約したことをどこかで知って、その意趣返しなのかい?」
「そんなわけ無いでしょう。タチアナ嬢、その男に付き合ってるとあなたまで破滅するはめになるわよ」
「ひどい言い掛かりね。私がイヴァン様と仲良くやってるからって見苦しいにも程があるわ」
タチアナ嬢は私の忠告を鼻で笑って、イヴァンの顔に唇を寄せ、これみよがしに軽く口づけをしてみせた。勝手にどこかでやっていてほしい。
「ともかく、私はオルロフ侯爵から正式に招待されただけです。やましいことなどありません」
「ふん。そうかい?その招待状を見せてくれないか?」
イヴァンは、私が突き出した招待状をサッと取り上げて、開け、チラと目を通したかと思うと鼻で笑って、手元の煙管で火をつけた。
「あぁっ?何をしてるの?!」
招待状を取り返すまもなく、イヴァンは息を吹きかけて、招待状を燃やしてしまう。
「この招待状には、侯爵が怯えたような文言が書かれていた。このイヴァン、そのように証言しよう」
(この男はこういう人間だった……自分のためなら人を容易く踏みつけにする……)
イヴァンは歯噛みをする私に嘲笑うような笑みを投げかけると、すぐに顎で兵に指図した。私は抵抗するすべもなく、拘束され、裁判の場に立つことになった。




