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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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賢者の国 (2)

数日後、朝、調査隊が動いていた。


エルナト北東部。禁書森林を抜けた先。エルナト第二の門のある遺跡。

前回来た時と、空気が違った。


森の入り口から既に違った。木が静かすぎた。鳥の声がなかった。虫の音もなかった。葉が風で揺れていなかった。風がないわけではなかった。でも葉が動かなかった。


「嫌な感じがするな」シュウが小声で言った。

「残響が溢れている」エルクが言った。「遺跡から漏れてきている」

「今から入るのか」

「入る」

森を歩いた。


足元に、うっすらと光が見えた。地面に染み込んでいた。遺跡の方向から流れてきていた。青白い光だった。


エルクの頭の中で、声が来ていた。

一つではなかった。

重なっていた。

世界の声だった。


この世界の声だけでなかった。別の世界の声が混ざっていた。遠い世界の声が混ざっていた。言語が違う声が混ざっていた。

「開け」

「開け」

「開け」

それだけが、共通していた。


どの世界の声も、同じことを言っていた。

エルクは流した。


受け取らなかった。選んだ。

流しながら、歩き続けた。


遺跡に入った。

中央部へ向かった。


前回来た通路を歩いた。壁の文字が光っていた。前回は光っていなかった。今は光っていた。文字が呼吸するように明滅していた。


中央広間に出た。

第二の門があった。


前回より明らかに大きく光っていた。輪の回転が速くなっていた。裂け目が、前回より広くなっていた。向こう側が見えた。霧がかかっていたが、前回より少し晴れていた。


「誰かいる」

リアが言った。


暗がりからだった。

中央広間の奥、柱の影から人影が出てきた。


黒い外套だった。

「もう驚かねぇぞ」シュウが言った。

「それは残念だ」ノクトが言った。

軽口だった。ノクトが軽口を言ったことが、エルクには少し意外だった。

だがノクトの顔を見て、意外さが消えた。


焦っていた。


表情には出ていなかった。でも——余裕がなかった。いつもの静けさではなかった。何かが、ノクトを急かしていた。

「何をしに来た」リアが大剣に手をかけながら言った。


「止めに来た」

沈黙があった。


シュウが口を開いた。「止める? お前が?」

「そうだ」

「でも、お前は門を開きたかったんじゃないのか」


ノクトが少し間を置いた。「まだ開く時ではない」

「どういう意味だ」エルクが言った。


ノクトは答えなかった。


その代わり、門を見た。

裂け目を見た。

向こう側を見た。

「向こうにいるのは、魔王軍ではない、魔族てはない」ノクトが静かに言った。

「私にも、制御できない何かだ」


その瞬間、魔導通信が来た。


護衛賢者の一人が持っていた小型の結晶が光った。声が出た。


「緊急連絡。ライディス率いるレグルス軍が国境を突破。エルナト本国へ向けて進軍中。賢者都市への侵攻の可能性」

アルテフェインの顔が変わった。


エルクは初めて見た。

アルテフェインが怒っていた。

静かな怒りではなかった。

珍しく、表面まで出ていた。

「あの男……」

アルテフェインが言った。それ以上言わなかった。言葉を押さえた。

「先生」ミレナンが言った。

「問題ない」アルテフェインが言った。声を戻した。

「賢者議会に連絡する。防衛体制を取らせる」

護衛賢者が動いた。


エルクはアルテフェインを見た。

問題ない、と言ったが——その目は問題ないとは言っていなかった。

「ノクト」エルクが言った。「ライディスが来る。それでも止めるのか」

ノクトが振り返った。「止めなければならない理由が増えた、ということだ」

「わかった」

「わかったのか」

「詳細はわからない。でも——今お前が敵ではないことはわかった、それだけでいい」エルクが言った。


リアが大剣から手を離した。完全にではなかった。でも、構えを解いた。


門が、鳴いた。

音ではなかった。

光だった。


突然、光が三倍になった。

地面が揺れた。

遺跡の天井から石が落ちた。

「散れ」リアが叫んだ。

全員が動いた。


エルクの《残響》が爆発した。

制御していたものが、崩れた。

流しきれなかった。


