世界の境界 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
空が、裂けた。
音ではなかった。
光だった。
エルナト第二の門から伸びた光の柱が、空を縦に割った。
割れた隙間から、別の色が見えた。
この世界の空の色ではなかった。青でも黒でもなかった。
何と呼べばいいかわからない色だった。
大地が揺れた。
遺跡の壁が崩れた。
石が落ちた。
護衛賢者の一人が展開していた結界が、砕けた。砕けた結界の破片が光になって散った。
もう一人が別の結界を張り直そうとした。展開した瞬間に吹き飛んだ。
「離れろ」
アルテフェインが叫んだ。
上位賢者たちが後退した。
ミレナンが倒れかけた。シュウが腕を掴んで引き上げた。
エルクは動けなかった。
動かなかった、ではなかった。
動けなかった。
《残響》が、全開になっていた。
門から来る情報が、全部流れ込んでいた。流せなかった。量が多すぎた。
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世界が見えた。
この世界だけではなかった。
無数の世界が、重なって見えた。
草原の世界。海に沈んだ世界。空を飛ぶ都市の世界。
焦土になった世界。光だけがある世界。人のいない世界。無数だった。
全部が、この一点に重なっていた。
門の内側だった。
世界と世界の接点だった。
全ての世界線が交差する場所だった。
「これが」エルクは呟いた。
「門の中心だ」
声が来た。
門の声だった。
「開け」
機械的ではなかった。
今回は違った。
意志があった。
「世界を進めろ」
「融合を恐れるな」
エルクは流れ込む情報の中で、声に向かった。
「なぜだ」
問いかけた。
門が答えた。
「停滞は滅び」
「変化こそ進化」
「世界は動かなければ死ぬ」
エルクは声を受け取った。
悪意がなかった。
門は人間を憎んでいなかった。魔族を憎んでいなかった。
ただ——価値観が違った。
人間が一つの命を大切にするように、門は世界全体を一つの命として見ていた。
世界が融合することは、死ではなかった。進化だった。
でも——その進化に巻き込まれて消える命は、ただ消えるだけだった。
「俺には賛同できない」エルクは言った。
門が沈黙した。
一瞬だけ、静かになった。
「だが——お前の意志があることは、わかった」
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現実の世界で、リアが前に出た。
膝をついていた。
立ち上がった。
胸元が光っていた。
王家の紋章だった。
前回より強かった。腕だけではなかった。全身に広がっていた。
銀色の光が、リアの輪郭を縁取っていた。
上位賢者の一人が息を呑んだ。
「閉門の力——本物か」
アルテフェインが見ていた。
何も言わなかった。
見ていた。
リアの体から、光の鎖が現れた。
細い鎖だった。
でも数が多かった。
十本、二十本、増え続けた。鎖が門へ向かって伸びた。門の輪に絡みついた。
門が抵抗した。
鎖が軋んだ。
一本が砕けた。
また一本が砕けた。
門の回転が速くなった。鎖を振り払おうとしていた。
残った鎖が引っ張られた。リアの体が引かれた。一歩、前に引き寄せられた。
膝をついた。
地面に手をついた。
でも、立った。
鎖を手繰り寄せた。
「私は」
リアが言った。
声が、震えていなかった。
「もう誰も犠牲にさせない」
名前のない勇者が死んだ夜のことを思っていた。
幼い頃に城で笑い合った顔を思っていた。
記録に名前すら残らなかった者たちのことを思っていた。
「これ以上は」
「絶対に」
鎖が、増えた。
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・
遺跡の南方、ライディスは馬の上にいた。
門からの光が空を貫いていた。
大地が揺れていた。
馬が怯えていた。御しきれなかった。降りた。地面に立った。
「閣下」側近が叫んだ。
「命令を。前進しますか」
ライディスは答えなかった。
前進できなかった。
門からの力が、波のように来ていた。
魔力ではなかった。もっと根本的な何かだった。
この世界の法則が、揺らいでいた。
兵士たちも動けていなかった。
腕が上がらなかった。
足が前に出なかった。
魔導砲の発動命令を出した術師が、命令を出したまま固まっていた。
「動けません」側近が震えた声で言った。
「体が——」
「わかっている」
ライディスは門を見た。
光の柱が空を割っていた。
世界が、今この瞬間、人間の手の届かない場所で動いていた。
ライディスはその光景を見た。
三十年間、止まったことがなかった。
迷ったことがなかった。
でも今は——動けなかった。
体が動かないのではなかった。
足が地面に根を張っていた。
この力の前で、剣を抜く意味がわからなかった。
「これは」
ライディスは小さく言った。
「戦争ではない」
側近が聞いた。
「では何ですか」
ライディスは答えなかった。
ただ、光の柱を見ていた。
世界そのものが動いていた。
自分が三十年間戦い続けてきた戦争が、どれほど小さなものかが、今この瞬間だけ、わかった。




