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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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賢者の弟子

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

門騒動から数日が経った。


エルナトは、少しずつ元に戻っていた。

崩れた壁が修復されていた。消えていた魔導灯が新しくなっていた。

広場の光の噴水が、今日も青白い粒を上へ向かって吐き出していた。

子供たちが笑いながらその周りを走っていた。

街は生きていた。

騒動があっても、街は生きていた。


エルクはそれを見ながら、宿の前で荷物の最終確認をしていた。

剣を鞘から抜いた。刃を確認した。傷はなかった。油を薄く引いた。鞘に戻した。


シュウが荷物袋を担いで宿から出てきた。

「重い」と言いながら、特に困った様子がなかった。

リアがすでに外に出ていた。地図を広げていた。

エルナトから北への道筋を指でなぞっていた。

「北道は二本ある」リアが言った。

「山越えと、迂回路だ。山越えは速いが、この季節は雪が残っている」

「どっちにする」シュウが聞いた。

「山越えだ。急がなければならない」

「雪か」シュウが空を見た。


エルクは剣を腰に戻した。

その時、足音が来た。

石畳を歩く、軽い足音だった。

聞き覚えのある足音だった。


ミレナンだった。

いつものローブだった。眼鏡をかけていた。荷物を持っていなかった。

大きな本も抱えていなかった。手ぶらで来ていた。

顔が、少し違った。

普段の天然な顔ではなかった。かといって暗い顔でもなかった。何かを決めてきた顔だった。


「忘れ物か」シュウが笑いながら言った。

ミレナンが首を振った。

「違います」

少し間があった。


石畳に目を落として、すぐに顔を上げた。

「私は行きません」

空気が止まった。

シュウが荷物を担いだまま固まった。リアが地図から目を上げた。エルクは剣から手を離した。

誰も何も言わなかった。


ミレナンが続けた。

「今の私じゃ足手まといです。皆さんはこれからヴァルガンへ行く。戦士の国です。魔王軍と直接ぶつかる可能性がある。私が一緒にいたら——守る側の人間が増えるだけです」

リアが口を開きかけた。

ミレナンが首を振った。

「大丈夫です。本当のことですから」

少し笑った。

寂しそうな笑顔だった。でも泣いていなかった。泣くつもりがない顔だった。


「たくさん助けてもらいました。守ってもらいました。エルクさんの指示がなければ魔法も当たらなかったし、シュウさんがいなければ何度か転んだまま起きられなかったし、リアさんが盾になってくれた場面は数えきれないくらいあります」

ミレナンが眼鏡を直した。

「それは全部、本当に嬉しかったです。でも——それだけじゃ、だめなんです」

エルクはミレナンを見た。

何も言わなかった。


「だから勉強します。もっと強くなります。先生のお手伝いをしながら、ちゃんと賢者になります。古代語を全部読めるようになります。遺跡の解析ができるようになります。戦えるようになります。そうしてから——また皆さんに会いに行きます」

