戦士の国ヴァルガン (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第四章
山を越えるたびに、空気が変わった。
エルナトを出て五日が経っていた。
北へ向かうほど気温が下がった。木々が変わった。針葉樹が増えた。
地面に霜が残るようになった。道が広くなった。轍が深くなった。荷を積んだ馬車とすれ違う回数が増えた。
「なんか空気が違う」シュウが言った。
「山を三つ越えたからな」エルクが答えた。
「そういう意味じゃなくて」
シュウが前方を指差した。
道の先に、城壁が見えた。
レグルスの城壁ではなかった。エルナトの壁でもなかった。もっと無骨だった。
石と鉄を混ぜたような、黒みがかった灰色の壁だった。装飾がなかった。美しくなかった。ただ頑丈なだけを目指して作られた壁だった。
壁の上に、見張り台が並んでいた。
旗が立っていた。
赤地に黒い剣の紋章だった。
「ヴァルガンだ」リアが言った。
城門に近づいた。
門が開いていた。検問があった。でもレグルスのものとは違った。兵士が立っていたが、剣呑な空気がなかった。
通行人を止めるためというより、確認するためだけに立っているようだった。
城門を抜けた。
エルクは足を止めた。
街だった。
広い通りだった。石畳が続いていた。建物が並んでいた。人が歩いていた。それだけなら普通の街だった。
でも違った。
通りを歩いている人間の腰に、剣がついていた。
全員ではなかった。でも、ほとんどの大人が何かしら武器を携えていた。
剣の者がいた。斧の者がいた。大きな槌を背負った者がいた。市場で買い物をしながら、腰に剣をぶら下げていた。老人が杖代わりに槍を持っていた。
子供が走っていた。木剣を持っていた。追いかけっこをしながら、お互いに打ち合っていた。
「なんだこの国」シュウが呟いた。
「ヴァルガンだ」リアが言った。
「この国では剣を持てない者は一人前として扱われない。物心ついた頃から武器を持つ。街に出るときも同じだ」
「怖ぇよ」
「でも嫌いじゃないな」エルクは言った。
レグルスの街とは違った。レグルスにも剣を持った人間はいたが、あれは兵士だった。国に属した人間だった。でもここは違った。一人一人が自分のために武器を持っていた。
街の奥から、金属を打つ音が聞こえた。
鍛冶場だった。
一つではなかった。通りのあちこちから同じ音が聞こえた。炉の熱気が漏れていた。煙が上がっていた。
「鍛冶場が多いな」
「武器と防具は主要な産業だ」リアが言った。
「ヴァルガンの鍛冶師が作った武器は、他の国でも高く売れる。レグルスも大量に輸入している」
「レグルスに武器を売って、レグルスが召喚した勇者にそれを持たせるわけか」
「そうなる」
エルクはそれを聞きながら、街を見た。
訓練場があった。城壁の内側に広い空間があって、十人以上が剣を振っていた。
指導している者がいた。怒鳴っていた。怒鳴られている方も黙って振り続けていた。
この国で育てば、戦えるのは当然。
選ばれた者が戦うのではない。全員が戦う国だった。
王城は街の中央にあった。
レグルスの城より低かった。でも厚かった。壁が分厚かった。
窓が少なかった。籠城を想定した作りだった。何度も攻められて、何度も守り切ってきた城の顔をしていた。
案内されて、大広間に入った。
玉座があった。
レグルスの玉座とは全然違った。黒い鉄でできた、武骨な椅子だった。装飾が最低限しかなかった。座り心地より耐久性を考えたような作りだった。
その玉座に、男が座っていた。
大きかった。
立ったらエルクの頭一つ以上は高いだろうと思われた。肩幅が広かった。鎧を着ていたが、鎧の上からでも分かる筋肉の厚みがあった。
白髪交じりの短い髪だった。顎に無精髭があった。手に持っているのは杯だった。
王冠をつけていた。
でも王冠より、腰に下げた戦斧の方が似合っていた。
「来たか」
男が言った。ガルゴン・ヴァルガン王だった。
「話は聞いている。残響の勇者よ、歓迎しよう」
