推し令嬢お見合い大作戦
数日後、レラ・サヴァン嬢とオルロフ侯爵とのお見合いの日。午後の客はすべて断ったので、貸切だ。受付のカウンターに肘をつき、ターニャが心配そうに占いの部屋の扉を見つめる。
「レラ様大丈夫かなぁ。あんなにガチガチになった人、見たことないよ」
レラ嬢はすでに中の部屋に入っている。早めに来てもらって本当に正解だった。この館に到着してから、呼吸を整えて部屋に入るまでに、一時間はかかったのだから。
「流石に少し落ち着いたでしょう。それだけ侯爵閣下のことを深くお慕いしている証拠だし、いいんじゃない?」
「そうねぇ。私が調べた限りでも、本当に裏表のない良い人みたいだし。私利私欲がないから、閣下を慕う令嬢たちの中心人物になってるみたい」
「そのあたりは私の結縁詠みでもはっきり出ていたから、間違いなさそうね」
「ミリミリのお見立てなら、まあ確実か」
「そういえばターニャ、今は仕事モードじゃないのね?」
幼馴染のターニャは仕事の時はかしこまって、私のことを「ミリヤ様」と呼ぶ。
「だって、私の仕事は占いの受付であって、お見合いのセッティングは私の仕事じゃなくない?」
「それはそうだけど……」
「これはミリヤの仕事で、私がここにいるのは趣味ってことで」
「趣味なの?」
「しまった『大切な友人を助けるため』って言ったほうが好感度上がった?」
「ターニャの好感度はいつも高いから大丈夫」
「ありがとうございます。ミリヤ様」
「ここで仕事モードなの?!」
ターニャとそんな他愛のない会話を交わしていると、受付の大きなガラス窓越しに、見覚えのある重厚な黒い馬車が滑り込んでくるのが見えた。樫のキャビンには今日もバナーが掲げられていない。お忍びということだ。馬車が館の前に停まるのを見て、ドキリとする。
オルロフ侯爵が黒い馬車から降りて、姿を表す。目立たぬよう黒いシャツを着ているが、やはりその長身は目を引く。
「おはよう、ミリヤ。連絡をくれてありがとう」
ドアを開け、占いの受付に現れた彼は、いつも通りの美しさだった。今日は黒く長い髪を後ろでまとめていて、うなじが日に照らされて見える。新緑のような深い緑の瞳がまっすぐ私の方へと近づく。大柄な彼が見下ろすその距離が近くて、思わず息を呑んでしまう。森を思わせる清涼な香りがふわりと漂う。彼はにっこり笑って
「先日のカタリナ嬢の件、ありがとう。両家の協業の準備も実にスムーズに進んでいるよ。すべては君のおかげだ」と礼を言った。
「い、いえ……とんでもないことです……」
間近で向けられる、心からの晴れやかな笑顔と真っ直ぐな視線。
(ちょっと今日は距離が近くない?!)
動揺を隠すようにローブを握った私の手を、ターニャが興味深そうに見ている。
(余計なこと言わないでよ……!)
野次馬モードのターニャを視線で牽制していると、閣下はさらりと本題を切り出した。
「今日は、私の伴侶探しについての話と考えていいのかな?」
「はい……閣下に深く思いを寄せる方をご紹介させていただければと思い、お越しいただきました」
「ありがとう、ミリヤ。君が選んでくれた人なら間違いないだろうね」
彼の信頼の言葉に、胸の奥が痛む。私は喉の渇きを抑えて、平静に言葉を続けた。
「つきましては……差し支えなければ、私も会合に同席させていただけませんでしょうか?」
「もちろんだとも。ミリヤが仲立ちを務めてくれるのなら、私としても心強い。ぜひ頼むよ」
私の申し出を嬉しそうに快諾する彼に、私は引きつった笑みを返しつつ、そっと安堵の息を漏らした。あそこまでガチガチになったレラ嬢が何を言い出すかわからないし……カタリナ様の時のように、ジリジリとした時間を受付で過ごすのが耐えられないという思いもある。




