紅蓮の侵攻 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
夜明け前だった。
王城の作戦室に地図が広げられていた。
北部の地形図だった。山と谷と平野が描かれていた。防衛線の位置に印がついていた。いくつかの印の上に、赤いしるしが重なっていた。壊滅した拠点だった。
ヴァルガン王ガルゴンが地図の前に立っていた。
「敵は第一軍だ」
ガルゴンが言った。
「指揮官はゼルガド。紅蓮のゼルガドとも呼ばれる」
部屋の空気が変わった。
ベテランの将校たちの顔が引き締まった。一人が唇を結んだ。別の一人が地図から目を離せなくなった。その変化が、言葉より雄弁だった。
「そんなにヤバいのか」シュウが小声で言った。
レイオンが答えた。
笑っていなかった。
「魔王軍最強クラスだ」レイオンが言った。
「村を焼くためだけに軍を動かす。あいつはそういう奴だ。強いから止める者がいない。止める必要があると思っていない」
エルクはレイオンを見た。
今まで見た中で、一番真剣な顔をしていた。
「レイオン」王が言った。
「気持ちはわかる。でも今は地図を見ろ」
レイオンが地図に視線を戻した。
ガルゴン王が続けた。
「第一軍の進路はここだ。北部平野を南下している。このまま放置すれば、三日以内にサルガ平野まで来る。そこには農村が十二ある」
「迎撃するしかない」フレイナが言った。黒髪をかき上げた。そして地図を見ながら言った。
「問題は兵力だ。前線基地が壊滅した。即応できる戦力が限られている」
「召喚者たちも出る」ケンが言った。
全員がケンを見た。
ケンは静かな目をしていた。
「俺たちもここに来た理由がある。戦うためだ。使ってくれ」
ジェイドが腕を組んだ。
「当然だ。こんな面白い機会、見逃せない」
ユウが「私も走れます」と言った。
王は三人を順番に見た。それから頷いた。
「よし、全軍招集だ」
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城門が開いた朝、街の様子が変わっていた。
武器屋が早朝から開いていた。鍛冶場の炉が全部点いていた。訓練場が空だった。
兵士たちがすでに集結していたからだった。
騎兵が並んでいた。歩兵が並んでいた。魔導兵が後列についた。
城壁から見ると、軍勢が川のように城門を流れていった。
エルクは流れの中にいた。
これだけの人間が一斉に動く光景を、レグルスの戦場でも見ていなかった。あの時は荷馬車に詰め込まれて気づいたら戦場だった。
今回は違った。出撃の瞬間から見ていた。
「こういうのは初めてか?」ケンがエルクの隣を歩きながら言った。
「この規模は初めてだ」
「俺もだ。ゲームならある、こういう場面」
「俺もだ」シュウが横から言った。
「リアは?」ケンが聞いた。
「見たことはある」リアが前を向いたまま答えた。
「レグルスの軍だったが」
誰も何も言わなかった。
城門を抜けた。
街の外は寒かった。北の風が来た。空が低かった。雲が厚かった。
「天気が悪くなるな」ユウが空を見ながら言った。
「戦場向きの天気だ」ジェイドが言った。
「どういう意味だ」
「燃やすと映える」
ユウが「物騒だ」と言った。ジェイドが笑った。
北部へ向かう道中、最初の村が見えた時点で、全員が言葉を失った。
燃えていなかった。
燃えた後だった。
建物の残骸が残っていた。石造りの壁が崩れていた。木材が炭になっていた。地面が焦げていた。石畳が熱で変色していた。
においがした。
火と、それ以外のにおいがした。
「急げ」ガルゴン王が言った。
進んだ。
次の村も同じだった。
さらに進んだ。
また同じだった。
リアが無言になった。
ずっと無言だった。大剣の柄に手を置いていた。前を向いていた。表情がなかった。でも目だけが違った。
エルクは何も言わなかった。
言えることがなかった。
ケンが立ち止まった一瞬があった。瓦礫の中に何かを見た。すぐに歩き始めた。その顔が変わっていた。消防士として何度も現場に立ってきた人間の顔をしていた。
「間に合わなかった」とケンが小声で言った。
自分に言っているようだった。
「でも次は間に合わせる」
偵察兵が戻ってきた。
「敵接近。二十分以内に到達します」
先頭が騒がしくなった。各部隊が動いた。騎兵が左右に展開した。弓兵が後列に配置された。
エルクは前方を見た。
地平線が赤かった。
最初は光かと思った。太陽ではなかった。方向が違った。
炎だった。
たいまつではなかった。旗だった。燃える旗が無数に動いていた。
その下に黒い鎧が並んでいた。前から後ろまで見えなかった。数えられなかった。
先頭に、一つだけ大きな影があった。
馬に乗っていなかった。歩いていた。それなのに軍勢と並んでいた。
「デカすぎだろ」シュウが言った。
「あれが軍団長か」エルクが言った。
レイオンが前に出た。「紅蓮のゼルガドだ」
その名前が、空気を変えた。




