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オルロフ侯爵は伴侶を見定める

 オルロフ侯爵とその姉オルガは長く語り合った。夏の長い陽がようやく落ち、王都の街並みは紫色の夜の闇に包まれ始める頃、オルロフ侯爵と私は、名残惜しさを残したままパン屋を後にした。

「まさか、生き別れた姉と再び会えるなんて……夢のようだ本当にありがとう、ミリヤ」

 隣を歩くアレクセイ様が、噛みしめるように呟いた。

「いえ……私もまさか、こんな結末になるなんて思いもしませんでした……」

 今思えば、占いが示した結果はつながりが強固であることを示していた。血縁であれば納得行く結果ではあった。

「姉はね、かつて『オルロフの翠玉』と称された令嬢だったんだ。気が強くて破天荒なのに、誰からも愛される魅力があって……女性でありながら爵位を継ぐのではと噂されていたほどだよ」

(……あの気品からしたら、納得よね……)

「歳が離れていたこともあって、幼い頃の私は彼女に面倒を見てもらっていた。彼女は自分がいつかこうなりたいと願う理想だったんだ」

 歩調を合わせながら語る彼の声には、深い尊敬と憧憬、少しの哀愁が滲んでいた。

「それが、ある日突然、出入りの商人と駆け落ちしてしまった……いや、彼女にしてみれば、己の意思と愛に従っただけなのだろうけれど……家じゅう大騒ぎさ。手を尽くしてあちこち探したけど、その足取りは全然つかめなかった。まさか王都でパン屋になってたとはね……隠居した父もこのことを知ったら、面食らうだろうなぁ」

「……」

 見た目は上品な方だったのに、改めて行動を聞くと破天荒がすぎる。なんと答えてよいかわからない。

「ともあれ、それがきっかけで、私の運命は一変した。次期当主として周囲の期待が一気に私へと集中したんだ。大好きな書庫から引き剥がされ、剣の修行と社交に明け暮れる日々が始まった……それでも、私は姉を恨んだことはないよ。いつも彼女の生き方を尊敬していた」

 そうつぶやく彼の声には心からの敬意が宿っていた。

「自分もいつか、誰かに与えられた運命ではなく、己の意思で人生を掴み取りたいと願っていた。けれど同時に、私にはオルロフ家を支える責務も果たさなければならなかった。この二つの背反する思いが、私の苦しみの元だった……」

 月の光が、彼の整った横顔を白く照らし出す。

「父から爵位を継ぎ、領地の運営もようやく軌道に乗ったところで、空虚さを抱えるようになってしまった。私の人生は誰のものなのだろう……と」

 彼は寂しそうな笑みを浮かべる。

「『姉のように自由に生きたい』とまでは望まない……ただ、せめて生涯を共にする伴侶だけは、自分の意志で選びたかった。けれど……誰もが私の地位や外見しか見てくれない……」

「それで……占いに?」

「そうだ。情けない話だが、私は一歩を踏み出す勇気が持てなかったんだよ。それで、昔からお世話になっている方に相談したところ……君の館へと辿り着いたというわけさ」

「そうだったんですか……」

「君も私にとっては眩しい存在だったよ」

 不意に投げかけられた真っ直ぐな言葉に、心が跳ねて立ち止まりそうになってしまう。

「眩しい……ですか?私が?」

「君も姉と同じく、強い人間だ。君も自分の足で、自分の人生を生きている。私にはそれが眩しくて仕方ない。心から尊敬するよ」

「そ……そんな……買い被りです」

 いつしか占いの館までたどり着く。館の前には馬車が待機している。

 館の前で二人は立ち止まる。軒先に吊るされたランプが温かに揺らめく明かりを灯し、私たちの影を落としている。肌寒くなり、秋がすぐそこまで訪れている。これで私の役目が終わったと思うと、物寂しくもある。

