北部の門 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
巨大な円環が、岩山に埋まっていた。
直径は三十メートル以上あった。黒みがかった金属でできていた。
でも金属だけではなかった。岩と金属が一体化していた。溶け合っていた。
境目がなかった。人が造ったものとは思えなかった。
表面に紋様があった。
刻まれた紋様ではなかった。浮き出た紋様だった。岩肌から浮き上がっていた。
光っていた。
青白い光だった。
全体が光っていた。
そして、輪の中心が見えた。
開いていた。
完全には開いていなかった。でも、裂け目があった。
向こう側があった。向こう側の色が見えた。この世界の色ではない色だった。
空間が歪んでいた。
輪の周囲で、空間が波を打っていた。見ていると目が回った。
「これが」レイオンが言った。
言いかけて止まった。
「これが本体だ」バルゼディスが言った。静かな声だった。でも低かった。
「これほど活性化しているとは思わなかった」
「封印施設からここまで、随分距離があったな」エルクが言った。
「封印施設は門を遠くから囲む檻だ」バルゼディスが言った。
「本体に近づけば近づくほど、影響が強くなる。だから檻は離れた場所に複数設置されている。直接本体を封じることは、誰にもできなかった」
「できなかった、とは」
「これを造った者がいるとすれば」バルゼディスが言った。
「本体を封じる方法を知らなかったのかもしれない。あるいは——封じる必要がなかった時代があったのかもしれない」
「止められるか」エルクが言った。
「わからない」
「わからないか」
「今の段階ではな」バルゼディスが言った。「できることを考える」
門に近づいた。
近づくほど、《残響》が動いた。
声が来た。
無数の声が来た。
何百人分の声が来た。
でも今回は流せた。受け取らなかった。選んだ。
「来い」という声があった。
「来るな」という声もあった。
どちらも来た。
遺跡の奥に、人がいた。
黒い外套だった。
「あいつは」レイオンが言った。即座に剣を抜いた。
ノクトが振り返った。
「遅かったな」
「何をしている」リアが言った。剣に手をかけていた。
「止めようとしている」
「止める?お前が? 魔王軍が?」レイオンが言った。
「そうだ」
「意味がわからない」
「わかる必要はない」ノクトが言った。「結果だけ見ろ。私は今、この門を閉じようとしている」
「開こうとしていたんじゃないのか」エルクが言った。
「以前はそうだった。今は違う」ノクトが言った。
「何が変わった」
ノクトが少し間を置いた。
「時期ではない」
それだけだった。
「時期ではない?」エルクが言った。
「今開けば、制御できないものが来る」ノクトが言った。「私が求めているものではない何かが来る」
全員が黙った。
エルクはノクトを見た。
嘘をついているとは思えなかった。
「信用するのか」レイオンがエルクに言った。
「今は、目的が同じだ」エルクが言った。
その時、門が鳴った。
音ではなかった。
振動だった。
空間ごと振動した。
裂け目が広がった。
広がった裂け目から、何かが漏れ出た。
形がなかった。
形があった。
一瞬で変わった。
犬の形をした。次の瞬間、鳥の形になった。
また変わった。
人の形になりかけた。人の形で固まれなかった。
また別の形になった。
「何だあれは」レイオンが言った。
「門から漏れた存在だ」バルゼディスが言った。
「向こう側の何かがこちらへ来ようとして、上手く形を保てていない。形が安定していない存在だ」
一体だけではなかった。
裂け目から次々と出てきた。
形が不安定なまま、動いていた。動き方が読めなかった。形が変わるたびに移動方向が変わった。
「戦えるか」リアが言った。
「やるしかない」エルクが言った。
ノクトが前に出た。
黒い光が手に集まった。
「共闘で構わないか」ノクトが言った。
「構わない」エルクが言った。
「珍しいな」ノクトが言った。
