鋼鉄の王 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
レイオンが前線で戦いながら、父を見ていた。
ゼルガドの攻撃を受けながら立っていた。鎧が砕けていた。血が出ていた。それでも誇り高く立っていた。
「あれが親父か」レイオンが言った。
独り言だった。
エルクが隣に来た。
「幼い頃から見てきた。訓練場でも城壁の上でも見てきた。でも」
レイオンの目が変わった。
「あんな顔をしているのは初めて見た」
「どんな顔だ」エルクが聞いた。
「楽しそうだ」レイオンが言った。「死にかけているのに、楽しそうだ」
「そういう人間なんだろ、お前の父上は」
「そうだな」レイオンが少し笑った。
「王とは何か、ずっと考えてきた。力だと思っていた。知略だと思っていた。でも」
剣を握り直した。
「あの背中を見ていたら、わかった気がする」
「いつか俺もあそこに立つ」
独り言だった。
でもはっきりと言った。
「父上の後ろにいるんじゃなく、民の前に立つ」
エルクはレイオンを見た。
さっきまでと少し違う顔をしていた。
若い剣士の顔ではなかった。
王になろうとしている者の顔だった。
「行くぞ」レイオンが言った。
「ああ」
ゼルガドが全魔力を解放した。
予兆があった。
炎が消えた。
戦場全体に漂っていた熱気が、一点に集まった。
ゼルガドの炎剣に集まった。
剣が燃えた。炎が剣の形を超えた。剣の周囲に炎の柱が立った。高さが十メートルを超えた。
「全魔力解放だ。全員下がれ。範囲外へ出ろ」」バルゼディスが叫んだ。
兵士たちが動いた。
ガルゴン王は動かなかった。
一歩も下がらなかった。
ゼルガドを見ていた。
「来い」ガルゴン王が言った。
戦斧を両手で持ち直した。
体の重心を落とした。
右足を前へ出した。
全軍が見ていた。
誰も動かなかった。
動けなかった。
見ていた。
ゼルガドが踏み込んだ。
炎剣が空を切った。
その軌跡に炎が残った。
ガルゴン王が踏み込んだ。
戦斧を振り上げた。
二つが激突した。
炎と鋼が激突した。
閃光が来た。
衝撃波が来た。
全員が吹き飛んだ。
エルクも吹き飛んだ。地面を転がった。
止まった。
顔を上げた。
何も見えなかった。
煙が広がっていた。
炎が散っていた。
光が残っていた。
だんだん煙が晴れていった。
ゼルガドがいた。
膝をついていた。
胸に亀裂が入っていた。縦に大きな亀裂が入っていた。黒い鎧が割れていた。その中から、赤い光が漏れていた。魔力が漏れていた。
大剣が地面に刺さっていた。
ゼルガドは大剣に手をかけていた。引き抜こうとしていた。動かなかった。
「見事だ」
ゼルガドが言った。
笑っていた。
今までは余裕の笑いだった。でも今回は違った。認めている笑いだった。
「人間の王に、こんな傷をもらうとは」
大剣から手を離した。
立とうとした。
立てなかった。
膝が地面に沈んだ。
倒れた。
巨大な体が、ゆっくりと倒れた。
地面が揺れた。
炎が消えた。
「見事だ」
もう一度言った。
それが最後だった。
動かなくなった。
紅蓮のゼルガド、魔王軍第一軍団長。
戦場に倒れた。
「陛下」
誰かが叫んだ。
視線が動いた。
煙の向こうに、ガルゴン王がいた。
立っていなかった。
片膝をついていた。
戦斧が地面に刺さっていた。その戦斧に左手をかけて、体を支えていた。
右腕があった場所に、それはなかった。
肩から先がなかった。
焼けた跡があった。
ゼルガドの最後の炎が焼いていた。
「陛下」
別の誰かが叫んだ。駆け寄った者がいた。
ガルゴン王が顔を上げた。
戦場を見た。
兵士たちを見た。
「泣くな」
言った。
「勝っただろう」
誰も動けなかった。
「泣いてどうする」ガルゴン王が言った。声が弱かった。でもはっきり言った。
「余は倒れていない。膝をついているだけだ」
誰かが笑った。
泣きながら笑った。
また誰かが笑った。
また誰かが笑った。
連鎖した。
笑い声が広がった。
レイオンが走っていた。
ガルゴン王のそばへ来た。
膝をついた。
父の顔を見た。
「父上」
「お前まで泣くか」ガルゴン王が言った。
「泣いていない」
「目が赤い」
「砂が入った」
「そうか。砂が多かったな、今日は」ガルゴン王が言った。
レイオンが父の左腕を支えた。
立ち上がろうとするのを支えた。
ガルゴン王が立った。
両足で立った。
右腕がなかった。それでも立った。
兵士たちから声が上がった。
歓声だった。
ルシラが戦場を見ていた。
ゼルガドが倒れていた。
第一軍が乱れていた。
指揮系統がなくなった第一軍は、動きを失っていた。
「惜しいわね」ルシラが言った。
杖を下げた。
第二軍に後退の合図を送った。
魔術師たちが動いた。
「研究対象も見つかったのに」
エルクを見た。
エルクがルシラを見た。
「また来るわ」ルシラが言った。
「来るな」
「そうはいかないのよぉ。あなたに聞きたいことが増えたから」ルシラが言った。
転移魔法陣が展開した。
ルシラが消えた。
第二軍が消えた。
紫の光が消えた。
第一軍の残存部隊が後退した。
戦場から魔王軍が引いていった。
戦場が静かになった。
吹雪が戻ってきた。
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夜になった。
野戦病院が設営されていた。
ガルゴン王が横になっていた。
右腕の処置が終わっていた。魔導師が止血を行っていた。意識はあった。でも弱かった。
レイオンが傍にいた。
立っていた。座れなかった。座ったら動けなくなる気がした。
「レイオン」
ガルゴン王が言った。
「ここにいる」
「座れ。立ったままでは疲れる」
「疲れていない」
「嘘をつくな」
レイオンが椅子を引いた。座った。
「父上」
「何だ」
「次はお前だ、と言おうとしているだろう」レイオンが先に言った。
ガルゴン王が少し目を細めた。「読まれたか」
「今日ずっと考えていた。王とは何かを」
「わかったか」
「わからない。でも、一つだけわかった」レイオンが言った。
「何がわかった」
「父上の背中を見て、立てた」
ガルゴン王が少し黙った。
「余の背中か」
「そうだ。あの背中があったから、また前へ出られた」
ガルゴン王が言った。
「王とは」
静かな声だった。
弱い声だった。でも届いた。
「民より先に死なぬ者だ」
レイオンが聞いた。
「それだけか」
「それだけだ」ガルゴン王が言った。
「難しいことは何もない。民が生きている限り、王は先に死なない。死ななければ、民を守れる。それだけだ」
目を閉じた。
「次はお前だ」
「まだ父上がいる」
「いる。でも次はお前が前に立つ。余は後ろで見ている」
「嫌だ」
「嫌でも…」ガルゴン王が言った。「お前の背中を、誰かが見るようになる。その時のために、今日のことを覚えておけ」
レイオンが答えなかった。
代わりに、頷いた。