「……閣下が王都を発つまでに、ふさわしい伴侶を見つけて差し上げられず……力不足で申し訳ありません……」

 結果として、自分が取り持った三つのお見合いは全て失敗した。申し開きができないほどの失敗だった。頭を深く下げ、詫びる私に、彼は優しく首を振った。


「いや、頭を上げてくれ。君はとても良くやってくれた。

 それに、私が求める伴侶はもう見つかったよ」

「え……?」


 意外な言葉に、ふと顔を上げた私は、彼の瞳に視線を奪われ、息を呑んだ。その瞳はさきほどまでの深緑色ではなかった。ランプの明かりを映した彼の瞳は、深い紫色に輝いていた。

「アレクセイ様……お目の色が……?」思わず問いが口をつく。

「あぁ、これかい? 私の眼は、夜の灯りの下で、瞳の色が変わるんだよ……君は本当によく私を見てくれているね」

 彼は目元を指さして微笑んだ。

 その瞳の輝きは私と同じ紫。

「今日、君は私に『似たところがある』と言ってくれたね。私もずっとそう思っていた。この瞳の色、心の奥底に抱えた寂しさ……」

 彼はそっと一歩を踏み出し、その大きな体でゆっくりと距離を詰めてくる。

 いつもの深緑の森のような清涼な香りが私を包み込むように漂う。

「このひと月、君は常に私の心に寄り添い、本当の私を見続けようとしてくれた。それこそ私の望んでいたことだった」

「いえ……そんな、私はただ仕事として……」

「カタリナ嬢との引き合わせも、私の伴侶探しのつもりだったのだろう?」

「……気づいて、いらしたのですか?」

 彼は頷いて続ける。

「彼女は聡明で、誠実で、素晴らしい女性だ。だが……私は彼女と同じくらい、いや、それ以上に聡明で優しい人を知っている」

 彼は熱をもった真剣な眼差しで、私の両目をまっすぐに射抜いた。

 互いの紫の双眸を視線が繋ぐ。その繋がりが私の呼吸を止めてしまう。

「君だよ、ミリヤ。君ほど聡く、優しく、私の魂に寄り添ってくれた人はいない

 ……ミリヤ、どうか私の伴侶として、一生を共に歩んでくれないだろうか」

 どこか切なく、懇願するような声で紡がれた言葉。

「えっ……あ……あの……ッ!?」

 頭が真っ白に染まり、全身の血が一気に熱くなって、私は言葉を失った。

「すぐに答えを出さなくてもいい……あいにく私は、これから諸国を巡らねばならない。その後、冬には領へと戻る。冬になったら、君を私の居城へ招待させてほしい。その時に、君の返事を聞かせてくれないか?」

「あ、あの……」

 あまりのことに口を挟めないでいると、彼は手を自分の首の後ろに伸ばして、銀鎖のネックレスを取りはずし、両手に掲げて、私に差し出した。

「それまで、これを預かっていてほしい」

 彼の手が私の首元へと伸び、 温かな指先で、銀鎖をつなぐ。彼が幼少のころから肌身離さず身につけていたという、アレキサンドライトのネックレス。その石は彼の瞳と同じく、緑ではなく、夜の灯に照らされ、紫色に輝いていた。

 『アレキサンドライトは夜と昼で違う顔を見せる』という宝石詠みの教え通りに。


「冬に、必ず招待状を出す……君が来てくれるのを待っているよ」

 ランプの灯りの下、彼は私の額に優しく唇を落とすと、ささやくようにおやすみの挨拶をして馬車へ乗り込んでいった。

 私は銀鎖を握りしめて、ただただ自分の激しい心臓の鼓動を聞いていた。

 あの日、彼と会ったときの占いの結果が心のなかにありありと蘇る。

 世界樹(ドレヴォ)水平線(ホリゾント)の交点に輝く、アレクサンドライトとアメジスト。そして、未来を司る白神(ビェーロ)に転がったジルコニア。


 その詠みは――「ミリヤ・ミリヤッドはアレクセイ・フォン・オルロフ侯爵の生涯の伴侶である。そして、その未来はどの様な困難、否定があろうとも達成される」




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