開戦 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
ガルゴン王が戦斧を構えた。
正面から持った。
右足を前に出した。
重心が落ちた。
ゼルガドが大剣を肩から下ろした。
構えた。
炎が大きくなった。
地面が熱くなった。
周囲の雪が溶けていた。
「遅いぞ」ガルゴン王が言った。
ゼルガドが少し止まった。
「遅い?」
「待ちくたびれた」ガルゴン王が言った。「やっと来たか」
ゼルガドが笑った。
「面白い」
「面白い王がいてよかっただろ」
「確かに」
ゼルガドの炎が一気に上がった。
大剣が燃えた。炎が剣の形から溢れた。熱波が来た。
ガルゴン王が踏み込んだ。
同時だった。
二人が同時に動いた。
ゼルガドの大剣が来た。
ガルゴン王の戦斧が来た。
激突した。
轟音が来た。
衝撃波が走った。
地面が割れた。
周囲の兵士たちが吹き飛んだ。
エルクも体が揺れた。足を踏ん張った。
煙が広がった。
炎が散った。
二人がいた。
どちらも動いていた。
どちらも倒れていなかった。
「始まったな」リアが言った。
「ああ」エルクが言った。
戦場全体が揺れ続けていた。
炎と鋼が激突した衝撃波が、戦場全体に広がっていた。
ガルゴン王とゼルガドが戦場の中央にいた。
周囲の兵士たちが近寄れなかった。
ガルゴン王の戦斧とゼルガドの炎剣が交わるたびに、地面が割れた。石畳が砕けた。衝撃波が同心円状に広がった。十メートル以内にいた者が吹き飛んだ。
エルクは三十メートル離れた場所にいた。
それでも熱かった。
ゼルガドの炎が、この距離まで届いていた。
「あれ人間の戦いじゃないぞ」レイオンが言った。普段なら笑いながら言う言葉だった。今は真顔だった。
「王は昔からああなのか」エルクが言った。
「そうだ」レイオンが言った。少し誇らしそうだった。
「物心ついた頃からあの背中を見てきた」
ガルゴン王が踏み込んだ。戦斧を上から叩き込んだ。
ゼルガドが受けた。炎剣が弾いた。でもガルゴン王は後退しなかった。
押した。押し返した。
また踏み込んだ。
ゼルガドが初めて後退した。
一歩だけだったが、後退した。
「良い」ゼルガドが言った。感情なく言った。
炎が大きくなった。
ゼルガドが押し返した。
今度はガルゴン王が後退した。
二人が向き合った。
この二人に近づける者がいなかった。
戦場の中央に、誰も入れない空間ができていた。
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その外側で、戦争が続いていた。
第一軍の精鋭が来ていた。
異形騎士が前線を突き崩していた。魔族の重装兵が盾を持って押してきた。炎獣が野営地を焼いていた。
エルクは《残響》を使いながら戦場全体を読んでいた。
「右翼、突破される。三十秒以内に後退させろ」
伝令が走った。
「中央、左の魔族重装兵が集まっている。そこを先に崩せ」
レイオンが動いた。
「リア、左翼の炎獣を頼む。あそこが抜けると後方が」
「わかった」リアが走った。
《残響》が疲弊していた。使い続けると頭が重くなった。でも止められなかった。止めれば戦線が崩れる感触があった。
「ケン、北東に負傷者が溜まっている。孤立する前に動かせ」
「わかった」ケンが動いた。
ジェイドが左翼で暴れていた。魔族の重装兵を相手に素手で戦っていた。
鎧に籠手を叩き込んでいた。傷がついた。もう一度叩いた。亀裂が入った。もう一度。割れた。中身に拳を入れた。魔族が倒れた。
「これだ」ジェイドが言った。
「鎧の継ぎ目を狙えば素手でも入る」
周囲のヴァルガン兵が同じことをした。
戦線が少し押し返された。
ユウが後方を走っていた。
「東から迂回部隊が来ています。数は五十ほど。十分で到達します」ユウが叫んだ。
「ライディス」エルクが叫んだ。
「見えている」ライディスが風魔法を展開した。
レグルスの魔導兵が右翼に展開した。迂回部隊を横から叩いた。
戦線は保っていた。
辛うじて保っていた。
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空が変わった。
最初に気づいたのはエルクだった。
《残響》が反応した。
上から来た。
「上だ」エルクが叫んだ。
「全員上を見ろ」
全員が上を見た。
巨大な魔法陣があった。
吹雪の上空に、紫と黒が混ざった巨大な魔法陣が展開していた。複数の輪が重なっていた。紋様が走っていた。星門神殿で見た転移魔法とは桁が違った。
「なんだあれは」誰かが言った。
「転移魔法だ!」バルゼディスが叫んだ。遠くから来た声だった。
「大規模だ。見たことがない規模だ!」
「まさか」レイオンが言った。
ガルゴン王が空を見た。
ゼルガドとの戦いの最中だったが、一瞬だけ空を見た。その目が変わった。
魔法陣から人が降ってきた。
黒衣だった。
一人ではなかった。
百人以上が降ってきた。杖を持った魔術師たちだった。整然と散った。包囲する形を取った。
最後に、浮遊する円盤が降りてきた。
黒と紫の円盤だった。直径十メートルはあった。その上に、一人が立っていた。
長い黒髪だった。
紫の瞳だった。
漆黒のドレスを着ていた。
「久しぶりね、人間たち」
ルシラが言った。
笑っていた。
エルクは息を止めた。
北方山脈の封印施設で戦った相手だった。翼を傷つけて撤退させた相手だった。
その傷は塞がっていた。
「今回は研究だけではないのよ」ルシラが言った。円盤の上から戦場を見渡した。
「ちゃんと戦争をしに来たわ」
笑顔だった。
でもその目は笑っていなかった。
「ルシラ」リアが言った。剣を握り直した。
「あらぁ、覚えていてくれたの。嬉しいわ」ルシラが言った。
杖が掲げられた。
ルシラの杖だった。
細い杖だった。でもその先端に、紫の光が集まった。
第二軍の魔術師たちが同時に詠唱を始めた。百人以上が同時に唱えた。声が重なった。空気が変わった。
「まずい!」バルゼディスが叫んだ。
「全員伏せろ!」
誰も聞こえなかった。
聞こえたとしても、伏せる時間がなかった。
空が紫に染まった。
魔導砲撃が来た。
一発ではなかった。
無数だった。
火炎が来た。爆発した。雷撃が来た。地面を走った。重力魔法が来た。
兵士が地面に張り付いた。巨大な岩が空から降ってきた。
全部が同時だった。
戦場が爆発した。
エルクは横に跳んだ。火炎が来た。すれ違った。地面に転がった。雷撃が右を走った。
起き上がった。また来た。
また跳んだ。
リアが大剣を盾にして火炎を弾いていた。
「多すぎる」リアが叫んだ。
「わかってる」エルクが叫んだ。
《残響》を使った。どこが来るか読もうとした。
多すぎた。
無数の魔法が同時に来ていた。全部は読めなかった。いくつかが見えた。
「リア右」
リアが右へ跳んだ。重力魔法が来た場所をすり抜けた。
「レイオン左後方」
レイオンが跳んだ。岩が落ちた場所を外れた。
「ジェイド伏せろ」
ジェイドが伏せた。雷撃が頭上を走った。
「ケン後退。今すぐ」
ケンが後退した。火炎が着弾した。ケンのいた場所が燃えた。
砲撃が続いた。




