世界の境界 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
ノクトが門の前に立っていた。
光の中だった。
エルクの隣に来た。
エルクが言った。
「魔王は門を開き、世界の融合を求めているんだろ」
「魔王様は門を求めている」ノクトが言った。
「だが私は違う」
リアが鎖を引きながら振り返った。
「どういう意味だ」
「今開けば世界は壊れる」ノクトは門を見たまま言った。
「壊れた世界では、魔族も滅ぶ…今は早すぎる」
「魔王の望むものは何だ」
ノクトが少し間を置いた。
「それは——私が言うことではない」
「いずれ話せるか」
「いずれ」
それだけだった。
でも——嘘をついているとは思えなかった。
ノクトが魔力を展開した。門の回転を抑えようとしていた。
黒い光が門に絡みついた。速度が少し落ちた。
「援護する」ノクトが言った。「今だけだ」
エルクはアルテフェインを見た。
アルテフェインが叫んだ。「二人でやれ。開く者と閉じる者の意思だ。意思を示せ。」
エルクはリアを見た。
リアがエルクを見た。
言葉はなかった。
言葉が必要なかった。
二人が同時に動いた。
エルクが《残響》を全開にした。
流すのではなかった。
今度は受け取った。
門から来る全ての情報を、受け取った。
壊れなかった。
選んでいたから壊れなかった。無意識に選んでいた力が、今は意識的に動いていた。
受け取りながら、選んだ。
全部を受け取らなかった。
でも——全部を見た。
リアが手を伸ばした。
エルクも手を伸ばした。
触れた。
リアの手が、冷たかった。
光の鎖が、残響と共鳴した。
二つの力が重なった。
王家の血と、残響が、初めて同じ方向を向いた。
世界が震えた。
光が、内側へ向かって収束を始めた。
・
・
・
門の内部で、エルクは一人立っていた。
無数の世界が見えた。
東京の夜が見えた。
戦場が見えた。
滅びた世界が見えた。
空を飛ぶ都市が見えた。
全部が等しく、そこにあった。
門が問いかけた。
「選べ」
「どの世界を望む」
エルクは沈黙した。
無数の世界を見た。
東京の光を見た。
あの世界で生きている自分がいた。
この世界で出会った者たちがいた。
リアがいた。シュウがいた。ミレナンがいた。アルテフェインがいた。
ノクトがいた。
「まだ決めない」
エルクが言った。
・・・
門が止まった。
初めて止まった。
驚いたように、静かになった。
「俺はまだ知らない」
エルクが続けた。
「この世界も。元の世界も。何一つ、ちゃんと知らない。知らないまま選ぶのは違う」
沈黙があった。
長い沈黙だった。
「だから今は選ばない」
門が、また沈黙した。
長かった。
それから——光が、静かに落ちていった。
収束した。
小さくなった。
消えかけた。
消えなかった。
眠りに戻っていった。
・
・
・
現実に戻った。
空の裂け目が閉じていた。
光の柱が消えていた。
第二の門の回転が、ゆっくりと止まっていった。
裂け目が、狭くなっていった。
完全には消えなかった。
細い線のような裂け目が、一本だけ残った。
でも——暴走は止まっていた。
「防げたか」
アルテフェインが呟いた。
その顔が重かった。
防げた、と言いながら、安堵していなかった。
「先生」ミレナンが言った。「まだ何かあるんですか」
アルテフェインは答えなかった。
門を見ていた。
残った細い裂け目を見ていた。
誰も気づかなかった。
細い裂け目の向こう側で、何かがあった。
遥か遠かった。
距離、という概念が通じない場所だった。
でも——確かにあった。
王座のような形をした何かがあった。
その上に、影があった。
大きかった。
形が見えなかった。
ただ——そこにあった。
その影が動いた。
エルクの方を向いた。
視線があった。
エルクの体を、すっと何かが通り過ぎた。
《残響》が、反応した。
暴走ではなかった。
ただ——何かを感じた。
遠い何かを。
声が来た。
エルクだけに届いた。
「ようやく見つけた」
静かな声だった。
老いた声ではなかった。若い声でもなかった。
ただ——長い時間を経た声だった。
何十年も経た声だった。
裂け目が、その声の直後に、完全に閉じた。
エルクは門を見た。
光が消えていた。
輪が止まっていた。
眠っていた。
でも——声が、頭の中に残っていた。
「ようやく見つけた」
誰の声だ。
答えがなかった。
・
・
・
数日後、エルナトに戻った。
街は落ち着きを取り戻していた。
門の暴走の影響で壊れた建物があった。修復が始まっていた。
