鋼の炎 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
中央戦線が再び押されていた。
異形騎士団が壁を突き破っていた。六本の腕を持つ魔族が大剣を振り回していた。三人のヴァルガン兵が同時に吹き飛んだ。
リアが前に出た。
大剣を構えた。
六本腕の魔族がリアに向かってきた。大剣が来た。リアが弾いた。次の腕が来た。躱した。また大剣が来た。
今度は受けた。踏ん張った。弾いた。
リアが踏み込んだ。
一振りで六本腕の一本を断った。魔族が怯んだ。二振り目で胴を斬った。倒れた。
「なんだあの女」ヴァルガン兵が言った。
「人間か」別の兵士が言った。
リアは聞いていなかった。次へ向かっていた。
異形騎士バググが現れた。
ゼルガドの直属だった。体が大きかった。炎色の鎧だった。大剣を一本持っていた。それだけで、他の魔族と格が違った。
立っているだけで炎が揺れた。
リアが向かった。
大剣同士がぶつかった。
衝撃で地面が揺れた。火花が散った。
バググが押した。リアが後退した。一歩だけ後退した。
二歩目は踏ん張った。押し返した。バググがわずかに驚いた顔をした。
「いいねぇ」バググが言った。
「人間にしては」
リアが答えなかった。
次を振った。
バググが受けた。今度は弾いた。リアの大剣が流れた。バググが踏み込んだ。リアが横へ転がった。
バググの剣が地面を叩いた。石畳が砕けた。
リアが立ち上がった。
エルクが来た。
《残響》を使いながら横に回った。バググの動きを読んだ。
次がどこへ来るか、少し見えた。
「今度は左から大きく来る」エルクが言った。
リアが構えを変えた。
バググが左から振った。
リアが受けた。受けながら流した。
バググの剣が軌道を外れた。
リアが踏み込んだ。大剣を叩き込んだ。
バググが後退した。
その鎧に亀裂が入っていた。
「シュウ」エルクが言った。
「見てる」シュウがすでに動いていた。《レプリカ》で鉄杭を複製して持っていた。バルグが戻ろうとした瞬間、足元へ投げた。バググの足が止まった。
リアが全力で振った。
バググが吹き飛んだ。
壁に激突した。
動かなくなった。
その瞬間だった。
地面が揺れた。
別の揺れ方だった。爆発ではなかった。足音だった。
一人の足音がそれだけの揺れを生んでいた。
ゼルガドが動いていた。
後方から前線へ来ていた。
副官が止めようとした。「閣下、ここで動かれると」
「うるさい」
大剣を振った。
地面が割れた。
炎の衝撃波が走った。前線のヴァルガン兵が三十人以上、一度に吹き飛んだ。
「うわぁぁあぁ……」悲鳴が上がった。
炎が広がった。防衛線が崩れた。
ゼルガドが歩き続けた。
楽しそうだった。
それが一番恐ろしかった。
「ガルゴン様」伝令が叫んだ。
ガルゴン王がすでに動いていた。
戦斧を手に持っていた。
巨大な戦斧だった。王が持つものではなかった。戦士が持つものだった。それを当然のように持っていた。
ゼルガドの前に立った。
ゼルガドが初めて立ち止まった。
「王か」ゼルガドが言った。
「そうだ」ガルゴン王が言った。
「お前の相手は俺だ」
「面白くなってきた」
ゼルガドが大剣を正面に構えた。
炎が集まった。大剣が燃えた。赤から白に変わった。熱が離れた場所まで届いた。
ガルゴン王は動じなかった。
戦斧を構えた。
ゼルガドが踏み込んだ。
大剣が振り下ろされた。
ガルゴン王が受けた。
衝撃波が広がった。周囲の兵士たちが地面に押さえつけられた。エルクも膝をついた。立ち上がった。
「すごい」シュウが言った。声が震えていた。
二人が打ち合っていた。
ゼルガドが振った。ガルゴン王が受けた。
ガルゴン王が叩いた。ゼルガドが弾いた。
また振った。また受けた。一撃ごとに地面が揺れた。炎が散った。
どちらも下がらなかった。
「レイオン」フレイナが言った。
「わかってる」レイオンが走った。
ガルゴン王の横から入ろうとした。