声が来た。全部来た。歴代勇者の声が来た。並行世界の声が来た。この世界の死者の声が来た。門そのものの声が来た。

「開け」

「開け」

「開け」

頭が割れそうだった。


「向こう側から押している」アルテフェインが叫んだ。


「誰かが——向こう側から開こうとしている」

全員が凍った。


向こう側から。

今まで考えていなかった方向だった。


エルクはその言葉を受け取りながら、《残響》を押さえた。流した。選んだ。

押さえた。


収まった。


息をついた。


門の光が強いままだった。


向こう側の霧が、さらに晴れていた。


影があった。

巨大な影だった。

形がなかった。いや——形があるのかもしれなかったが、大きすぎてわからなかった。


確かにいた。


向こう側に、何かがいた。


そしてそれは——こちらを見ていた。


轟音が来た。

遺跡の外からだった。

護衛賢者が走り込んできた。

「レグルス軍です。遺跡の南方に展開しています。距離——」

「見える」リアが言った。

遺跡の崩れた壁の隙間から、外が見えた。

山の斜面に、軍勢がいた。

数が多かった。


白銀の旗が風に揺れていた。

魔導砲が並んでいた。

騎馬が並んでいた。

精鋭だった。


これまでのレグルス軍とは規模が違った。本気で来ていた。

その中央に、一騎だった。

白銀の法衣が、夕暮れの光を受けて光っていた。

赤い法冠が見えた。

馬の上に、ライディスがいた。

動いていなかった。

こちらを見ていた。


リアが壁の隙間から出た。

遺跡の外へ出た。

ライディスと向き合った。

距離があった。でも——二人の視線が繋がった。

短い沈黙があった。

ライディスが口を開いた。

「帰って来い」

命令ではなかった。

今までのライディスの声ではなかった。

個人的な声だった。


リアが少し動いた。

一瞬だけ、何かが揺れた。

でも止まった。

「断る」

静かに言った。


ライディスが目を細めた。何かが動いた顔だった。感情と呼べるものが、かすかにあった。

「そうか」

それだけだった。


手を上げた。

軍勢が動き始めた。


三つの勢力が、遺跡を中心に集まっていた。

レグルス軍が南から。

ノクトが遺跡の中に。

そしてエルクたちが、その中心に。


門が光り続けていた。

エルクは門を見た。


《残響》が鳴っていた。

門が呼んでいた。

向こう側の影が、近づいていた。

霧が晴れていた。

形が見えてきた。

まだはっきりしなかった。

でも——確実に、近づいていた。


リアが戻ってきた。

エルクの隣に立った。

「来た」

「ああ」

「どうする」

エルクは門を見た。リアを見た。

「俺にはわからない」

正直に言った。


リアが門を見た。

その瞳が、少し光った。

銀色の光だった。


王家の血が、反応していた。

「わからなくていい」リアが言った。「今は動くだけだ」

その瞬間。

《残響》が、エルクの意志と関係なく、大きく広がった。

リアの王家の力と、共鳴した。


二つの力が、同時に動いた。


門の光が、天へ向かって伸びた。

柱のように、天へ向かった。

夕暮れの空に、青白い光の柱が立った。



アルテフェインが呟いた。

「最悪だ」

全員がアルテフェインを見た。


「開く者と閉じる者が揃い——門自身の意志が重なった」

「それが、なぜ最悪なんだ」エルクが言った。

アルテフェインが門を見た。


光の柱が、夕暮れの空を貫いていた。

「二人が揃っているだけなら、制御できたかもしれない」アルテフェインが仮説を続けた。

「閉じる力が開く力を抑え、二つの力が平衡状態となる。だが——門が自ら開こうとしている。その意志が加わった今、三つの力が同じ方向へ向く」

「三つ?」

「残響が門を開こうとする。王家の血が門を閉じようとする。だが門自身が開きたがっている以上——閉じる力は門の意志に引っ張られる。抑えるはずの力が、逆に加速させる側に回りかねない」

リアが自分の手を見た。

銀色の光がまだ揺れていた。

「私の力が、逆に働くということか」


「仮説だ。可能性はある」アルテフェインが言った。「門が意志を持ち、開くことを望んでいる状態で、接触すれば——どちらに転ぶかわからない」

誰も口を開かなかった。


門が鳴いた。

「開け」

「開け」

「開け」


リアが言った。

「私たちにも意思はある、私たちの意思が四つめの力だ」


「開け」

「開け」

「開け」


空が割れた。

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