深心詠み《ドゥビニャ》
オルロフ侯爵には、かつて、心を通わせた人がいる……そのことに気づいた私は、彼に最後の申し出をする。
「アレクセイ様、最後に一つだけ、あなたの魂のために、占わせていただけませんでしょうか」
思い浮かべるのは、師匠から受け継いだ宝石詠みの秘奥。
「一度だけ、試させていただきたい技がございます。一部の宝石詠みにのみ許された秘奥、深心詠みです」
「深心詠み?」
耳慣れない禍々しさをはらんだ名前に、彼は怪訝そうな顔をする。
「はい。これは占いの技から少し外れます。この秘術は――本人も知らない心の奥底を本当に掘り出してしまうからです」
「そんなことができるのですか?」
「はい。ですが、心の奥底にあるものが真実だとしても、それが美しいとも限りません……」
私は一度言葉を切り、まっすぐに彼の瞳を捉えた。
「ですが……この術ならば、かつてアレクセイ様の御心に寄り添い、本当のあなたを愛してくれた方を見つけ出すことができるはずです。ただ、心に秘められた想いを暴くことになる以上、ご本人の強い意志と同意がない限り、私はこの技を使いません……いかがなさいますか?」
重い緊張が部屋にたちこめる。大窓から差し込む夏の光の中で、彼は一瞬だけ瞳を伏せ、そして、迷いのない力強い声で答えた。
「……頼む、ミリヤ。その深心詠みを受けさせてくれ」
眼と言葉に宿る断固たる意志。それが彼の「その人」への思いの深さを示している。その事実に、私の胸に鋭い痛みが走る。かつて感じたような漠然としたざらつきではない、刺すような痛み。まもなく彼の心の内を知ってしまうことになる。その予感に手が震える。
「承知いたしました……では宝石詠みが秘奥深心詠みを執り行わせていただきます」
ローブをかぶり、おごそかに告げる。もう後戻りはできない。
「では、アレクセイ様。これまでで『最も長く身につけている宝石』をお貸しいただけませんでしょうか?今、お持ちのもので構いません」
「長く身につけているもの、か……なら、これならどうだろう?」
彼は黒いシャツの首元に手を伸ばすと、細い銀鎖のネックレスを引いて取り出した。その白く厚い胸板から緑の輝きを放つアレキサンドライトがのぞく。
「幼い頃から、肌身離さず身につけているものだ」
「申し分ございません……では、その鎖の端を持ち、石が占い盤の中央に来るように垂らしてください」
「こうかい?」
彼はしなやかな右腕を伸ばして、ネックレスを盤の上に垂らす。宝石が揺れ、緑のきらめきが盤の上に散らされる。そのさまは陽光にきらめく湖のようだった。
深心詠みを行うには、まず、彼の手に触れて、霊力を同調させる必要がある。彼の肌と心に触れることの緊張が、指先を震わす。
「失礼いたします」
そう告げる私の声もまた震えていた。震えを隠すように呼吸を整え、唇を結んで、そっと右手を伸ばす。銀鎖を握りしめる彼の手の大きな甲に、自分の小さく細い指先を近づけ、重ね合わせる。指先から彼の手の柔らかな熱と銀鎖の硬い冷たさを同時に感じる。その熱のいろどりが、軽いしびれとなって、腕を駆け上がる。
(あ――)
自分の指先が湿り気を帯びていることに気づく。指先の感触を確かめるうちに、吊り下げられた宝石がゆっくりと回り始める。彼の石――アレキサンドライト――が私の霊力とつながった証拠だ。
これで準備は整った。つづけて宝石袋に左手を差し込む。右手の熱さとは真逆の冷たい感触。慣れた仕草だと言うのに、右手が彼の手に触れていることで、この世のものではないような感覚を味わう。目をつぶって、いくつかの石を左手で掴んで引き出し、互いの手が触れる箇所の下で構える。
私は彼の緑の瞳を見つめて告げる。
「では、深心詠み執り行います」
「頼む」
(今、この瞬間が彼に触れる最後の時かもしれない――)
何故かそんなことを思ってしまう。その思いを振り切りるように、宝石を放つ。
銀鎖に沿うように放たれた宝石は三つ。石たちが、銀鎖を中心にして螺旋を描いて回転し、丸い盤に落ちる。アクアマリンとエメラルドが過去を示す黒神に位置し、ダイヤモンドは現在を示す黒神と白神の境目、水平線より上。アクアマリンは「魂の理解」、エメラルドは「幸福と慈愛」、ダイヤモンドは「永遠の絆」を示す。
結果は明白だった。彼の過去に彼の魂を知る女性が存在すること。そして、その人はそれほど遠くない場所にいるということ――当たり前だが――盤面から私の存在はまったく読み取れなかった。私はただ協力者としての役目を果たしたのだ。そのことが、なぜか口惜しく感じられる。だが、読み取れた占果は伝えなければならない。
「『その方』はやはりあなたのことを深く理解していたようです。そして、近いうちに会うことができるでしょう」
「本当か?!」
彼の満面の笑みに、胸が痛くなる。
「はい。続けて場所を占います。その方のことを思い浮かべてください」
こんなにも近くにいて、直接触れていても、彼の気持ちは読み取れない。『その人』は彼にとってそんなに喜ばしい人なのだろうか。私の不安をよそに、銀鎖に繋がれたアレクサンドライトは霊力により素早く回り、特定の方角に強く引っ張られていく。方角は南。
「これは?」
普通ではありえない石の動きに彼は目を見開く。
「近い……ですね。おそらく『その方』はこの王都にいます。それもそう遠くない距離です」
珍しく驚いた顔をする彼に、私は申し出た。
「アレクセイ様、お時間はありますか?今からその方のところへ行きましょう」
私は、私の仕事を全うしたい。どの様な結末を迎えようとも




