軍務卿と若き王 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
朝だった。
戦場だった場所に、朝が来ていた。
霧が出ていた。低い霧が地面を這っていた。霧の中に、昨日まで戦っていた場所があった。
折れた槍があった。
壊れた鎧があった。
焼けた地面があった。
亀裂の入った石畳があった。黒く焦げた土があった。
ゼルガドの炎が焼いた跡だった。消えていなかった。
その部分だけ溶けていた。まだ熱があった。
人が並んでいた。
動かない人が並んでいた。
ヴァルガンの兵士たちだった。レグルスの兵士も混ざっていた。
どちらも同じように並んでいた。
同じように動かなかった。
ケンが動いていた。
負傷者を担いで、医療施設へ運んでいた。一人運んで、また戻ってきた。また担いだ。また運んだ。無言でやっていた。
ジェイドが瓦礫を片付けていた。
素手で持ち上げていた。普段なら何か言った。冗談を言った。でも今日は何も言わなかった。黙って持ち上げて、黙って運んだ。
ユウが水を配っていた。
負傷者に水を渡しながら歩いていた。笑っていなかった。笑えなかった。水を渡した人間の目を見ていた。その目を見るたびに、少し表情が変わった。
エルクは戦場の端に立っていた。
全体を見ていた。
「勝ったはずなのに」エルクは呟いた。
誰も喜んでいなかった。
歓声がなかった。
抱き合っている者がいなかった。
みんなが黙って動いていた。必要なことをやっていた。それだけだった。
リアが隣に来た。
同じ景色を見た。
「レグルスで初めて戦場に出た後と同じだ。あの時も、こういう場所だった」リアが言った。
「慣れるものではないな」
「慣れてはいけないものだ」
二人で立っていた。
霧が動いた。
風が来た。
折れた槍が揺れた。
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王城に、将軍たちが集まっていた。
ガルゴン王が横になっていた。
寝台の上だった。右腕の処置が終わっていた。肩から先がなかった。包帯が巻かれていた。顔が白かった。でも目が開いていた。
医師がいた。将軍が三人いた。
「陛下。まだ王でいてください。今ヴァルガンには陛下が必要です」将軍の一人が言った。
「そうです」別の将軍が言った。
「右腕を失っても、陛下の言葉があれば兵士たちは動きます」
ガルゴン王は聞いていた。
全部聞いた。
それから首を振った。
「余は戦士だ」
静かな声だった。
「戦えぬ戦士は退くべきだ」
将軍たちが黙った。
「右腕がなければ戦えない、とは言っていない」ガルゴン王が続けた。
「だが昨日の戦いで、余は限界まで戦った。それがわかった。ヴァルガンにはこれから先も戦いがある。その時に、余より強い者が前に立つべきだ」
「しかし陛下——」
「レイオンがいる」ガルゴン王が言った。
扉の外から音がした。
レイオンが入ってきた。
話を聞いていた。顔が固まっていた。
「父上。」レイオンが言った。「俺は——」
レイオンの言葉を遮りガルゴン王が言った。
「お前が王になる時が来た。余が退くからではない。お前が立てるようになったからだ」
レイオンが黙った。
何か言おうとした。
言えなかった。
将軍たちも黙っていた。
医師が窓の外を見ていた。朝の光が入っていた。
「昨日の戦場で、お前の顔が変わった。気づいたか」ガルゴン王が言った。
レイオンが首を振った。
「変わっていた」ガルゴン王が言った。「余はわかる。戦士が戦士になる瞬間がある。王が王になる瞬間がある。お前は昨日、その瞬間を超えた」
「そんな実感はない」
「実感はなくていい。周りが見ればわかる」ガルゴン王が言った。
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レイオンが医療施設の廊下を歩いていた。
足が重かった。
頭の中に父の言葉があった。お前が王になる時が来た。その言葉がずっと残っていた。
廊下の扉が開いた。
フレイナだった。