魔導灯が一部消えていた。新しいものに交換されていた。
賢者議会塔の壁にひびが入っていた。職人が足場を組んでいた。
光の噴水は止まっていなかった。
広場に来たとき、エルクはそれを見た。
青白い光の粒が、今日も上がって、弾けて、落ちていた。
子供たちが走り回っていた。
笑い声がした。
アルテフェインが四人を塔に呼んだ。
朝だった。
観測儀の前だった。いつもの場所だった。
「エルナト第二の門は沈静化した」
アルテフェインが言った。
「だが終わってはおらん」
地図が広げられた。
世界地図だった。
アルテフェインが北方に指を置いた。
レグルスより北だった。
ヴァルガンだった。
「昨夜、ヴァルガンの賢者から報告が来た」
全員が顔を上げた。
「ヴァルガンの門が反応を始めた」
静かになった。
リアが言った。「まさか」
アルテフェインが頷いた。「活性化だ。エルナト第二の門と同じ兆候が出ている」
「連動しているのか」エルクが言った。
「おそらく。第二の門が起動したことで、別の門が連鎖的に目を覚ます」アルテフェインが言った。
「そしておそらくライディスもすでに動いている。ノクトもだ。全員、次の目的地が同じだ」
「ヴァルガンか」
「そうだ」
シュウが天井を見た。「次は北か」
ミレナンが青ざめていた。「ヴァルガンは戦士の国です。エルナトより遥かに危険で——」
「とりあえず行くことになるな」シュウが言った。
ミレナンが「そうなりますよね」と小さく言った。
リアは地図を見ていた。
ヴァルガン。
これまで名前だけ聞いていた国だった。
北方の戦争を支えてきた国だった。魔王軍と五十年間戦い続けている国だった。
「いつ出る」リアがアルテフェインに言った。
「準備ができ次第、だが——急いだほうがいい。ヴァルガンの門が完全に起動する前に着く必要がある」
エルクは地図を見た。
ヴァルガンの位置に、アルテフェインの指があった。
その先に、門が眠っている。
声が、まだ頭の中に残っていた。
「ようやく見つけた」
何を見つけたのか。
まだわからなかった。
わからないまま、進む。
知るために。
エルクは窓の外を見た。
エルナトの空だった。
魔導灯が並んでいた。輸送艇が流れていた。普通の朝だった。
この街で知ったことがあった。
この街で出会った者がいた。
この街を離れても——ここで知ったことは、消えない。
「行こう」
エルクが言った。
・
・
・
その夜。
北の空に、星が出ていた。
ヴァルガンの方向だった。
雪と鉄の国だった。
城塞の国だった。
戦火の国だった。
その大地の奥深くで、何かが脈動していた。
ゆっくりと。
規則的に。
眠る門が、呼吸するように。
目覚めを待ちながら。
ーー現在わかっている情報ーー
<登場人物>
エルク
・固有能力:残響
・異世界・並行世界・過去未来の断片的情報を受信する能力。
・勇者召喚でこの世界へ来た
・元の世界ではITエンジニアだったようだ
リア・エ・アルヴェイン
・戦争を終わらせたい、勇者召喚をやめさせたいと思っている
・固有資質:門を閉じる者
・レグルス王家の血筋
・幼少期に勇者に救われた過去を持つ
・武器は大剣を使う
シュウ
・勇者召喚組。
・元小学校教師
・固有能力:レプリカ
・右手に持ったものを左手に複製する、複製したものは数秒後崩壊する
ミレナン・アーク
・エルナトの若き研究者
・アルテフェインの弟子
・少しドジ、魔法はまだ未熟。
ノクト
・魔王軍第四軍幹部
・死霊軍団を率いる
・門について深い知識を持つ
・エルクの残響に興味を持っている
ライディス
・レグルス軍務卿
・合理主義者
・勇者を兵器として扱う
・故郷滅亡と弟の死が現在の思想の原点
・門の危険性を理解
アルテフェイン
・エルナトの賢者
・上位賢者
・門研究の第一人者、門について深い知識を持つ
・ミレナンの師匠
<世界地図>
レグルス聖王国
・通称 勇者の国
・世界最大級の人間国家。
・長年に渡り魔王軍と戦い続けている
・勇者召喚を国家戦略として運用
・魔王軍との戦争維持の中心国家
・国力が高い
・軍事力が高い
・人々を守る意志が強い
・勇者を消耗品として扱う
魔導国家エルナト
通称 賢者の国
・魔法研究の中心地
・賢者評議会が国を支配、約50名の賢者が存在
・門研究の本拠地
・魔法技術が高い
・比較的平和な国
ヴァルガン王国
通称 戦士の国
・第四章の舞台となる。
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