言い切った。

声が震えていなかった。

「ほう」

声がした。


アルテフェインが歩いてきていた。白いローブだった。杖を持っていた。

朝の光の中を、ゆっくりと歩いてきた。

「勝手に弟子を辞めるつもりかと思ったぞ」

「辞めません」

ミレナンが即答した。

「残ります。勉強します。絶対に辞めません」


アルテフェインが少し目を細めた。感情が出ない顔だった。でも——何かがあった。

「そうか」

それだけだった。


シュウが笑い始めた。

「急に来て急に決意表明して、先生にも即答して」

「笑いごとじゃないです」ミレナンが言った。

「笑っていい場面だ」

ミレナンが少し口をへの字にした。でも、笑っていた。


出発の時間になった。

四人が城門の前に立った。

ミレナンだけが、こちら側に立っていた。

見送る側だった。

少し沈黙があった。

誰も最初の言葉を出さなかった。


シュウが荷物を背負い直した。「また会おう」

「はい」

「その頃には俺より強くなってるか」

ミレナンが少し考えた。

「それは無理です」

「また即答かよ」

「今は、という意味です」ミレナンが言った。「いつかは——わかりません」

「じゃあ期待しておく」

シュウが歩き出した。


リアがミレナンの前に来た。

何も言わなかった。

少しの間、ミレナンを見た。

それから、ミレナンの頭を一度だけ軽く叩いた。

ミレナンが目を丸くした。

リアはそのまま歩き出した。振り返らなかった。

ミレナンが頭を叩かれた場所を手で触れた。

少し赤くなっていた。

照れているのか、泣きそうなのか、自分でもわからない顔をしていた。


エルクが最後に残った。

ミレナンがエルクを見た。

「エルクさん」

「うん」

「帰る場所を見つけてください」

静かな言葉だった。

押しつけではなかった。

ただ——願っていた。


エルクは少し考えた。

「そっちもな」

ミレナンが首を傾けた。「私は帰る場所があります。エルナトが帰る場所です」

「そうじゃない」エルクが言った。「賢者になるんだろ。なら自分の場所を見つけろ。誰かの弟子じゃなくて、お前自身の場所を」

ミレナンが少し目を見開いた。

眼鏡の奥の目が、動いた。

何かを考えていた。

それから——笑った。

今までで一番自然な笑顔だった。

慌てていなかった。照れていなかった。

ただ、笑っていた。

「はい」


エルクが歩き出した。

城門を抜けた。

三人が並んで歩いていた。

北への道が続いていた。


ミレナンは見送った。

三人の背中が小さくなっていった。

シュウが一度だけ振り返った。手を上げた。

ミレナンも手を上げた。


また前を向いた。

歩き続けた。

小さくなった。

もっと小さくなった。

道が曲がった。

消えた。


ミレナンはしばらく、三人が消えた方向を見ていた。

風が来た。

エルナトの朝の風だった。魔導灯の光と石畳の匂いがした。知っている匂いだった。

振り返った。

がいた。


「寂しいか」

アルテフェインが言った。

ミレナンは少し考えた。

正直に答えた。

「少しだけ」

アルテフェインが杖をついた。

「なら勉強だ」

「それで紛れますか」

「紛れない」アルテフェインが言った。

「寂しさは知識では埋まらん。だが——暇は埋まる」

ミレナンが少し笑った。

「先生、それ絶対適当ですよね」

「適当ではない。経験から言っている」

「先生にも寂しかったことがあるんですか」

アルテフェインが少し間を置いた。


「ある」

それだけだった。

それ以上言わなかった。

ミレナンは聞かなかった。

いつか話してくれる気がした。


二人で塔の方へ歩いた。

石畳を歩いた。

魔導灯が並んでいた。広場の噴水が光を上げていた。商店が開き始めていた。エルナトの朝が、普通に動いていた。


ミレナンは空を見た。

エルナトの空は晴れていた。

青かった。

でも北の方だけ、少し雲がかかっていた。

ヴァルガンの方向だった。


あの雲の向こうに、三人がいる。


これから進んでいく。

門が眠っている。

魔王が動いている。

ライディスが動いている。

ノクトも動いている。

全部が、あの雲の向こうで動いている。


ミレナンは視線を前に戻した。

塔が見えた。

白い塔だった。頂上の文様が朝の光を受けて薄く光っていた。

あそこで勉強する。

古代語を読む。

遺跡の記録を解析する。

門の研究を続ける。

強くなる。


本当に役に立てるようになってから、また会いに行く。

「先生」ミレナンが言った。

「何だ」

「ありがとうございます」

アルテフェインが少し止まった。

「何に対しての礼だ」

「弟子にしてくれたことに対してです」ミレナンが言った。「今更ですけど」

アルテフェインはしばらく黙っていた。


それから、また歩き始めた。

「礼は一人前になってから言え」

「その時もまた言います」

「くどい」

「二回分ありますから」

アルテフェインが何も言わなかった。

でも——歩くペースが、少しだけ緩やかになった。

ミレナンはそれに気づいたが、何も言わなかった。

並んで歩いた。

師と弟子で、並んで歩いた。



北へ向かう道は、エルナトを出てすぐに森に入った。

三人は無言で歩いていた。

山が見えた。

雪が残っていた。

風が少し冷たかった。


シュウが言った。「ミレナンがいないと静かだな」

「静かだな」リアが言った。

エルクは前を向いたまま言った。「また会える」

シュウが少し笑った。


三人が歩き続けた。

森が深くなった。

鳥の声がした。

木々の間から、北の空が見えた。

雲がかかっていた。

その向こうに、ヴァルガンがあった。

門が眠っていた。

何かが待っていた。


エルクは歩きながら、「帰る場所を見つけてください」というミレナンの言葉を思い出した。

帰る場所。

まだわからなかった。

でも——探すためには、進むしかなかった。


知らないまま選べない。

知るために、進む。

足が前に出た。

また前に出た。

三人の足音が、森の中に続いていった。


第三章「賢者の国」 完結


第四章へ物語は続く。

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