カタリナ様ならあるいは
夜会に潜入した翌週。カタリナ様は月例の占いのために、私の館を訪れた。私と相対して、 相談者用の椅子に腰かける彼女は、下町で目立たぬように配慮したゆったりとした白いシャツ姿だが、溢れ出る高貴さは隠しようもない。夏の爽やかな朝日に包まれたその佇まいは神々しく、ショートカットの金髪とそれと同じ黄金色の瞳が、眩いばかりにきらめいていた。
「晩餐会では無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございました」
椅子に座ったまま深々と頭を下げる。本当に無茶なお願いだったのに、二つ返事で承諾してくれたカタリナ様には頭が上がらない。
「なにミリヤのお願いならいつでもよろこんで。それで目的は果たせたのかな?」
こんな時、少しいたずらっぽく返すのがカタリナ様らしい。あえてそう聞くことで、相手の心に負担をかけない心配り。
「はい。それはもう」
「そうか、それはなによりだ」
カタリナ様は本当に嬉しそうに微笑んで、それ以上は聞いてこなかった。この気遣いもまた、彼女ならではだ。穏やかな沈黙の時が流れる。その優しい空気に耐えかねて、少し不躾な質問を切り出してしまう。
「一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんだ」とにこやかに答える。
「カタリナ様は、どうして私の占いを聞きに来るんですか?」
カタリナ様が毎月占いに来るようになってもう二年は経つ。私のお客さんの中でも最も長い一人だ。時には占いもせず、談笑だけして帰っていくこともある。ありがたい話ではあるが、何故そこまで懇意にしていただいているのかは掴みかねている。
「なぜだい?」
カタリナ様は不思議そうに問い返す。
「だって、カタリナ様はどんなときでも素早く情報を集めて、合理的に判断されてます。占いなんて不確かなものに頼る必要なんてないんじゃないですか?」
「占い」という自分の仕事を卑下するような私の言葉に、カタリナ様は少しだけ怒ったような口調で答える。
「ミリヤ。君は自分のことを低く見過ぎているよ」
「そうでしょうか」
「ミリヤ。聞いてほしい」
カタリナ様は両肘をついて、覗き込むように言った。
「そもそも正しい情報なんて、なかなか無いんだ。いつも人の期待や偏見が入る。噂話、報告、数字。私はいつも誰かが歪めたなにかの中から判断せざるをえない。そうすると私は知らず知らずのうちに、誰かの欲望や悪意に絡め取られてしまう。これは悲しいことだ。そんな中で、君の占いは……占いに限らず……新たな見方を与えてくれる。それは私にとってかけがえのないものなんだ」
その真摯で温かい言葉に涙がでそうになる。そこまで私のことを見て、評価してくださっている人は他にはいない。カタリナ様は私が心から尊敬する人だと言える。
「ありがとうございます」
深く頭を下げて礼を言うとともに、一つの思いが芽生える。
(この人ならばあるいはオルロフ侯爵にふさわしいのではないか……)
この人が、私を認めてくださったように、オルロフ侯爵もまた、私の占い師として大事にしていることを初見で褒めてくださった。このお二人は人が大事にしているものが分かる素晴らしい人たちなのだ。
意を決して一つのお願いを切り出す。
「カタリナ様。一つ、私なりに占ってもよいですか?」
「どうぞ。なんなりと」
カタリナ様の爽やかな返答を受けて、宝石袋をひっくり返して、中の宝石を占い盤の上に広げる。きらめく石たちの中から、オルロフ侯爵を象徴する緑の石――アレキサンドライトを選び出す。それを盤の中央に置いてから、残りを再び宝石袋に手を入れる。大まかな未来を占うのではなく、特定の「相性」を掘り下げる占いだ。結縁詠みと言う。
ちらとカタリナ様の表情を伺う。美しくも柔和な視線。その視線を受け止めて、右手で袋の中の宝石をいくつか掴む。握った手をそっと引き出して、盤の上でその指を開く。放たれた宝石はみっつ。黄色、緑、赤。三色の輝きがまとまって一つの流れになり、全てが白神に転がる。未来志向の結果。この偏りは、過去に多くの交流や因縁がなかったことを示している。
「繁栄」を示すシトリンが、世界樹の葉のように天界の枝にぶら下がる。そこからわずかに離れた人界に「豊穣」「幸福」を示すエメラルドと「血盟」を表すガーネット。オルロフ侯爵とカタリナ様の強いつながりが、よろこびと、大いなる繁栄をもたらす。と読める。宝石の詠みを何度か心のなかで確認してから、自分の心に問う。
(カタリナ様は心の底から尊敬できる方だ。推薦して大丈夫)
「不躾で申し訳ありませんが、一つお願いがあります」
「なんだい?」
「近いうちに、ここでオルロフ侯爵と会っていただけませんか?両家の未来にとって重要な会合になるかと思います」
カタリナ様は意外そうな表情を浮かべたが、すぐに快諾した。
「もちろんだ。私も閣下とはじっくりお話したかった。晩餐会ではオルロフ侯爵にも失礼をした。一度お詫びをしておきたかった」
王位継承権を持つ至高の家系の令嬢と孤高の有力貴族の婚姻。この出会いは、この国の未来を変えかねない。少なくとも私の占いにはそう出ている。私は自分がその引き金を引いてしまったことが自分でも信じられなかった。




