旅立ちの日 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
数日が経った。
ヴァルガン王都は動いていた。
壊れた建物が直されていた。焼けた区画に新しい木材が運ばれていた。市場が開いていた。鍛冶場の音がしていた。人の声があった。
戦争の傷跡は残っていた。
消えていなかった。
でも動いていた。
諦めていなかった。
それがヴァルガンだった。
王城の執務室に、書類の山があった。
レイオンが座っていた。
書類を見ていた。
眉間に皺があった。
読んでいた。
読んでもわからなかった。
また読んでいた。
「この数字は何だ」レイオンが言った。
「北部農地の復興費用の見積もりです」側近が言った。
「多すぎる」
「戦争の被害が大きかったため」
「もっと削れないのか」
「削ると復興が遅れます」
「では足りない分はどこから出す」
「それを今決めていただきたいのですが」
レイオンが机に肘をついた。
頭を抱えた。
「戦う方が楽だ」
「おっしゃる通りです」側近が言った。
「でも王の仕事のほとんどは書類です」
「誰が決めた」
「歴代の王たちです」
後ろから笑い声がした。
ガルゴンだった。
扉の横に立っていた。
左腕だけだった。それでも腕を組もうとして、できなかった。それでも笑っていた。
「父上。盗み聞きか」レイオンが言った。
「通りかかったら声が聞こえた」ガルゴンが言った。
「王とは剣より紙と戦う仕事だ。余も毎日そう思っていた」
「毎日?」
「毎日だ。三十年間毎日だ」
「三十年か。絶望だな」レイオンが書類を見た。
「慣れる」ガルゴンが言った。「三年もすれば慣れる」
「三年も待てない」
「待つしかない。それが王だ」ガルゴンが言った。
レイオンが書類を持ち直した。
また読み始めた。
まだわからなかった。
でも読み続けた。
医療施設の廊下に、フレイナがいた。
歩いていた。
まだ完全ではなかった。
でも杖がなかった。
自分の足で歩いていた。
「歩けるようになったな」
声がした。
レイオンが廊下の端に立っていた。書類の束を抱えていた。
「少し前からよ」フレイナが言った。
「医師に許可をもらったのか」
「許可は必要なかった」
「お前の傷は深かったんだぞ」
「知っている。自分の傷だから」フレイナが言った。
レイオンが近づいた。
フレイナの歩き方を見た。
少しだけ右に傾いていた。
「まだ庇っているな」レイオンが言った。
「少しだけ」
「無理をするな」
「無理ではない」フレイナが言った。
「これが今の限界というだけだ。明日はもう少し良くなる」
レイオンが横に並んで歩いた。
二人で廊下を歩いた。
「王の仕事はどうだ」フレイナが聞いた。
「最悪だ」
「そうか」
「書類が多すぎる。数字がわからない。誰かに任せたい」
「任せるな」フレイナが言った。「書類は自分で読め。数字は自分で理解しろ。誰かに任せた王は、いつか誰かに動かされる」
「厳しいな」
「護衛の仕事だから。王を守るために、王を叱ることも含まれる」フレイナが言った。
「それは護衛の仕事か」
「ヴァルガンの護衛はそういうものよ」
レイオンが笑った。
「ちゃんと王やってるな、と言ってくれると思っていた」
「やっていない。まだ始まったばかりだ」フレイナが言った。
「辛辣だな」
「正直なだけよ」フレイナが少し笑った。「でも、悪くはない」
「悪くないか」
「ちゃんとやっている。それだけ」
レイオンが頷いた。
廊下の窓から、街が見えた。
動いている街が見えた。
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シュウが起き上がっていた。
宿の部屋だった。
寝台に座っていた。
腕の包帯がまだあった。肋骨の痛みがまだあった。でも顔色が戻っていた。
エルクが入ってきた。
「起きているのか」
「起きてる」シュウが言った。「ずっと起きてた。寝すぎて眠れなくなった」
「無理をするな」
「無理じゃない。体が動きたがってる」
エルクが椅子を引いて座った。
「どうだ、体は」
「だいぶいい。骨がくっついてきた感じがする。痛いけど、前と違う痛さだ」シュウが腕を見た。
「違う痛さ?」
「治っていく痛さだ」シュウが言った。「悪くなっていく時と、良くなっていく時で、痛さが違う」
「そうか」
「元消防士のケンが言ってた」シュウが言った。「怪我した時、良くなっていく感覚と悪くなっていく感覚は違うって聞いてたけど、今になってわかった」
「経験したから」
「そういうことだな」
少し間があった。
「魔王が出たって聞いた」シュウが言った。
「そうだ」
「どうだった」
エルクが少し考えた。
「強かった、とは言えない。戦わなかったから」
「じゃあ何だ」
「大きかった…」エルクが言った。
「存在が大きかった。怖かったというより、重かった」
「重かった」
「時間が違った。俺たちとは持っている時間の量が違う気がした」
シュウが少し考えた。
「死ぬかと思った」
「ん?」
「ゴルゴンナックに吹っ飛ばされた時。死ぬかと思った。でも死ななかった。だからまだいる」シュウが言った。
「そうだな」
「エルク」シュウが言った。
「何だ」
「帰れると思うか?元の世界に。」
エルクが少し間を置いた。
「わからない」
「正直だな」
「でも門のことがわかれば、もしかしたらわかるかもしれない」
「もしかしたら、か」
「それだけだ」
シュウが少し笑った。
「まあいいか。まだやることあるし」
「ある」
「じゃあとりあえず動く」シュウが寝台から足を下ろした。
「まだ早い」
「早くない」シュウが立ち上がった。
ゆっくりだった。痛そうだった。でも立った。
「動けるうちに動く。それだけだ」
エルクは立ち上がって、シュウの隣に立った。
「ゆっくり動け」
「言われなくても」




