賢者の国 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
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朝から空気が重かった。
賢者議会塔の円卓に、上位賢者たちが揃った。全員の顔が違った。普段の研究者の顔ではなかった。何かを前にした者の顔だった。
アルテフェインが立った。
「エルナト第二の門が起動した」
円卓がざわついた。
何百年も動かなかった門が、突然起動した。
賢者たちにとってはあり得ない事態だった。隣の賢者と顔を見合わせる者がいた。書き留める者がいた。立ち上がりかけた者もいた。
「原因はおそらく残響だ」
視線が一点に集まった。
エルクだった。
十数人の上位賢者が、同時にエルクを見た。
居心地が悪かった。エルクは視線を受けながら、円卓の木目を見た。
隣からミレナンの声が来た。
「エルクさんは悪くありません」
円卓が少し静かになった。
アルテフェインが続けた。
「問題はそこではない。既に誰かが門へ干渉している」
「誰が」と誰かが聞いた。
「一人はノクトだ。魔王軍第四軍の幹部だ。もう一人は——まだわからない」
「まだわからない、とはどういうことか」
「痕跡はある。魔力の残滓がある。だが種類が——これまで見たことのない種類だ」
円卓が、また静かになった。
見たことのない種類の魔力。
その言葉が残った。
時の賢者と呼ばれていた老女が口を開いた。白髪を束ねていた。
「アルテフェイン。お前は何かを知っている。全部話せ」
「知っていることと、推測していることがある。推測を話すつもりはない。まだ証明できていない」
「証明できていなくても話せ」
アルテフェインが少し間を置いた。
「向こう側に、何かがいる」
老女が眉を動かした。
「向こう側、とは」
「門の向こうだ」
円卓が完全に静かになった。
時の賢者の老女が言った。
「では調査はどうする。門はまだ閉じていない」
「引き続き行う」アルテフェインが答えた。
「門が閉じたわけではない。起動している以上、何が起きるかわからない。監視と解析を続ける必要がある」
「人員は」
「私が現地に赴く。エルクたちも同行する」
円卓がざわついた。残響の器を門に近づけることへの懸念だった。数人が同時に異議を唱えた。
アルテフェインが手を上げた。
静かになった。
「残響なしでは門の内部状態を読めない。危険は承知している。だが——何も知らないまま門が完全に起動すれば、その危険の比ではない」
誰も反論しなかった。
反論できなかった。
「調査を続ける」アルテフェインが繰り返した。「答えが出るまで」
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会議が終わったのは昼過ぎだった。
廊下を歩きながら、シュウが言った。「賢者たちが怖い顔してたな」
「普段は研究者だ。戦争は専門外だ」エルクが答えた。
「でも今回は戦争になりそうだ」
「そうだな」
ミレナンが二人の後ろを歩いていた。重そうな本を三冊抱えていた。
「先生が珍しく焦っていました」
「焦っていたか」
「あの顔は、私が五年見てきた中で二回目です。一回目は私が先生の大事な実験装置を壊したときで——」
「それはお前のせいだ」シュウが言った。
「今回は違います。何かが本当に起きようとしているんだと思います」
リアが前を向いたまま言った。
「起きている」
誰も反論しなかった。
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一方、レグルス軍野営地では。
天幕の中だった。
簡素な机と椅子だけが置かれていた。地図が広げられていた。エルナト北東部の地形図だった。
印がいくつか書き込まれていた。
遺跡の位置。門の位置。エルクたちが動いた経路。
ライディスは椅子に座っていた。
地図を見ていた。
見ていたが、読んでいなかった。
数日前の戦闘が、頭の中にあった。
残響暴走。歴代勇者の共鳴反応。観測網への記録は過去最大だった。
それだけの暴走が起きた。それでも生き延びた。暴走の後、むしろ精度が上がっていた。
兵器はそういう動きをしない。
その認識が、まだ残っていた。
「閣下」
側近が入ってきた。
「本日も賢者都市から動きはありません。エルクたちは遺跡付近で調査を続けている模様です」
ライディスは地図を見た。
「増援の状況は」
「第三軍から二千の派遣が認可されました。到着まで三日かかります」
「三日か」
沈黙があった。
側近が慎重に言った。
「出陣されますか。今ならまだ、エルクたちは遺跡に留まっています。動く前に——」
「待て」
ライディスが言った。
「数日前の戦いで得られたものがある」
「情報、ですか」
「そうだ」ライディスは地図から目を離した。「残響の暴走規模。歴代勇者との共鳴。それに——」
少し間を置いた。
「リアの力が発現した」
側近が少し緊張した。
「発現したことは事実だ」
ライディスは立ち上がった。
窓に相当する布を少し開けた。
外は夜だった。山の稜線が見えた。その先に、第二の門がある。
「エルクだけでは足りない」ライディスが言った。「開く力だけでは門を制御できない。リアの力も必要になる。だが——リアは渡してこないだろう」
「では」
「中途半端に動いて、また逃がすわけにはいかない。今度は確実に仕留めなければ…」
側近が頷いた。
ライディスは布を閉めた。
机に戻った。
地図を見た。
迷っているわけではなかった。
方針は決まっていた。
ただ——出発前に、もう一度だけ考えていた。
エルクという人間に対して、申し訳ないとは思う。
思うが。
ライディスは地図の上の遺跡の印を指で押さえた。
「三日後、増援が到着次第出発する」
側近が頷いた。
「エルクを最優先に確保しろ。リアと——門は——その後だ」
「承知しました」
側近が出ていった。
天幕の中が静かになった。
ライディスは一人で地図を見ていた。
故郷の街があった場所を思い出した。
三千人が死んだ夜を思い出した。
止まれなかった。
三十年前も、今も。
止まれる理由がなかった。
北方では魔王軍が動いていた。ヴァルガンが押されていた。
このまま北方が崩れれば、何万という命が失われる。
エルクという存在を、それを使わない選択肢はなかった。




