軍務卿と若き王 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
翌日、ライディスが来た。
ヴァルガン王城の一室に、机が置かれた。
戦後協議だった。
ヴァルガン側からレイオンとバルゼディスが出た。レグルス側からライディスが来た。エルクとリアも同席した。
ライディスは書類を持ってきていた。
薄くなかった。
厚かった。
机の上に置いた。整理して並べた。
「戦死者の数を確認したい」ライディスが言った。
「ヴァルガン軍、レグルス軍、それぞれの数字を合わせる」
「なぜ合わせる」レイオンが言った。警戒していた。
「補給の計算に必要だ。戦力が減れば補給の量も変わる。正確な数字がなければ計算できない」
「補給の話がしたいのか」
「補給と復興だ。戦争が終わった後の話をしに来た」ライディスが言った。
レイオンが少し力を抜いた。
「レグルスとヴァルガンは対魔王軍においては同盟国だ。」ライディスが言った。
「これは国の話だ、今はレグルスとして仕事をさせてもらう。」
バルゼディスが「続けろ」と言った。
ライディスが話し始めた。
数字の話だった。
戦死者の数。負傷者の数。失われた物資の量。焼けた農地の面積。避難した民の数。食料の備蓄がどのくらい残っているか。医療物資がどこに何個あるか。
膨大だった。
でもライディスは止まらなかった。
書類を次々めくって、数字を読み上げた。確認した。修正した。また次の書類に移った。
エルクはそれを見ていた。
感情がなかった。
数字を読む顔に、感情がなかった。でも止まらなかった。疲れている様子もなかった。ただ淡々と処理していた。
「よくそんな数字ばかり見てられるな」
エルクが言った。
会議の空気から少し外れた言葉だった。
ライディスが止まった。
少し沈黙があった。
「数字を見なければ…死者はもっと増える」ライディスが言った。
珍しかった。
感情のない声だった。いつもと同じ声だった。でも何かが混じっていた。
会議が続いた。
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協議が終わったのは昼過ぎだった。
廊下を歩いていた。
ライディスが書類を抱えて歩いていた。エルクが後から来た。
「少しいいか」エルクが言った。
ライディスが止まった。振り返った。
「何だ」
「さっきの話の続きだ」エルクが言った。
「数字を見なければ死者が増える、と言った。それはわかる。でも、お前が数字で見ている人間は、一人一人別の人間だ」
「知っている」
「知っていてなぜ数字で見る」
ライディスが少し間を置いた。
廊下に人がいなかった。
「一人一人として見れば。判断が遅くなる。判断が遅くなれば、別の誰かが死ぬ。それだけだ」ライディスが言った。
「それで割り切れるのか」
「割り切れない」
エルクが止まった。
「割り切れないが、動く」ライディスが続けた。
「感情を持てば止まる。止まれば守れない。だから感情を信じない。三十年かけてそう決めた」
「三十年か」
「お前には余計なことか」
「そうでもない。三十年前に何があった」エルクが言った。
ライディスが少し止まった。
それから歩き始めた。
エルクも並んで歩いた。
「故郷があった」ライディスが言った。
「小さな村だった。北方の、山沿いの村だった。三千人ほどが住んでいた。農業と牧畜で生きていた」
「それが」
「魔王軍が来た」ライディスが言った。
「俺が王都に出ている間に来た。帰った時には、もうなかった。建物の残骸があった。土が焦げていた。生き残ったのは四十人だった」
「家族は」
「弟は死んだ」
歩き続けた。
「弟は七歳だった」ライディスが言った。
「俺が唯一の肉親として育てていた。帰った時、残骸の中にいた」
「それで」
「だから止まれない。感情を持てば弟を思い出す。弟を思い出せば動けなくなる。だから感情を信じない。計算だけで動く。それが俺のやり方だ」ライディスが言った。
「それでも人は数字じゃない」
エルクが言った。
ライディスが止まった。
振り返った。
「ガルゴン王みたいなことを言うな」
ライディスが言った。
初めてだった。
敵意がなかった。
皮肉でもなかった。
ただ言った。
それだけだった。
「言われたか」
「何度も。あの王には、会うたびに同じことを言われた気がする」ライディスが言った。
「そうか」
「戦場で。対峙したことがある。でも戦いにはならなかった」
