門を追う者 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
北へ向かうほど、景色が変わった。
草が減った。岩が増えた。道が細くなった。空気が冷たくなった。息が白くなった。
二日目に、雪が降り始めた。
峡谷を通り抜けた。両側に切り立った岩壁があった。古い街道だった。石が磨耗していた。何百年も人が歩いた跡があった。
「まともな旅してる気がする」シュウが言った。「危険はあるけど、ゆっくり歩いてる」
「確かにな。エルナトに向かっていた頃も歩いてたが、あの時は追われていた」エルクが言った。
「今は?」
「追われていないとは言えない」
シュウが「それはそう」と言って笑った。
リブラが二人の横に並んだ。「北部は初めてか」
「ヴァルガン自体が初めてだ」エルクが言った。
「私は十回以上来ている。客引きの仕事で」リブラが言った。
「召喚された者を案内してきた。ヴァルガン北部は特に多い。理由はわからないが、あのあたりで召喚が起きやすい」
「それも門と関係があるかもしれない」エルクが言った。
リブラが少し考えた。「そういう見方があるのか。面白いな」
レイオンが前を歩きながら振り返った。「エルク、その残響とやら、今も何か聞こえているか」
「微かに…」エルクが答えた。
「北の方向から来ている。声ではない。感触だ。何かが引っ張っている感じ」
「門が呼んでいるのか」
「そうかもしれない」
フレイナが空を見た。「天気が崩れる」
雲が厚くなっていた。風が出てきた。
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山道に差し掛かった午後、突撃が来た。
音もなかった。
前触れもなかった。
岩壁の上から、影が降ってきた。
黒かった。翼があった。四本の腕があった。顔の部分に目が六つあった。足が獣の形をしていた。
「来た」リアが大剣を抜いた。
翼のある魔族が三体、先頭に向かった。レイオンが剣を抜いた。
一体が来た。横に躱した。
剣を振った。翼の付け根を斬った。
魔族が叫んだ。
落ちた。
「一体」レイオンが言った。
フレイナが槍を構えた。別の一体が来た。槍を突いた。
顔の六つの目のうち二つを貫いた。魔族が怯んだ。もう一度突いた。倒れた。
「二体」フレイナが言った。
三体目がエルクに向かった。
《残響》が走った。
来る方向が見えた。エルクが右に動いた。
魔族が空を切った。リアが横から来た。大剣が魔族の胴を断った。
四体目が岩の上から飛んだ。シュウが《レプリカ》で短剣を複製した。投げた。
目に当たった。魔族が落ちた。
さらに後方に三体いた。
リブラが動いた。懐から小型の魔導具を出した。光を放った。三体が怯んだ。
レイオンが駆けた。一体を斬った。フレイナが槍で一体を止めた。リアが残りの一体に向かった。
一分かからなかった。
「速かったな」シュウが言った。
「魔王軍第一軍とは種類が違う。」フレイナが言った。
バルゼディスが倒れた魔族を見ていた。
「確かに第一軍ではない。これは魔王軍の偵察部隊だ。複数の軍が混在している可能性がある」
一体が、傷ついたまま逃げようとした。
岩壁を登ろうとした。
フレイナの槍が足を貫いた。
落ちた。
エルクが近づいた。
魔族は息があった。目が六つ、全部エルクを見ていた。
「何のためにここにいた」エルクが聞いた。
魔族は答えなかった。
もう一度聞こうとした時、魔族が言った。
「間に合わんぞ」
それだけだった。
動かなくなった。
全員が黙った。
「間に合わんとは?」レイオンが言った。
「わからない…」エルクが言った。「でも門のことだ。そう思う」
「急ぐぞ」バルゼディスが言った。
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夜になった。
峡谷を抜けた先の岩棚に野営した。
焚き火を起こした。風が強かったので、岩を風除けにした。全員が体を寄せた。
食事が終わって、火を囲んだ。
シュウとレイオンが話していた。リブラが地図を見ていた。フレイナが武器の手入れをしていた。バルゼディスは目を閉じていた。寝ているのかわからなかった。
リアが離れたところで空を見ていた。
エルクは火を見ていた。
眠れなかった。
《残響》が鳴り続けていた。
戦場の記録ではなかった。それよりもっと古いものだった。歴代勇者の声とも違った。もっと根本的な何かだった。
