戦士の国ヴァルガン (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
訓練場を出たところで、声がかかった。
「王子」
凛とした声だった。
廊下の先から女性が歩いてきた。
黒い髪だった。短く切りそろえていた。細身だったが姿勢がよかった。腰に槍を携えていた。装備は軽かったが、その身のこなしは軽くなかった。
「来客を訓練に巻き込まないでください」
レイオンが視線を逸らした。
「向こうが来たんだ」
「違います」即座に否定した。
「王子が誘いました。廊下から見えていました」
シュウが笑い始めた。
女性はエルクたちを見た。
「フレイナ・リンです。王子の護衛を務めています。失礼しました」
「エルクだ」
「シュウです。よろしく。
フレイナがリアを見た。リアも見た。
二人が少し間を置いた。
「大剣使いか」フレイナが言った。
「そうだ」
「ヴァルガンでは珍しい。ヴァルガンは槍か剣が主流だ」
「エルナトでも珍しいと言われた」
「どちらで腕を磨いた?」
「戦場だ」
フレイナが少し目を細めた。
見込みを測るような目だった。それからわずかに頷いた。
「後で…手教えてもらえるか」
「構わない」
シュウが小声でエルクに言った。「リア、なんか嬉しそうだな」
「同じ匂いがするんだろ」
リアはそれを聞いていたが、何も言わなかった。
フレイナはエルクたちに召喚者ギルドに行くように伝えた。
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召喚者ギルドは街の中央区にあった。
石造りの建物だったが、ヴァルガンの他の建物より少しだけ軽い雰囲気があった。
扉に木彫りの装飾があった。窓が広かった。
中に入ると、広いホールがあった。
テーブルが並んでいた。何人かが座っていた。地図を広げている者がいた。武器の手入れをしている者がいた。
カウンターの奥に、男が立っていた。
三十代くらいだった。細身だった。笑顔だった。爽やかな笑顔だった。
「ようこそ、戦士の国へ」男が言った。「勇者殿」
「その呼び方やめてくれ」エルクが言った。
男が笑った。声を立てて笑った。
「失礼。リブラです。このギルドを預かっています」
シュウが一発で気に入った顔をした。
「リブラさん、ここって何するところですか」
「召喚者の支援と保護です」リブラが答えた。
「ヴァルガンでは召喚された者を戦士と呼んでいます。勇者ではなく。番号もつけません」
「違うな」シュウが言った。
「何が?」
「レグルスと全然違う」
リブラが少し表情を変えた。笑顔のままだったが、目が少し変わった。
「聞いていますよ。レグルスからの逃亡者であることは」
エルクが少し身構えた。
「安心してください」リブラが言った。
「ここはヴァルガンです。レグルスの管轄外です。それに——召喚された者を追い返すつもりは、このギルドには一切ない」
リブラの案内でギルドの奥へ入った。
談話室があった。
そこに、三人の人間がいた。
一人は大柄な男だった。三十代くらいだった。がっしりしていた。落ち着いた目をしていた。
一人は精悍な顔の男だった。二十代後半くらいだった。腕に籠手をつけていた。体が引き締まっていた。
一人は若い女性だった。二十代前半だった。明るい目をしていた。動きが軽かった。
エルクとシュウが入っていった瞬間、精悍な男が顔を上げた。
それから口を開いた。
「——日本語?」
シュウが固まった。
「日本語だよな」シュウが言った。
「日本語だ」大柄な男が言った。
「日本語です」若い女性が言った。
シュウが叫んだ。「同郷だ」
一気に騒がしくなった。
大柄な男はケンといった。元消防士だった。落ち着いた話し方をした。
精悍な男はジェイドといった。元格闘家だった。腕を組んで壁に寄りかかっていた。
若い女性はユウといった。元陸上選手だった。よく動いた。
「レグルスから来たのか」ケンが言った。
「逃げてきた」エルクが答えた。
「そうか」ケンが頷いた。それだけだった。余計なことを聞かなかった。
「エルナトも経由したんですよね」ユウが言った。
「そうだ」
「どうでしたか、エルナト」ユウが身を乗り出した。
「すごい街って聞いてますけど」
「すごい街だ。空を輸送艇が飛んでいる」
「え、マジで。飛行機みたいな?」
「近いかな」
「行きたい」ユウが言った。
「そのうち行けるかもしれない」
ジェイドが壁から離れた。腕を組んだまま、エルクを見た。
「おい、お前、強いのか」
「場合による」
「どんな場合だ」
「戦ってみれば分かる」
「いい答えだ」ジェイドが笑った。不敵な笑い方だった。「後で一戦頼む」
「今日はやめておくよ」エルクが言った。