「信用しているわけじゃない。今は同じ敵を向いている。それだけだ」
ノクトが少し笑った。
「それで十分だ」
戦いが始まった。
形の不安定な存在が来た。
リアが大剣を振った。
当たった。
でも消えなかった。
形が変わった。剣が抜けた場所とは別の場所に移動していた。
「斬れない」リアが言った。
「形が変わるたびに位置が変わる。追いかけるな。来るのを待て」バルゼディスが言った。
「来るのを待つのか」
「形が安定する瞬間があるはずだ。その瞬間に全力で叩け」
エルクは《残響》を使った。
形が不安定な存在の動きを追った。
難しかった。
記録がなかった。
こういう存在と戦った者の記録がなかった。
でも、形が安定する瞬間を感じることができた。
安定と不安定を繰り返していた。その周期があった。
「リア、今来る」
リアが構えた。
存在が来た。形が固まりかけた瞬間だった。
大剣が振り下ろされた。
当たった。
今度は消えなかった。
弾けた。光の粒になって消えた。
「その瞬間を狙え」エルクが言った。
「読めるか」レイオンが言った。
「少しだけ」
「わかった」
レイオンが次の一体に向かった。
ノクトが黒い光を撃った。
一体が止まった。形が固まった瞬間だった。
「今だ」エルクが言った。
レイオンが剣を入れた。消えた。
「連携できるな」ノクトが言った。
「意外か」エルクが言った。
「少しな」
戦いが続いた。
形の不安定な存在が次々と来た。《残響》で瞬間を読んで、全員で叩いた。
ノクトの火力が大きかった。一体を止める範囲が広かった。その瞬間に全員で叩いた。効率が上がった。
「覚えておけ」ノクトが言いながら撃った。「向こう側には、これより大きいものがいる」
「どのくらい大きい」
「まだ見えない」ノクトが言った。「だが感じる」
戦闘の最中、《残響》が別の何かを拾った。
意図していなかった。
でも来た。
過去だった。
古い過去だった。
この場所の過去だった。
誰かがここにいた。
剣を持った青年だった。
顔が見えなかった。光の角度が悪かった。逆光だった。
でも体格が見えた。
若かった。
剣を構えていた。
何かと戦っていた。
動き方が見えた。
速かった。
的確だった。
訓練された動きだった。
でも——その動き方が、どこかで見たものに似ていた。
戦い方の癖があった。
右足が先に出る癖があった。
大きく踏み込む前に、一度重心を後ろへ引く癖があった。
どこかで見た。
誰の動き方だったか。
名前が出てこなかった。
映像が消えた。
「エルク」リアが言った。
「来た。過去が見えた」エルクが答えた。
「どんな過去だ」
「ここで戦っていた者がいた。若かった。顔が見えなかった」
「それだけか」
「動き方が——」エルクが言いかけた。
また形の不安定な存在が来た。
「今だ」
全員が動いた。
考えることを一度止めた。
戦いに戻った。
でも頭の奥に、あの動き方が残っていた。
どこかで見た動き方が。
形の不安定な存在が減ってきた。
でも門は閉じていなかった。
裂け目が広がり続けていた。
バルゼディスが門を見ていた。
「まずいな」バルゼディスが言った。
全員が振り向いた。
「完全起動が始まる」
裂け目が大きくなっていた。
さっきより広くなっていた。
向こう側の色が強くなっていた。
空が割れた。
音がした。
世界が割れるような音がした。
光の柱が上がった。
空へ向かって、青白い光の柱が上がった。
「間に合わないのか」レイオンが言った。
バルゼディスが答えなかった。
門が鳴った。
低い音が続いた。
地面を伝って足の裏に届いた。
バルゼディスがもう一度言った。「完全起動が始まる」
エルクは門を見た。
《残響》が動いた。
裂け目の向こうから来た。
何かが来ようとしていた。
形の不安定な存在とは違った。
もっと大きかった。
もっと安定していた。
ゆっくりと、でも確実に、こちらへ向かっていた。
「来るぞ」エルクが言った。
全員が門を見た。
光が強くなった。




