魔獣の森 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
木が倒れる音がした。
一本ではなかった。
次々と倒れていた。遠くから順番に、こちらへ向かって倒れていた。何かが森をなぎ倒しながら進んでいた。
地面が揺れた。
一定のリズムだった。
足音だった。
「おいおい」シュウが言った。「冗談だろ」
誰も笑わなかった。
吹雪の向こうに、影があった。
木々より高かった。
木々より大きかった。
木が折れた。雪が崩れた。影が見えた。
頭が獅子の形をしていた。牙が竜のものだった。腕が熊のものだった。黒い甲殻が全身を覆っていた。背中から骨の棘が生えていた。赤い目が複数あった。どれが本当の目なのかわからなかった。
一つの生き物だった。
でも複数の魔獣を無理やり混ぜ合わせたような形をしていた。
「何だあれは」レイオンが言った。
「第三軍幹部だ」バルゼディスが言った。
「ゴルゴンナック。魔王軍の中でも最大級の個体だ」
「知っているのか」レイオンが言った。
「記録で見たことがある。実物は初めてだ」
口が開いた。
「喰ウ…」
それだけ言った。
突進してきた。
レイオンが前に出た。
剣を構えた。来たと思った瞬間には、もう目の前にいた。速かった。大きさの割に速すぎた。
剣を振った。
弾かれた。
手が痺れた。
「硬い」レイオンが言いながら後退した。吹き飛ぶ前に跳んで距離を取った。
フレイナが左から槍を投げた。
甲殻に刺さらなかった。
跳ね返った。
「嘘だろ」フレイナが言った。
リアが正面から走り込んだ。大剣を全力で振った。
甲殻に傷がついた。
ついたが、浅かった。
ゴルゴンナックは止まらなかった。
リアが横へ跳んだ。ゴルゴンナックの腕がリアの直前の地面を叩いた。石畳が砕けた。岩が砕けた。雪が巻き上がった。
「シュウ!何か武器を増やせ」エルクが言った。
「やってみる」シュウが答えた。「でも刺さらなかったら意味がないぜ」
「やってくれ。俺は残響で弱点を探す」
エルクは《残響》を開いた。
ゴルゴンナックの記録を探した。この怪物と戦った者の記録を探した。
あった。
古い記録だった。断片的だった。でも確かにあった。
弱点があった。
甲殻に覆われていない部分があった。でも今の段階では見えない場所だった。
「もっと近づく必要がある」エルクが言った。
「近づいて死なないか」シュウが言った。
「気をつける」
「気をつけてどうにかなる相手じゃないぞ」
その時、周囲の森から別の音が来た。
咆哮だった。
一つではなかった。
いくつも重なった。
森の中から魔獣が現れた。
狼の形をしていた。でも大きかった。普通の狼の三倍はあった。
蜘蛛の形をしたものがいた。八本の脚が雪の上を走っていた。
蛇の形をしたものが地面から出てきた。
上空から鳥が降ってきた。翼があった。爪があった。
「第三軍だ!本隊が来た」バルゼディスが言った。
「多すぎる」リブラが言った。
バルゼディスが杖を掲げた。
火柱が上がった。
普通の炎ではなかった。魔導の炎だった。蒼白い炎だった。
横一列に走って、迫ってきた魔獣の群れを焼いた。
「下がれ!周囲は私が対処する」バルゼディスが言った。
「ゴルゴンナックは俺たちが抑える」レイオンが言った。
「頼む」バルゼディスが動いた。
老人の動きとは思えない速さだった。杖から雷撃が走った。魔獣が焼けた。また走った。また焼けた。
リブラが後ろで結界を張り続けた。迷い込んだ魔獣を防いだ。
エルクはゴルゴンナックへ向き直った。
《残響》を使い続けた。
情報が多かった。痛かった。頭が割れそうだった。でも続けた。
弱点を探した。
胸の奥だった。甲殻の継ぎ目の内側だった。魔力の核があった。
でも今の位置からは届かない。もっと近づかなければ届かない。
「もっと前だ」エルクが言った。
「わかった」リアが答えた。
「レイオン、囮になれ。リアが入る」
「囮か」レイオンが言った。「まあいい」
レイオンが正面から走った。全力で剣を振り続けた。甲殻を叩いた。弾かれても叩いた。
ゴルゴンナックがレイオンに反応した。
リアが左から回り込んだ。
「まだだ!」エルクが言った。「もう少し!」
リアが近づいた。
「まだだ!」
リアが踏み込んだ。
「今だ!」
リアが大剣を甲殻の継ぎ目に叩き込んだ。
鈍い音がした。
亀裂が入った。
ゴルゴンナックが方向を変えた。リアへ向いた。腕を振り上げた。
リアが後退した。
届かなかった。
「惜しかった」リアが言った。
「次で行ける!シュウ、槍を複製してくれ。それを核のある位置へ投げる」エルクが言った。
「やってみる」
エルクはゴルゴンナックを見た。
《残響》が動いた。
次の動きが来た。
右腕が来る。
「シュウ右腕が来る!」
シュウが気づいた瞬間には終わっていた。
ゴルゴンナックの右腕が来た。エルクへ向かって来た。
エルクが動こうとした。
頭の中で、《残響》が爆発した。
情報が多すぎた。
一瞬だけ、体が止まった。
ほんの一瞬だったが、一瞬で十分だった。
腕が来ていた。
「エルク」
シュウが叫んだ。
魔王軍第三軍
・魔獣軍
ゴグゴンナック
・第三軍団長