ゼルガドが気づいた。大剣を横に振った。レイオンが飛んで躱した。着地してまた走った。ゼルガドの側面へ回った。
フレイナが逆側から来た。槍を突いた。ゼルガドが一歩後退した。ガルゴン王が叩き込んだ。
ゼルガドが初めて後退した。
二歩だった。
それだけだった。でも確かに後退した。
「エルク」リアが言った。
「読んでいる」
《残響》に集中した。
ゼルガドの動きを追った。次がどこへ来るか。どこが隙になるか。流れ込んできた。
「今から三秒後、右足が前に出る。その瞬間が唯一の隙だ」
「三秒か」リアが言った。
「三秒だ」
リアが走った。
一秒。
二秒。
ゼルガドの右足が前へ出た。
三秒。
リアが大剣を全力で振り下ろした。
ゼルガドの鎧の肩部に入った。
金属が割れた。
肩から赤黒い血が出た。
ゼルガドが初めて声を上げた。
叫びではなかった。
低い声だった。
「——ほう」
ゼルガドがリアを見た。
「お前がこの傷を付けたか」
リアが構えたまま言った。
「次は切る」
ゼルガドが笑った。
声を立てて笑った。
「いい」ゼルガドが言った。
「これが戦争だ」
また大剣を構えた。
嬉しそうだった。満足そうだった。それが一番恐ろしかった。
全員が向かった。
ガルゴン王が叩いた。レイオンが斬った。フレイナが突いた。
リアが振った。エルクが読んで叫んだ。シュウが複製した武器を投げた。
ゼルガドが防いだ。弾いた。弾いた。
でも一つ届いた。
また一つ届いた。鎧にまた亀裂が入った。
ゼルガドの動きが、わずかに変わった。
重くなった。
「シュウ、左から!」エルクが叫んだ。
シュウが複製した槍を投げた。
ゼルガドが払った。
その瞬間、ガルゴン王が踏み込んだ。
戦斧が胴に入った。
ゼルガドが膝をついた。
初めてだった。
戦場が一瞬、静かになった。
ゼルガドが笑っていた。
膝をついたまま笑っていた。
「今日はここまでだ」
立ち上がった。傷ついていた。血が出ていた。でも立った。
大剣を掲げた。
炎の魔法陣が展開した。
地面に、戦場全体に、紋章が描かれた。
第一軍が動いた。
整然と後退した。
崩れなかった。
負けていなかった。
ただ、命令に従って引いた。
「待て」レイオンが言った。追おうとした。
「やめろ」ガルゴン王が言った。
「追う体力がない」
戦場に風が吹いた。
炎が消えていった。
静寂が残った。
エルクは膝をついた。体が重かった。手が震えていた。
隣にシュウが来た。「生きてる?」
「生きてる」
「よかった」シュウが地面に座り込んだ。
「俺ももう動けない」
リアが大剣を地面についていた。立っていたが、肩が上下していた。
ガルゴン王が戦場を見ていた。
焼けた地面があった。崩れた防衛線があった。動かない兵士たちがあった。
「勝ったのか」ユウが言った。小さい声だった。
「撃退した」ガルゴン王が言った。
「勝ったかどうかは——」
王は地図を見た。
「わからん」
・
・
・
夜になった。
作戦本部は重かった。
ガルゴン王が報告を聞いていた。レイオンが壁に寄りかかっていた。
フレイナは槍を抱え座り込んでいた。
数字が読まれた。
戦死者。負傷者。消耗した物資。
誰も何も言わなかった。
その時、外から走る音がした。
伝令が入ってきた。
「バルゼディス賢者から緊急連絡です」
全員が顔を上げた。
「北方山脈付近で奇妙な異常な魔力反応が確認されました。性質の分析結果は——」
伝令が一瞬止まった。
「門と同じ反応です」
室内が静まり返った。
全員が顔を上げた。
リアが言った。
「門か」
エルクが立ち上がった。
「また始まるのか」
その時だった。
《残響》が来た。
戦場の記録ではなかった。
どこか遠くから来た。
山の奥から来た。
「来い」
声だった。
「継承者」
エルクが振り返った。
誰もいなかった。
作戦本部の外に、夜があった。北の方向に山があった。その奥に、何かがあった。
エルクには見えなかった。
でも感じた。
確かに、何かが目覚めようとしていた。




