鋼の炎 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
夜明け前に、地面が鳴った。
ドォォォォォォォォォ…ン
最初は遠雷だと思った。でも空に雲はなかった。星が出ていた。
エルクは野営地から外へ出た。
北の方向が、赤かった。
星空の下が、赤く染まっていた。
「来る」エルクが言った。
野営地が動き始めた。
防衛線の再構築は夜通し続いていた。
倒れた杭を立て直した。崩れた土塁を盛り直した。傷ついた兵士を後方へ下げた。代わりに予備の兵士を前線へ送った。
指揮官たちが地図を見ながら怒鳴り続けていた。
夜明けと同時に、敵が見えた。
昨日とは違った。
昨日の第一軍は人間の軍勢に見えた。黒い鎧を着た兵士たちが並んでいた。人間型魔族の軍だった。
今日は違った。
先頭に、炎を纏った騎士がいた。甲冑の隙間から火が漏れていた。人間の体ではない動き方をしていた。
その後ろに、溶岩のような皮膚の者たちが列を作っていた。四本の腕があった。二本しかない者もいたが、その二本が人間の倍の長さがあった。地面を四足で走る甲冑獣がいた。兜から頭部ではなく炎が噴き出している者がいた。
「完全にモンスター軍団じゃないか」シュウが言った。
「あれ全部知性がある、魔王軍第一軍の本隊だ」ケンが言った。
「奴ら命令に従って動いている。本能で動いているのとは違う」
「それの方が怖い」シュウは震えた。
怖い、という言葉がこれほど正確に当てはまることも珍しかった。
エルクは《残響》を絞った。
流れ込んできた。
恐怖があった。これほど濃い恐怖の記録は初めてだった。
過去にここで戦った者たちの恐怖が、そのまま流れ込んできた。
熱さがあった。炎の熱さが肌の記憶として来た。逃げる足音があった。追いつかれる感触があった。
「こいつらと過去にも戦った人間がいる」エルクが言った。
「生き残ったのか」シュウが聞いた。
「……わからない」
それが答えだった。
警鐘が鳴った。
魔王軍第一軍が動いた。
最初に来たのは、炎槍だった。
空が暗くなった。
数百本の炎の槍が空を埋めていた。弧を描いて、降り注いできた。
「散れ」レイオンが叫んだ。
爆発が連続した。地面が抉れた。防衛線の一角が吹き飛んだ。炎が広がった。
兵士たちが叫んだ。消そうとしたが消えなかった。魔炎だった。水では消えなかった。
「盾を前に!次が来る」フレイナが叫んだ。
また空が暗くなった。
また降り注いだ。
また爆発した。
「エルク!」リアが言った。
「見ている」
《残響》を使った。
どこへ落ちるか、次の瞬間が流れ込んだ。完全ではなかった。でも少し先がわかった。
「右前方、集中する。右前方の部隊は伏せろ」
伝令が走った。
右前方の部隊が伏せた。
炎槍が降った。その場所の後方に落ちた。被害が少なかった。
「前線突撃、来る」エルクが叫んだ。
異形騎士団が動いた。
巨大な魔獣に騎乗していた。地面を揺らしながら走ってきた。速かった。大きかった。城壁に激突した。石が砕けた。城壁の一部が崩れた。
「前へ」レイオンが叫んだ。
騎兵隊が動いた。
レイオンが敵将に向かった。「化け物め」
炎色の鎧を着た騎士だった。昨日と違う相手だった。昨日の魔騎士ガースより大きかった。剣が二本あった。両手に一本ずつ持っていた。
馬が激突した。
レイオンの剣が一本の剣を弾いた。もう一本が来た。レイオンが体を傾けて躱した。
剣が肩口を掠めた。鎧が削れた。
「まだだ」レイオンが言った。
もう一度踏み込んだ。
敵将の懐に入った。接近戦は剣が長い方が不利だった。
レイオンが短く振った。連続した。
敵将が後退した。
フレイナが右から来た。槍が敵将の右腕を貫いた。剣の一本が落ちた。
レイオンが踏み込んだ。
剣が敵将の胸を貫いた。
敵将は倒れた。
ヴァルガン兵たちから声が上がった。
でも戦場は広かった。一人倒れても別の敵が来た。次が来た。また次が来た。
「前を向け!喜ぶのは後だ」フレイナが叫んだ。
その時だった。
倒れたはずの敵将が、動いた。
起き上がった。
傷口から炎が漏れていた。目が光っていた。
「おいおいおい」シュウが言った。
後方に魔術師型の魔族がいた。細身だった。杖を持っていた。
死体に向かって魔炎を注いでいた。倒れた者たちが次々と起き上がっていた。
「死んで終わりじゃないのか」ジェイドが言った。驚いていた。これだけ驚かせる相手を、ジェイドは初めて見た顔をしていた。
「あの魔術師を止めないと際限なく増える」エルクが言った。
「《残響》で位置は見える。でも遠い」
「俺が行く」ユウが言った。
「危険だ」
「速さなら負けない」
ユウが走り始めた。
戦場の中を走った。敵をすり抜けた。右に躱した。左に曲がった。
跳んだ。くぐった。
真っすぐ走らなかった。でも確実に前へ進んでいた。
魔術師型の魔族がユウに気づいた。炎を放った。
ユウが横へ飛んだ。
炎が地面を焼いた。ユウが起き上がった。また走った。
「ケン」ユウが叫んだ。
ケンがいた。後方だった。ユウの方向を見ていた。
「準備しろ」
ユウが魔術師の目の前まで来た。魔術師が杖を向けた。
ユウが急停止した。
後ろへ跳んだ。
魔術師の炎がユウを通り過ぎた。
そこにケンがいた。
ケンが盾を構えていた。炎を受けた。弾き返した。方向が変わった。
魔術師に当たった。
魔術師が怯んだ。
ユウが接近した。短剣を持っていた。
刺した。
魔術師が崩れた。
蘇生が止まった。
死体が再び倒れた。