エルクは少し驚いた。
レグルスでは番号を渡された。エルナトでは観測対象として見られた。ここでは客人として迎えられた。同じ「残響の持ち主」なのに、扱いが全然違った。
「アルテフェイン殿からの紹介状も届いている」ガルゴンが続けた。
「門の調査とな」
「はい」エルクが答えた。
「エルナトで第二の門が活性化しました。ヴァルガンの北方にも同じ兆候があると聞いています」
ガルゴンが頷いた。
「確かにある。我らの賢者バルゼディスも同様の報告を上げていた」
「調査に協力してもらえますか」
ガルゴンは少し間を置いた。それから言った。
「世界の危機なら我らも無関係ではない」
それだけだった。
条件もなかった。交渉もなかった。
ただ、それだけだった。
エルクは横のシュウを見た。シュウが小さく頷いた。
「ありがとうございます」
「礼は要らん」ガルゴンが立ち上がった。体が大きかった。
玉座から立ち上がると、部屋の空気が変わった。
「それより、ヴァルガンのもてなしを受けてもらおう。来たばかりで疲れているだろう」
謁見が終わって、城の廊下を歩いていた。
案内の兵士の後をついて歩いていた。
「想像してたより普通の人だったな」シュウが言った。
「王だからって変な人とは限らない」
「レグルスの王が変すぎたんだよ」
「それは否定しない」
「リア」
シュウがリアに声をかけた。リアが振り返った。
「ガルゴン王、知ってたか?」
「名前は知っていた」リアが答えた。
「レグルスでも評判は高い。戦士王と呼ばれている。若い頃から前線に立ち続けた王だ」
「ああいう王がいいな」シュウが言った。
誰も答えなかった。
廊下の窓から訓練場が見えた。剣の音がまだ続いていた。
訓練場を抜けた先に、広い空間があった。
そこで、一人の青年が剣を振っていた。
型稽古だった。
きれいな動きだった。無駄がなかった。一振りごとに重心が変わって、次の動きへの準備が自然に組み込まれていた。剣術として高い水準だった。
「レイオン王子、お客様です」案内の兵士が声をかけた。
青年が振り返った。
年齢はエルクとそう変わらなかった。精悍な顔だった。父親に似た広い肩をしていた。
でも父親の武骨さより、若い鋭さがあった。
「来たか」
レイオンが言った。
「残響の勇者か」
「その呼び方はやめてくれ」エルクが言った。
「なぜだ」
「名前がある。エルクだ」
レイオンが少し目を細めた。それから笑った。
「いいだろう。エルク」
それからレイオンはエルクをじっくり見た。
頭から足まで見た。体格を確認するような目だった。
「残響というのは戦闘に使えるのか」
「場合によっては使える」
「どの程度だ」
「戦ってみれば分かる」
シュウが小声で言った。
「絶対こうなると思った」
レイオンが木剣を投げてきた。エルクが受け取った。レイオンが構えた。
「本気ではやらない。当てたら負けだ」
「分かった」
始まった。
レイオンが速かった。ただ速いだけではなかった。踏み込みのタイミングが読みにくかった。どこから来るか直前まで分からなかった。
エルクは《残響》を絞った。
戦場の記録が薄く流れ込んできた。この動きに似た誰かの記録があった。どこへ体重が乗るか、次の一歩がどこへ出るか、わずかに先が見えた。
剣を動かした。
レイオンの木剣が止まった。
エルクの木剣がレイオンの肩の手前で止まっていた。
一瞬の静寂があった。
「本当に読んでいるのか」レイオンが言った。
「少しだけな」
レイオンが構えを解いた。「本物か」
「残響は本物だ」
「互角だった」レイオンが言った。剣を納めながら。「強いな」
「お前も強い」エルクが言った。
「本当に王子か?」
「戦士の国だからな」
レイオンが笑った。
四章始まりました。
登場人物
ヴァルガン王国
ガルゴン・ヴァルガン
・ヴァルガン王
特徴
・豪快
・酒好き
・強い
・力は民を守るためにある
レイオン・ヴァルガン
・王子
・若き剣豪
・自信家
・前線の主力
ヴァルガンの賢者
バルゼディス
・ヴァルガン最高賢者