「なぜ」
「お互いに目的が同じだったからだ。魔族を倒し、民を守る。」
ライディスが歩き出した。
「今もそうだ。今は同じ方向を向いている。表面上だ。それだけだ」ライディスが言った。
廊下を歩いていった。
エルクはその背中を見た。
追わなかった。
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大広間に、全員が集まった。
将軍がいた。貴族がいた。兵士の代表がいた。リブラがいた。召喚者たちもいた。ケンがいた。ジェイドがいた。ユウがいた。エルクとリアもいた。ライディスも端に立っていた。
扉が開いた。
ガルゴン王が入ってきた。
右腕がなかった。
包帯が巻かれていた。左腕だけだった。歩いていた。ゆっくりだったが、歩いていた。
全員が起立した。
声を出す者がいなかった。
ガルゴン王が前に立った。
全員を見渡した。
「余は退く」
静かだった。
大広間が静まり返った。
誰も動かなかった。
「戦士王と呼ばれてきた」ガルゴン王が言った。
「戦えなくなった戦士は、退くべきだ。それがヴァルガンの流儀だ」
ガルゴン王が手を上げた。左手だった。
「レイオン」
ガルゴン王が呼んだ。
レイオンが前に出た。
昨日の夜とは顔が違った。緊張していた。でも別の緊張だった。怖れではなかった。
ガルゴン王がレイオンを見た。
「これより先、ヴァルガンを率いるのはこの男だ」
大広間がざわめいた。
全員がレイオンを見た。
レイオンは全員の視線を受けていた。
深く息を吸った。
「俺は父上ほど強くない」
正直に言った。
ざわめきが大きくなった。
でもレイオンは続けた。
「父上みたいな王には、なれないだろう。なろうとしても無理だ」
沈黙が来た。
「だが逃げない」
レイオンが言った。
「ヴァルガンのために戦う。民の前に立つ。それだけは誓える」
沈黙があった。
長い沈黙があった。
それから、端の方から声が来た。
一人が叫んだ。
隣が続いた。
連鎖した。
大広間に声が満ちた。
「レイオン王」
誰かが言った。
「レイオン王」
また言った。
「レイオン王」
繰り返した。
ガルゴン王が息子を見た。
笑っていた。
誇らしそうではなかった。
安心した顔をしていた。
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その夜だった。
王城の北側に、監視兵がいた。
北部の方向を見ていた。
定期的に確認していた。
その監視兵が叫んだ。
「異変です」
走った。
走りながら叫んだ。
「北部、異変発生。空間の歪みが確認されました。魔力反応が急上昇しています」
城内が動いた。
バルゼディスが外に出た。北の空を見た。その顔が変わった。
アルテフェインからの通信が来た。
魔導報の結晶が光った。
バルゼディスが受け取った。
内容を聞いた。
「まずい」
バルゼディスが言った。
「門が目覚める」
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エルクとリアは城壁の上にいた。
北の空を見ていた。
《残響》が動いた。
今まで感じたことのない感触だった。
遠かった。
でも確かに来た。
映像だった。
門があった。
巨大な門があった。
その向こう側に、誰かがいた。
光があって、よく見えなかった。
でも輪郭があった。
背中があった。
立っている者の背中があった。
勇者だった。
いや。
違った。
勇者だったかもしれない者の背中だった。
振り向こうとしていた。
「エルク」
リアの声が来た。
映像が途切れた。
北の空に、光の柱が立っていた。
一本ではなかった。
複数あった。
青白い光の柱が、夜空を貫いていた。
ヴァルガン北部の門だった。
戦争が終わった。
ゼルガドを倒した。
でも光は消えなかった。
門はまだそこにあった。
「戦争が終わったのに、門は止まっていない」エルクが言った。
「そうか」リアが言った。
「まだ終わっていない」
リアが北の空を見た。光が揺れていた。
「わかっていた」リアが言った。
「俺も」エルクが言った。
その時、後ろからバルゼディスの声が来た。
「始まった!完全活性化だ」
バルゼディスはエルクとリアの元へ走ってきた。
エルクは空を見た。
門は目覚めていた。
「行くしかない」エルクが言った。
リアが隣で言った。
「そうだな」
光の柱が、夜の空に伸び続けていた。