包帯を巻いたまま、廊下に出てきていた。胸の傷はまだ深かった。医師に止められているはずだった。
でも出てきていた。
「フレイナ。動いていいのか」レイオンが言った。
「少しだけなら。ずっと寝ているのも限度がある」フレイナが言った。
壁に手をついて立っていた。
顔が白かった。でも目がはっきりしていた。
「聞こえていたわ。ガルゴン陛下の話」フレイナが言った。
「盗み聞きか」
「廊下まで聞こえていた。声が大きいのよ、あの方は」フレイナが言った。
レイオンが苦笑した。「そうだな」
しばらく、二人で廊下に立っていた。
「怖いか」フレイナが言った。
「怖い。正直に言うと、非常に怖い」レイオンが即答した。
「そう」
「お前はどう思う。俺が王になれると思うか」レイオンが聞いた。
フレイナが少し間を置いた。
「なれる、とは言わない」
「そうか」
「でも」フレイナが続けた。
「戦場で、あなたの背中を見ていた。」
「あの時は動けなかった。動けなくて、お前が——」
「そういうことじゃない」フレイナが言った。
「みんなのために動こうとしていた。それが見えた。それで十分よ」
レイオンが黙った。
「王子でいる間は、私が護衛だった、教育係もね」フレイナが言った。
「王になってからも、隣にいる。それは変わらない」
「怪我が治ってからな」
「治ったら剣の稽古を再開する」フレイナが言った。
「稽古か」
「王になるなら、もっと強くなる必要があるでしょう」
レイオンが笑った。
「お前はすぐそういう話にする」
「そういう話しかできないから」フレイナが言った。少しだけ、口元が動いた。
「行きなさい。考えすぎると動けなくなるわよ」
「そうだな」
レイオンが歩き出した。
廊下を抜けた先の扉へ向かった。
振り返った。
フレイナが壁に手をついたまま、立っていた。
「ありがとう」レイオンが言った。
フレイナが頷いた。
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夜になった。
城壁の上に、レイオンが一人でいた。
北の方向を見ていた。
遠くに光があった。門の光だった。消えていなかった。戦争が終わっても、あの光は消えていなかった。
足音がした。
エルクが来た。
リアが来た。
ケンが来た。
ジェイドが来た。
ユウが来た。
誰も声をかけ合っていなかった。でも自然と集まっていた。
「父上みたいな王になれると思うか」
レイオンが言った。
誰かに聞いたのではなかった。独り言のようだった。でも全員に届いていた。
誰も答えなかった。
しばらく沈黙があった。
「無理だろ」
エルクが言った。
レイオンが固まった。
将軍でも家臣でもないエルクが、真顔で言った。
「ガルゴン王はガルゴン王だ」エルクが続けた。
「五十年生きて、五十年戦って、あの背中になった。お前がどれだけ頑張っても、ガルゴン王にはなれない」
レイオンが何かを言おうとした。
「でもお前はお前だろ」エルクが言った。
レイオンが止まった。
「昨日のお前の顔を見ていた。戦いながら何かを決めていた。あれはお前自身のものだ。ガルゴン王の真似じゃなかった」
リアが続けた。
「王に必要なのは真似ではない」
「じゃあ何だ」レイオンが言った。
「覚悟よ。真似では覚悟は生まれない」リアが言った。
ケンが腕を組んだ。「昔、先輩に言われた言葉がある。お前はお前のやり方で誰かを助ければいい」
「また消防士の話か」
「王でも同じだと思う」
ジェイドが言った。
「俺は真似が嫌いだ。強い奴の真似をするより、自分が強くなった方がいい。それだけだ」
ユウが笑った。今日初めて笑った。
「レイオンさん、みんながそう言ってるんだから、そういうことですよ」
レイオンが全員を見た。
少し笑った。
重たかった何かが、少し軽くなった顔をした。
「お前たち、なんで城壁の上にいるんだ」
「なんとなく」エルクが言った。
「なんとなく来るな」
「お前が一人でいたからだ」
「なんだそれ。まあいい。ありがとう」レイオンが笑った。
北の光が揺れていた。
全員でそれを見ていた。