「なぜだ」
「長旅だった。疲れている」
「それもいい答えだ」ジェイドが言って、また壁に寄りかかった。
シュウがユウと話していた。コンビニの話をしていた。
「ミックスサンドが食いたい」とシュウが言った。
「わかるー、チョコのやつ」とユウが言った。
「そっちはケーキだろ」とシュウが言った。二人で笑っていた。
エルクはそれを聞きながら、少し緩んでいた。
前の世界の話ができる相手がいた。
断片的な記憶しかない。でも確かに共有できるものがあった。コンビニを知っていた。スマホを知っていた。電車を知っていた。それだけで、何かが繋がる感触があった。
「お前は」ケンがエルクに言った。
「どこ出身だ、向こうで」
「東京だと思う。はっきりは覚えていない」
「俺は愛知だ」ケンが言った。「でもまあ、こっちに来たら全部同郷だな」
エルクは頷いた。
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夜になって、酒場に移った。
ヴァルガンの酒場は賑やかだった。
至るところで笑い声が上がっていた。卓を叩いて笑っている男たちがいた。歌っている者がいた。腕相撲をしている者がいた。
ケンが言った。
「こっちの文化に慣れるのに時間かかった。日本人の感覚だと、みんな武器持って、酒場でこんなに騒ぐことなんてないしな」
「でも慣れると悪くないよ」ユウが言った。
「レグルスとは違うな」エルクが言った。
「レグルスは勇者召喚だったな」ケンが言った。
リアが少し黙った。
「こっちは戦士召喚だよ」ユウが続けた。
「勇者なんて呼ばれない。番号もない。ただ、戦士として扱ってもらえる、強くなればいい」
「戦えるなら、それでいい」ジェイドが言った。
「余計なものはいらない」
エルクはそれを聞きながら、考えていた。
レグルスでは番号だった。兵器だった。
エルナトでは残響の器だった。研究対象だった。ここでは名前で呼ばれた。戦士として扱われた。
同じ召喚された人間なのに、扱いがこれだけ違った。
国が違えば、意味が変わる。
「でも」エルクが言った。
「ヴァルガンも戦争のために召喚しているんだろ」
「そうだ」ケンが静かに言った。
「それは変わらない。戦うために来ている。俺たちが自分で選んだわけじゃない。それは一緒だ」
卓の上の杯が揺れた。
ケンが続けた。「でも、使い捨てにされるのと、一緒に戦うのでは、気持ちが違う」
誰も反論しなかった。
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その夜遅く、王城で緊急の報告があった。
ヴァルガン王ガルゴンがいた。王子レイオンがいた。フレイナがいた。
伝令が入ってきた。息を切らしていた。
「北部国境の報告です」
「言え」ガルゴンが言った。
「ノルザ村が——」伝令が止まった。一瞬だけ躊躇した。
「消えました。生存者がほとんどいません。焼け跡だけが残っています」
ガルゴンが目を細めた。
「紋章は確認できたか」
「はい」伝令が羊皮紙を差し出した。「これが」
ガルゴンが受け取った。見た。
レイオンが横から覗いた。「来たか」
紋章があった。
燃える剣の紋章だった。
魔王軍第一軍の紋章だった。
ガルゴンは羊皮紙を机に置いた。ゆっくりと立ち上がった。立ち上がると、部屋の空気が変わった。王の空気ではなかった。戦士の空気だった。
「戦争だ」
静かに言った。
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同じ時刻。
北の空が赤かった。
ノルザ村の跡地だった。
建物が燃えていた。石まで焼けていた。何も残っていなかった。
その中心に、男が立っていた。
巨大だった。
鎧を着ていた。赤黒い鎧だった。表面に炎のような紋様が走っていた。兜をかぶっていなかった。短い黒い髪だった。体格はガルゴンより一回り大きかった。
周囲に死体があった。
男は興味なさそうに炎を見ていた。
「退屈だ」
男が言った。
炎が渦巻いた。強くなった。
「次はどこを焼く」
炎の光が男の顔を照らした。
笑っていなかった。
ただ、何かを探していた。
満足していない目をしていた。
空が赤く染まり続けていた。
登場人物
フレイナ・リン
・近衛戦士、王子の護衛を務める
・武器は槍
・明るい、豪快
・王子よりは年上
戦士召喚組
ケン
・元消防士
・頼れる兄貴分
ジェイド
・元格闘家
・戦闘狂、強敵好き
・負けず嫌い
・前衛アタッカー
ユウ
・元陸上選手
・活発、社交的
・連絡役
召喚者ギルド
リブラ
・召喚者ギルドマスター
・ナイスガイ、面倒見が良い
・召喚者保護組織の長、ヴァルガンの案内役
地名
ノルザ村
・ヴァルガン領




