北部の門 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
夜明け前に集まった。
王城の正門前だった。
空がまだ暗かった。星が出ていた。でも北の方向だけ、星が見えなかった。
光があった。青白い光の柱が、北の空を貫いていた。
昨夜からずっとあった。消えていなかった。
「行くか」エルクが言った。
「行く」リアが言った。
レイオンが鎧を着けていた。王の装備ではなかった。戦士の装備だった。
即位したばかりの王が、戦士の格好で北へ向かう。それがヴァルガンらしかった。
バルゼディスが来た。杖を持っていた。
「老体には堪える旅だが」バルゼディスが言った。
「私が行かねば意味がない」
エルクは少し思い出した。
「先生は後方で」ミレナンがいたら言っていたかもしれない。でも今はいなかった。
また会える、と思っていた。
出発前に、ガルゴンが来た。
城内から来た。歩いて来た。
右腕がなかった。包帯が見えていた。医師に止められているはずだった。
「父上、来なくていい」レイオンが言った。
「見送りに来た。何が悪い」ガルゴンが言った。
レイオンが黙った。
ガルゴンが前に出た。レイオンの前に立った。
左手だけだった。それでも、肩に手を置いた。
「戻って来い」
それだけだった。
レイオンが頷いた。「必ず」
「余はここで待つ」ガルゴンが言った。「お前が帰ってくるまで、ここにいる」
「それは前王として言っているのか、父として言っているのか」
「両方だ」
レイオンが少し笑った。
ガルゴンも笑った。
エルク、リア、バルゼディス、そして、レイオン
四人が歩き出した。
城門を抜けた。
北への道が続いていた。
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道は、見覚えがあった。
「同じ道だな」レイオンが言った。
「前に来た道だ」エルクが言った。
第三軍と戦い、ルシラと初めて対峙した封印施設へ向かった道だった。
あの時はゴルゴンナックと戦い、シュウとフレイナが重傷を負った。
あの戦いの記憶が、まだ道のあちこちに残っていた。
戦争の跡が続いていた。
北へ進むほど、それは濃くなった。
焼けた農地があった。収穫前だったはずの作物が、炎で焦げていた。
建物の残骸があった。石造りの壁だけが残って、屋根が落ちていた。
道の脇に、仮の墓標が並んでいた。
木の杭だった。
名前が彫られているものもあった。彫られていないものもあった。
避難民がいた。
南へ向かって歩いていた。子供を連れた女がいた。
荷物を背負った老人がいた。誰も振り返らなかった。南へ向かって歩いていた。
「これが戦争の終わりか」リアが言った。
小さい声だった。
「終わりではない」レイオンが言った。
リアが振り返った。
「終わりではない」レイオンが繰り返した。
「始まりだ。ここから建て直す。建て直すための戦いが続く」
レイオンの目が違った。
昨日までと少し違った。
「だから二度と負けられない」
一言だった。
でも王の言葉だった。
エルクはそれを聞いていた。
昨日城壁の上で「父上みたいになれるか」と言っていた男と、同じ人間とは思えなかった。
一日で変わるものだ、と思った。
いや。
昨日から続いて、今日になったのだ。
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封印施設が見えてきた。
ルシラと戦った場所だった。
崩れた石柱が、まだそのままだった。修復が始まっていなかった。
優先順位がなかった。戦争の方が先だった。
「ここからだ」バルゼディスが北を指した。
封印施設よりもさらに奥、岩山が見えた。
霧が薄くなって、初めて見えるようになっていた。
光の柱を見た。
「封印が意味をなさなくなっている。本体が直接動いている」
エルクは《残響》を絞った。
感じる方向が変わっていた。
以前、調査の時も門を見たはずだ。
今は違った。
もっと奥から来ていた。
門の反応は岩山そのものから来ていた。
「説明しておく」
バルゼディスが歩きながら言った。
「北部の門について、わかったことがある」
「聞く」エルクが言った。
「エルナトの門は、古代文明が造った装置だった。記録があった。建造の痕跡があった。人の手が加わった跡があった」バルゼディスが続けた。「だが北部の門は違う」
「違うとは」
「人工物ではない」バルゼディスが言った。
「岩山の最深部に埋まっている。地層と一体化している。地質を調べると、門と岩山が同じ年代のものだ。つまり——」
「門が先にあった」エルクが言った。
「そうだ。岩山より門が古い可能性がある。あるいは同時に生まれた」
「世界と一緒に生まれたということか」
「その可能性がある」バルゼディスが言った。
「誰かが造ったのではない。世界そのものに開いた傷のようなものかもしれない」
「傷」
「世界と世界の境界線に、穴が開いている。そう考えた方が正確かもしれない」
エルクは歩きながら考えた。
アルテフェインは「門は世界と世界の境界線だ」と言っていた。
バルゼディスは「世界に開いた傷」と言った。
どちらも、誰かが造ったものではなかった。
「なぜ存在するのかが問題だ」バルゼディスが言った。
「誰が造ったかではない。なぜ世界に傷が開くのか。それが問題だ」
エルクには答えがなかった。
《残響》が微かに動いた。
確かに来た。
何かが待っていた。
崩れた石柱の間を歩いた。
その先に、道があった。
整備されていなかった。岩場を抜ける道だった。
「ここからが本番だ。岩山の内部に入る。道は険しい」バルゼディスが言った。
「先生は大丈夫か」レイオンが言った。
「老体だが、まだ歩ける」バルゼディスが杖を突いた。
「お前たちより先に音を上げたら、置いていけ」
「置いていかないさ」
「冗談だ」バルゼディスが少し笑った。
道が細くなった。両側が切り立った岩壁になった。風が強くなった。吹雪が舞い込んできた。
「以前来た時より、寒いな」リアが言った。
「門が近いほど、気温が下がる」バルゼディスが言った。「魔力の影響だ。」
「アルテフェインが言っていた」エルクが言った。
「門の周辺は世界の境界が薄くなっている。境界が薄いほど、別の世界線の影響を受けやすい」
「その通りだ」
岩場を進み続けた。
道がさらに狭くなった。
《残響》が強くなっていった。
声が増えていった。
無数の声が来ていた。最初は遠かった。今は近かった。
「聞こえるか」リアが言った。
「聞こえる。前より強い」エルクが言った。
「制御できるか」
「やってみる」




