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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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賢者の国 (1)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

朝から空気が重かった。


賢者議会塔の円卓に、上位賢者たちが揃った。全員の顔が違った。普段の研究者の顔ではなかった。何かを前にした者の顔だった。


アルテフェインが立った。

「エルナト第二の門が起動した」

円卓がざわついた。


何百年も動かなかった門が、突然起動した。

賢者たちにとってはあり得ない事態だった。隣の賢者と顔を見合わせる者がいた。書き留める者がいた。立ち上がりかけた者もいた。

「原因はおそらく残響だ」

視線が一点に集まった。


エルクだった。


十数人の上位賢者が、同時にエルクを見た。

居心地が悪かった。エルクは視線を受けながら、円卓の木目を見た。


隣からミレナンの声が来た。

「エルクさんは悪くありません」


円卓が少し静かになった。

アルテフェインが続けた。

「問題はそこではない。既に誰かが門へ干渉している」

「誰が」と誰かが聞いた。

「一人はノクトだ。魔王軍第四軍の幹部だ。もう一人は——まだわからない」

「まだわからない、とはどういうことか」

「痕跡はある。魔力の残滓がある。だが種類が——これまで見たことのない種類だ」

円卓が、また静かになった。


見たことのない種類の魔力。

その言葉が残った。


時の賢者と呼ばれていた老女が口を開いた。白髪を束ねていた。

「アルテフェイン。お前は何かを知っている。全部話せ」

「知っていることと、推測していることがある。推測を話すつもりはない。まだ証明できていない」

「証明できていなくても話せ」

アルテフェインが少し間を置いた。


「向こう側に、何かがいる」

老女が眉を動かした。

「向こう側、とは」

「門の向こうだ」

円卓が完全に静かになった。


時の賢者の老女が言った。

「では調査はどうする。門はまだ閉じていない」

「引き続き行う」アルテフェインが答えた。

「門が閉じたわけではない。起動している以上、何が起きるかわからない。監視と解析を続ける必要がある」

「人員は」


「私が現地に赴く。エルクたちも同行する」

円卓がざわついた。残響の器を門に近づけることへの懸念だった。数人が同時に異議を唱えた。


アルテフェインが手を上げた。

静かになった。


「残響なしでは門の内部状態を読めない。危険は承知している。だが——何も知らないまま門が完全に起動すれば、その危険の比ではない」

誰も反論しなかった。


反論できなかった。

「調査を続ける」アルテフェインが繰り返した。「答えが出るまで」


会議が終わったのは昼過ぎだった。


廊下を歩きながら、シュウが言った。「賢者たちが怖い顔してたな」

「普段は研究者だ。戦争は専門外だ」エルクが答えた。

「でも今回は戦争になりそうだ」

「そうだな」


ミレナンが二人の後ろを歩いていた。重そうな本を三冊抱えていた。

「先生が珍しく焦っていました」

「焦っていたか」

「あの顔は、私が五年見てきた中で二回目です。一回目は私が先生の大事な実験装置を壊したときで——」

「それはお前のせいだ」シュウが言った。

「今回は違います。何かが本当に起きようとしているんだと思います」

リアが前を向いたまま言った。

「起きている」

誰も反論しなかった。



一方、レグルス軍野営地では。


天幕の中だった。


簡素な机と椅子だけが置かれていた。地図が広げられていた。エルナト北東部の地形図だった。

印がいくつか書き込まれていた。

遺跡の位置。門の位置。エルクたちが動いた経路。


ライディスは椅子に座っていた。

地図を見ていた。

見ていたが、読んでいなかった。

数日前の戦闘が、頭の中にあった。


残響暴走。歴代勇者の共鳴反応。観測網への記録は過去最大だった。

それだけの暴走が起きた。それでも生き延びた。暴走の後、むしろ精度が上がっていた。

兵器はそういう動きをしない。

その認識が、まだ残っていた。


「閣下」

側近が入ってきた。

「本日も賢者都市から動きはありません。エルクたちは遺跡付近で調査を続けている模様です」


ライディスは地図を見た。

「増援の状況は」

「第三軍から二千の派遣が認可されました。到着まで三日かかります」

「三日か」

沈黙があった。


側近が慎重に言った。

「出陣されますか。今ならまだ、エルクたちは遺跡に留まっています。動く前に——」

「待て」

ライディスが言った。

「数日前の戦いで得られたものがある」

「情報、ですか」

「そうだ」ライディスは地図から目を離した。「残響の暴走規模。歴代勇者との共鳴。それに——」

少し間を置いた。

「リアの力が発現した」

側近が少し緊張した。

「発現したことは事実だ」

ライディスは立ち上がった。


窓に相当する布を少し開けた。

外は夜だった。山の稜線が見えた。その先に、第二の門がある。


「エルクだけでは足りない」ライディスが言った。「開く力だけでは門を制御できない。リアの力も必要になる。だが——リアは渡してこないだろう」

「では」

「中途半端に動いて、また逃がすわけにはいかない。今度は確実に仕留めなければ…」

側近が頷いた。


ライディスは布を閉めた。

机に戻った。

地図を見た。


迷っているわけではなかった。

方針は決まっていた。


ただ——出発前に、もう一度だけ考えていた。

エルクという人間に対して、申し訳ないとは思う。


思うが。

ライディスは地図の上の遺跡の印を指で押さえた。

「三日後、増援が到着次第出発する」

側近が頷いた。


「エルクを最優先に確保しろ。リアと——門は——その後だ」

「承知しました」

側近が出ていった。


天幕の中が静かになった。

ライディスは一人で地図を見ていた。

故郷の街があった場所を思い出した。

三千人が死んだ夜を思い出した。

止まれなかった。

三十年前も、今も。

止まれる理由がなかった。


北方では魔王軍が動いていた。ヴァルガンが押されていた。

このまま北方が崩れれば、何万という命が失われる。

エルクという存在を、それを使わない選択肢はなかった。

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