推し活令嬢レラ・サヴァン
その日の午後、レラ・サヴァン侯爵令嬢は、予約時間通りに占いの館を訪れた。
「ミリヤ様、レラ・サヴァン様がお越しです」
仕事モードなターニャの真面目くさった紹介とともに現れたのは、見るからに品行方正そうな令嬢だった。貴族令嬢というより、司書のような細く硬い印象の女性。背中へ流れる艶やかなストレートのブラウンヘアー。細身の身体を包むのは、フリルや装飾を抑えた清楚な白いドレス。 派手な宝石類は一切身につけておらず、唯一のアクセントといえば、白く華奢な左手首に控えめに結ばれた、深緑の細いシルクリボンくらいだった。
「ミリヤ・ミリヤッド様、お目にかかれて光栄です」
レラ嬢は礼儀正しくお辞儀をする。
「こちらこそ。どうぞおかけください」
にこやかに席を勧めるが、内心そのおとなしさを意外に思っていた。
「サヴァン侯爵邸はお近くですが、お会いするのは初めてですね。よろしくお願いします」
精一杯の営業スマイルで挨拶する。
「はい……よろしくお願いします」
レラ嬢はやや警戒気味に挨拶を返してきた。
「今日はどの様なご相談で?」
「実は……占いではなく……お詫びに参りました」
「お詫び……ですか?」
レラ令嬢とは初対面なので、お詫びを言われるような覚えもない。こちらの腑に落ちない表情を感じ取ったのか、彼女はすぐに切り出した。
「以前、タチアナ・ブレー伯爵令嬢がこちらにお邪魔して、ご迷惑をおかけしたかと」
「確かにタチアナ嬢はいらっしゃいましたが……彼女が何か?」
彼女が「私に迷惑をかけた」のは間違いないが、あえて言葉を濁して答える。
「ミリヤ様はオルロフ侯爵閣下をご存知かと思います」
「えぇお名前は存じ上げています」
最近は睡眠に支障をきたすぐらいにはご存じだが、そんなことは口が裂けても言えない。
「その……私は……オルロフ様を勝手に申し上げお慕い申し上げていて……同じ思いを抱くお友だちと秘密の集いをしていまして……」
(あ、やっぱりそういう集いがあったんだ)
「ひと月ほど前、我が家の使用人が、オルロフ様がミリヤ様の占いの館に入るのを見たと教えてくれて、それを仲間内で話したところ『それはきっとオルロフ様がお相手探すために占いに来たに違いない!!』などと盛り上がってしまいまして……浮ついた話でお恥ずかしい」
レラ嬢は申し訳なさそうに俯く。
(その浮ついた想像が当たっちゃってるのよね……)
思わず口端が歪んでしまうが、それを隠して、やんわりと否定する。
「ご令嬢方々の噂話ですから……侯爵閣下も気にされませんよ」
「それはそうでしょうが……タチアナ嬢も含めて何人かは本気にしてしまいまして……」
「なるほど……それでタチアナ嬢はなにかおっしゃってましたか?」
「えっ……と……あの……」
彼女はいかにも言いにくそうに言い淀む。
「大丈夫ですよ」と答えを促す。
「えっと……彼女が言うには『あのミリヤとかいう占い師はオルロフ侯爵との結婚を狙っている悪女で、オルロフ侯爵に近づこうとするライバルの令嬢たちを脅している』……とか……」
(あの女……好き勝手なことを……!)
思わず両手に力が入る。危うく叫びだすところだった。
「あっ……あの……私はそんなことはもちろん信じてません!タチアナ嬢はちょっと難しいところがある方で、たまにそのように悪しざまなことを口にされることがあるので……」
できるだけ平静を保つようにしているが、頬がこわばっている。ただ「難しいところがある方」は良い表現だ。レラ嬢の気遣いに従って心を落ち着ける。
「他の方々も……タチアナ嬢の言っていることを信じているわけではないのですが、ミリヤ様ならオルロフ侯爵へのつながりがあるだろうということで、ご相談に行っているようで……ご迷惑をおかけしているのではと思って……お詫びに来た次第です」
レラ嬢はいかにも申し訳なさそうに消え入るようにつぶやく。
「これというのも、私が考えなしに、閣下の噂話を人前で口にしてしまったせいで……すべては私の落ち度で申し訳ありません……」とうなだれた。
ようやく「お詫びの理由」が分かった。とは言え、オルロフ侯爵を慕っている令嬢の使用人が主人を喜ばせようと、オルロフ侯爵が近所にいたことを報告するのはわかる話だし、それをうっかり同好の士にしゃべってしまうのも責められないだろう。突然来て勝手な要望を突きつけるタチアナ嬢が非常識なだけで。他の令嬢が侯爵狙いで来ていることも、相談者が増えるのは大歓迎だ。実際、ターニャも最近の売上にホクホク顔だ。
「なるほど……確かに心当たりはありますが、お詫びいただくようなことではございません。私は占い師ですから、相談に来られた方の悩みをうかがって占うだけです」
レラ嬢は「そう言っていただけると助かります」と安堵したように微笑んだ。侯爵令嬢の身分で、自分の口の軽さをわざわざ詫びに来るとは、随分と折り目が正しい人だ。タチアナ嬢とは大違いだ。ターニャと勝手に怪物呼ばわりしたことを申し訳なく思って、占いの誘いをかける。
「本日はどうなさいます?お詫びに来られただけかもしれませんが、お気になることがあれば占ってさしあげますが……」
「いえ、私は特に相談したいことはありませんから……」
「ご友人の令嬢の皆様にはオルロフ侯爵との相性占いが人気のようですが?」
さりげない勧めをレラ嬢は、両手を突き出して全力で断った。左手の緑のシルクリボンが揺れる。
「いっ!いえ!!!そんな!たいそれたことは結構です!わたわたわたしが侯爵とどうとか相性とかそういうことはいいんです。オ……オルロフ様は私にとっては……そう星、星のような存在で、星と草の相性を占っても意味がないように、オルロフ様と私の相性なんて、砂粒ほどの意味もありませんから!」
レラ嬢はいままでの自信なさげな口調から一変して、いきなり早口の強い調子で否定した。あまりにすごい勢いで否定されたので、逆に興味が湧いてきてしまった。