「来るな」
声が来た。
エルクは顔を上げた。
誰も何も言っていなかった。
また声が来た。
「あれは失敗だった」
知らない声だった。男の声だった。老人の声だった。歴代勇者のどれとも違った。もっと前の時代から来ている感触があった。
エルクは額を押さえた。
何の失敗だ。
誰が言っている。
答えは来なかった。
《残響》が静かになった。
エルクは火を見た。
火が揺れていた。風があった。
「眠れないか」
バルゼディスの声だった。
目を開けていた。火を見ていた。
「ああ」エルクが言った。
「残響が鳴っているのか」
「さっきまで。今は落ち着いた」
「何が聞こえた」
エルクは少し考えた。
「来るな、と言った声と、あれは失敗だった、という声が聞こえた。どちらも知らない声だ。歴代勇者の声とは違う」
バルゼディスが火を見た。
何かを考えているような間があった。
「来るなと言った声は」バルゼディスがゆっくり言った。
「警告かもしれない。あるいは命令かもしれない」
「どちらかわかるか」エルクは聞いた。
「わからん」バルゼディスが言った。
「だが——失敗だった、という声は気になる。何かが試みられて、うまくいかなかった。そういう意味だとすれば、門に関わる何かだろう」
「…前回の融合期のことか?それとも——もっと別の何かか?」エルクは考えながら言った。
バルゼディスが火から目を離してエルクを見た。
「アルテフェインの弟子にしては、見当がいい」
「俺はアルテフェインの弟子じゃない」
「知っている。だが彼から多くを学んだはずだ」バルゼディスが言った。
「私はあれの兄だ。あいつより先に門の研究を始めた。でもあいつの方が深いところまで行った」
「アルテフェインの兄か」
「兄だが弟を尊敬している。珍しいことでもない」バルゼディスが言った。
「休め。明日は早い」
それだけ言って、目を閉じた。
エルクは火を見た。
少しして、目を閉じた。
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レグルスの野営地に、報告が届いた。
夜だった。
天幕の中で、ライディスが地図を見ていた。
「ヴァルガン北部の門、封印施設の一部が破壊されたことが確認されました。ノクトが現地に到達しています。エルクたちも北部へ移動中です」
ライディスは地図を見たまま答えなかった。
しばらく地図を見ていた。
「ライディス様」部下が続けた。
「追撃しますか」
ライディスが立ち上がった。
「準備しろ」
部下が驚いた顔をした。
「直接向かわれるのですか」
「そうだ」
「しかし軍務卿自らが——」
「準備しろ」
ライディスが繰り返した。
声が低かった。それ以上の言葉を許さない声だった。
部下が頭を下げた。
天幕を出た。
ライディスは一人になった。
地図を見た。
ヴァルガン北部の印を見た。その先に、門がある。封印が破られ始めている。ノクトが先に着いている。エルクたちも向かっている。
残響が必要だった。
門を制御するために残響が必要だった。
エルクを確保しなければならない。
それはわかっていた。
でもライディスの頭の中には、別の計算もあった。
封印が破られている。
ノクト以外の者が、数年前から破っていた。
それが誰かを、ライディスはまだ確信していなかった。
でも一つの可能性が、頭の中にあった。
その可能性を確認するためにも、現地に行く必要があった。
地図を閉じた。
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吹雪の中、北方山脈の岩壁があった。
表面に古代の紋様が刻まれていた。
光っていた。
脈動していた。
その前に、黒い外套の男が立っていた。
ノクトだった。
門へ手を伸ばした。
触れた。
開かなかった。
「やはりまだか」ノクトが言った。
手を引いた。
門を見上げた。
その時、門の紋様が強く脈動した。
光が増した。
一瞬だけ、何かが門の向こうにいた。
気配があった。
声が来た。
「継承者を連れて来い」
ノクトが動かなくなった。
声だった。
門の向こうから来た声だった。
知っている声だった。
「……この声は」
ノクトが呟いた。
誰にでもなく言った。
答えは来なかった。
門の光が少し落ち着いた。
でも消えなかった。
吹雪が来た。
ノクトは動かなかった。
門を見続けていた。
その目に、初めて動揺があった。




